





玄関先の飾り物で、その家の宗教が分かる
日本では宗教に寛容…、というか、結婚式は教会で、子供のお宮参りは神社で、喪式は仏教で、などとアメリカ人に話すと目をぱちくりするが、このような宗教心ミックスが違和感なく受け入れられているのではなかろうか? アメリカでは、多くの祭りは宗教的な意味があり、例えばイスラム教徒やユダヤ教徒はクリスマスやイースターを祝わない。クリスマスやイースターはキリスト教の祭りだから、イスラム教徒やユダヤ教徒にとっては異教の祭り。だから、玄関先や前庭の飾り物を見れば、この家はどんな宗教かがわかる。例えば家にクリスマスツリーを飾れば、キリスト教の家庭、と旗色が明確。 だが例外はあり、ご主人がキリスト教信者だが、奥さんはユダヤ教など、宗教が異なるカップルが友人に何組かいる。彼等は両方の宗教行事を祝い「気持が広く豊かになる」と割り切っているのもアメリカならでは。 祭りを通して、アメリカ文化特有の多民族国家の形がおぼろげに浮かんでくるようだ。12月は、一年中で最も賑やかな「ホリディシーズン」
もうすぐ一年中で最も賑やかな季節の訪れ、ホリディシーズンである。12月にはクリスマスやハヌカ、そして最近ではアフリカ系アメリカ人達が祝うクアンザという祭りもある。鮮やかな色彩のアフリカ風の衣装をまとい、ドラムを奏で、郷土料理を食べ、プレゼントを交換し合う。年が明けると中国の正月。爆竹をならし巨大な竜が街を練り歩く。 クリスマスの由来は今更言うまでもなかろう。ユダヤ人が祝うハヌカ(光の祭り)は紀元前にエルサレム神殿を異教徒のギリシャ人から取り戻したことを記念して行われるようになった。神殿を清めた時に聖なる燭台のオリーブ油が1日分しか残っていなかったが、火を灯すと8日間も燃え続けたという奇跡に従って、ハヌカの最初の日の日没に8本の最初の蝋燭に火を灯し、毎晩1本ずつ蝋燭を増して祈る習慣が2000年もの間続いている。 現在では蝋燭に火を灯すだけでなく、子供達にプレゼントをしたり、特別な料理を食べたり、ゲームをして楽しく過ごすようになった。ユダヤ人絶滅の危機を乗り越え、政治的、宗教的独立を勝ち得た、という民族の歴史に基づいた祭りだ。春は「イースター」、秋は「ハロウィーン」
春を待ちこがれるように、キリスト教徒はイースターを祝う。イースターはキリストの復活を祝い、ピンクやクリーム色、ベビーブルーの楽しく愛らしいひよこやうさぎや卵飾りを再生のシンボルとして家々に飾り、春が一度にやってきたよう。部屋には白百合の花を飾り、家族が集まって、ハムや羊を使った料理をいただく。 秋になると子供達は工夫を凝らした衣装で近所の家をまわりお菓子をねだる楽しいハロウィーン(万聖節)がやってくる。かぼちゃランターンや黒猫、骸骨、魔女の出番だ。若者達は仮装してパーティで一晩中羽目をはずす。家々に飾られたオレンジ色のかぼちゃは降り注ぐ赤や黄色の落葉と共に黄金色に輝く風物詩。元来ハロウィーンは北方ヨーロッパで収穫を祝う土俗的な祭りであり、ある地方では宗教色の濃い祝日だったが、アメリカへ伝播して多くの人々が楽しむ祭日にアメリカナイズされた。宗教を超えた祝日、「サンクスギビング」と「独立記念日」
サンクスギビング(感謝祭)と独立記念日は、宗教色がない国民の祝日だ。11月の第3木曜日に祝うサンクスギビングは、家族が集まって共に食事を分かち合う。1620年に初めてアメリカ大陸にやってきた清教徒達が、飢えと寒さから大勢死んだが、インディアンの助けで生き延びられ、神に感謝した日、と一般には信じられている。一方、インディアン側からは「虐殺の歴史が始まった日」とも聞くし、他にも幾つか説があって、信憑性のはっきりしない祭日ではあるが、ともかく家族が集う機会が減ったアメリカ人達には必要な祝日なのかもしれない。 独立記念日は、アメリカの誕生を国民全員で盛大に祝う。星条旗のもとに国民の気持を一体化する試みでもあろうが、7月という季節柄、戸外でBBQをしたりビールを飲んだり、夜は湖岸であげる花火を見に行ったりと、夏の始まりにふさわしい開放的で明るい祝日である。日本の祭りとの違いから見えてくるアメリカ文化の特異性
苺も桃もスーパーマーケットに一年中並び、室内は一定の気温が保たれるアメリカでは「季節感」は希薄だ。一方で、日本には節の変わり目を祝うさまざまな行事があったように思う。例えば5月の鯉のぼりと菖蒲湯――夕方に私達は菖蒲の葉を束ねて浮かべた風呂に入り、祖母は風呂上がりに洗い髪を菖蒲の葉でゆわえ、子供達は頭に菖蒲のはちまき。つやつやした緑色と菖蒲の強い香りの記憶――端午の節句は無病息災を祝う五節句のひとつ。アメリカには「節句」という概念も、「節」を区切って祝う習慣もないせいか、日本人ほどは季節や自然を愛でないのだろうか? 祭りの由来が日本と違うのには戸惑うが、祭りはアメリカ人の暮らしに色鮮やかな彩りを添えている。それぞれの由来を探ることで、アメリカ文化の特異な点が見え、理解が深まることは確かだろう。
Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
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コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。
89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。
Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。
アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。
シカゴ市在住。