同潤会建て替え「表参道ヒルズ」のこれまで
「ヒルズ」といえば、森ビル(株)が手掛ける大規模複合再開発ブランド。多様な機能が複合し、一つの新しい「街」として、東京都心に新たな魅力を発信し続けている。その「ヒルズ」の中で、異色の存在であるのが、「表参道ヒルズ」(東京都渋谷区)だろう。記者にとっては、かつての「同潤会」時代の思い出が印象的だ。その同潤会がなぜ「ヒルズ」になったのか?開業から20周年を迎えた「表参道ヒルズ」(東京都渋谷区)に迫ってみた。
主役は「既存の街」。建物と街の歴史を未来につなぐ
「われわれは“街づくり”が使命の会社ですから、“ヒルズ”という新しい価値をつくるのが仕事なわけです。しかし、表参道ヒルズは違った。ここは、表参道、そして原宿という“既存の街”が主役。われわれのヒルズは、あくまでもその一部として存在しているという点において、異色のヒルズです」と話すのは、森ビル「表参道ヒルズ」館長の西村雄介氏。
1986年開業の「アークヒルズ」(同)に始まり、「六本木」「虎ノ門」「麻布台」と歴史を連ねてきた、森ビルの大規模複合再開発「ヒルズ」は、その街に暮らす権利者の人々と長年にわたる対話を重ね、数十年かけ作り上げるもので、細分化された土地をとりまとめ集約した超高層タワーを中心に、オフィスや商業施設、住宅などの施設が立ち並ぶ。その中にあって「表参道ヒルズ」は、3棟構成(地上6階地下6階)の建物だけの施設だ。
同社の複合施設の中には、似たような規模でも「ヒルズ」の名を冠さないものはたくさんある。「表参道ヒルズ」を「ヒルズ」たらしめているのは、新たな街の一員として、街や建物の歴史を未来につないでいく、という“街づくり”だからだ。
明治神宮とともにある原宿・表参道
その名前からわかるように、「表参道」は大正時代に創建された明治神宮への参道として開通。やがて参拝客目当ての商店などが軒を連ねるようになる。今に続くケヤキ並木も、当時からあったようだ。そして、関東大震災後、今の「表参道ヒルズ」がある場所に、震災復興事業として建てられたのが「同潤会青山アパート」だ。鉄筋コンクリート造の超近代的住宅で、やがて文化・ファッション・流行の最先端を走る洗練された表参道の街並みを象徴する存在となっていく。
原宿から表参道にかけての一帯は、第二次大戦終戦後、近隣に米軍住宅ができたためアメリカ人向けの商店が増え、外国文化が間近に感じられる街として、若者やクリエイター、デザイナーたちがこぞって集い、1970年代以降の若者文化を背負うようになる。
実は「表参道ヒルズ」を手掛ける前の森ビルも、こうしたトレンドの一翼を担っている。同社が原宿と表参道の結節点である神宮前交差点に78年に開業させたファッションビル「ラフォーレ原宿」がそれ。DCブランドなどファッション発信地として、若者文化を牽引していく。一方の表参道沿いは、けやき並木の落ち着いた雰囲気から、ブティックやギャラリーが立ち並ぶ、やや年齢層が高い好感度なユーザーが集う街となっていく。
「表参道ヒルズ」ができる前の同潤会アパートも、住居としてではなくこうしたブティックやギャラリーが多数入居していた。その同潤会アパートも、築70年を超え老朽化が激しくなり、再開発が決定。ラフォーレを通じてこの地に縁があった森ビルは、再開発組合に参画する。
「地元で長く商売されてきた商店会の皆さんは、明治神宮という神様を頂いた街であること、その参道のこれまでの歴史をすごく大事にしていらっしゃる。その大事なものを受け継ぎ、継承していく想いで、再開発を進めました」(西村氏)。表参道のシンボルは約3年の時をかけ、大小90のテナントと賃貸住宅で構成される複合施設へ生まれ変わる。
新たな施設設計を手掛けたのは、戦後のモダニズム建築を代表する建築家・安藤忠雄氏。コンクリート打ちっぱなしと大きなガラス面で構成された建物は、同潤会時代と同様に、前面のケヤキ並木の高さに抑えられている。内部は地上3層地下3層が緩い坂道でつながり、様々な店舗を巧みに配置。上層部は賃貸住宅(38戸)。かつての同潤会の佇まいは「同潤館」に残され、ヒルズの一部を構成している。
