







巨大なステンドグラスドームのまばゆい美しさに息をのむ。ティファニー宝石店の長男ルイはパリで芸術修行のあと、ニューヨークに戻ってステンドグラス製作の工房を開設。油ののりきった1890年代、シカゴ公立図書館新築に半径12メートルものステンドグラスドームを2つ製作したのである。
階段や壁のあちこちに散りばめられた色ガラスやモザイクもティファニー工房で製作された。階段や壁は純白の大理石で、イタリアのカララマーブル。ミケランジェロが彫刻に使った大理石と同じ石切場から採掘された、知る人ぞ知る、有名な大理石である。
このまるごと宝石かと見まごうほどの「宮殿」はもとシカゴ公立図書館で、現在はシカゴ文化センターとして我々市民に提供されている。
公立図書館建設で、市民に1%の税
100年以上も昔になるが、公立図書館建設の費用捻出のアイディアは卓抜だ。通常このような公共事業にあたっては会社や個人から多く寄付金を募るのだが、この時、市委員会はそうする代わりに市民に1%の税金をかけた。このやり方だと新しくできるシカゴ図書館は「誠に我々市民のものである」という自覚が市民に生まれるだろう、というもくろみからだ。
一世紀以上経た現在でも、我々は多くの恩恵を受けているのだから、市民としては確かに良い投資だったと言えるのではないか。
設計にはボストンの若い建築家3人が選ばれ(Shepley Bulfinch Richardson and Abbott)、ネオ・クラシック様式5階建ての建築として1897年に完成した。明治11年である。
南側はローマ様式のアーチ、北側はギリシャ様式ドーリア式の柱で支えられ、全体の印象は優雅で重厚で力強い。内装はイタリアからの白大理石とアイルランドからの濃緑色大理石、そして色ガラス、モザイク、ステンドグラスなどふんだんに使われ、華麗に仕上がっている。
大理石やガラス、工業都市ゆえの実用的な選択
大理石やガラス、モザイクを使用した目的は、それらの美しさに加え、もうひとつ理由があった。
100年以上も昔には、エアコンはなく、暑い夏には窓を開け放して涼をとる。都心を走る高架電車や家庭用石炭のすすや埃が室内に常時舞い込む。当時工業都市であったシカゴは、工場からの煤煙も室内の汚れの原因となった。その対策として、建物内部にこびりつく埃や汚れを落とし易い大理石やガラスが建築資材として選ばれたわけである。
シカゴらしい実用的な選択に当時の剛毅さがうかがわれる。
前図書館は、シカゴの大火で焼失
シカゴの大火もシカゴ公立図書館新築と関わりがある。1871年、大火事が起きて250人が死亡、10万人がホームレス、1万8,000の建築物が灰燼となり、シカゴ一帯は焼け野原となった。即、復旧工事が始められたが、建設にあたって耐火構造に重点が置かれたのは当然であろう。壁は約1メートル厚さのライムストーンが使われている。すでに在ったシカゴ図書館は3万点の図書と共に全焼してしまったが、英国から8,000点もの本の寄贈があり、これらが新しいシカゴ図書館再出発の基盤となった。
ちなみにヴィクトリア女王、ジョン・スチュアート・ミル、ジョン・ラスキン、チャールズ・ダーウィン、ブラウニング、テニソンなど、著名人の署名入りの寄贈本は現在も閲覧することができる。類い稀な邂逅ではなかろうか。
今では文化センターとして、まちのオアシスに
1970年代には図書が増え、収まりきれなくなって改築や建て替えが何度か議論されたが、建物自体は構造、電気、音響、伝達システムなど問題がなく、解体も改築も不要という調査結果であった。さらに建物は歴史的建築物認定のお墨付きを与えられた。
その後デイリー市長が図書館移転を決定し、シカゴ公立図書館はコングレス・ブールバードに新築された。
1991年に図書館が移転したあと、この建物は「シカゴカ文化センター」(Chicago Cultural Center) と名づけられ、そっくり保存され再出発。ジャズ、ブルース、フォーク、室内楽などの生演奏を始め、演劇、映画、ダンス、講演、展覧会などさまざまなイベントが催されているが、すべて無料。町歩きに疲れた時、ちょっと立ち寄って美しい装飾に囲まれたホールで一休みするのに最適なオアシスだ。コーヒーを飲みながら本を読んだり、友人としゃべったり…。
また、「宮殿」らしく、シカゴの街の中心というのもうれしい。
参考資料
シカゴ文化センター(Chicago Cultural Center)
Akemi Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。
89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。
Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。
アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。
シカゴ市在住。