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「入居してくれるテナント様には、どんな商売でもサービスでも構わないが、この街が担ってきたファッション・カルチャーの発信地という歴史を理解し、この表参道や原宿に来てくださる方々に、何か新しい発見を提供してくれる店であってほしいとお願いしてきました」(同氏)。
流行の最先端を走る街の施設だけに、施設の「新陳代謝」は早い。「10周年を迎えた時、一気に約40店舗をリニューアルしたのをはじめ、毎年何らかのテナントが入れ替わっており、20年間変わらないテナントは数店舗。成功するテナントもあれば、失敗するテナントもあります。ただ、この街自体が、成功でも失敗でも新たな変化を許容する文化がある。来店される皆様も、そうした変化を楽しんでくれているのだと思います」(同氏)。
タウンマネジメントも商店会が主導
アークヒルズや六本木ヒルズといった他の「ヒルズ」では、街をつくった森ビルが先導して、地域の関係者とともに街をより良くする「タウンマネジメント」を展開している。こうしたタウンマネジメントにおいても、「表参道ヒルズ」では主客転倒。地元の商店会「原宿表参道欅会」に森ビルが参加する。
「何かあれば相談させていただく間柄です。近隣の商業施設ともイベントの情報交換などを月に1回行なっていますし、各種イベントをはじめ“街のため”に行なう取り組みには、必ず参加します」(同氏)。
その代表例が、年末の恒例行事となっている表参道のイルミネーション。期間中国内外から800万人が訪れるという最大のイベントであり、それだけに街の評価にも関わってくる。「期間中は、商店会のメンバー等が手分けしてパトロールを行なうだけでなく、植栽帯も含めた路上の清掃を徹底しています。若者の街だけに汚れているイメージもあるエリアですが、足元を見ていただくと本当にきれいな街ですよ」(同氏)。
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こうした町会との付き合い方は、虎ノ門や麻布台など後発のヒルズのタウンマネジメントにも生きているという。「新しい街とは言え、地域の皆様とのお付き合いが大事。そうした方々とどうやって街を進化させていくか、表参道の経験が活きてくる」(同氏)
街の多様性が加速。変化に合わせ変わっていく
「表参道ヒルズ」が開業して20年。今や表参道は高級ブランド店が軒を連ね、原宿は巨大商業施設が数多く開業。人の流れも大きく変化している。なかでも、ファッション・カルチャーの街のイメージが海外にまで広がったことでインバウンドが増加。それも含めた「街の多様性」の進化には、目を見張るものがあるようだ。
「かつて原宿は“若者の街”、表参道は“大人の街”というイメージがあったのは確かです。いまや年齢層と購買層は重ならない。ラフォーレの紙袋を持った若者がヒルズにたくさん来ていますし、ラフォーレも大人が買い物できる店がたくさんある。若年層やインバウンドからそういう流れが来て、今はラグジュアリー層も同様。世界のラグジュアリーブランド店がなぜこの街に出店したくなるかという答えも、そこにあると感じています」(同氏)
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「表参道ヒルズ」はこれからどう進化していくのか?「施設自体が街との調和からスタートしているので、能動的に変わっていくということは、これからも無いと思います。それ以上に大切なモノを守っていくことが重要」と話す西村氏。それは、冒頭書いたような、明治神宮の参道としての街の歴史だ。
「明治神宮は創建時、向こう100年150年の街の姿を描いていたといいます。これが表参道で商売する人、街づくりの根幹にゆるぎなくある。これからも、街の変化に合わせて変わってはいくでしょうが、あくまでもひとつのパーツとして、街の魅力に貢献していきたいですね」(同氏)。(J)





