街から銀行が消えた!
近年、スペインでは銀行のIT化が急速に進み、街から銀行オフィスが次々と姿を消していきました。そんな中、大手銀行サンタンデールは、利便性の高い立地にある支店オフィスを「Work Café」と呼ばれるコワーキングスペース兼カフェに大きく形を変えました。ここでは、ネットワーキングや投資講座などのイベントを開催することで、銀行業務の枠を超えた新たな価値を提供しています。
このサンタンデール銀行の面白い試みは、2016年にチリで試験的に開始されました。チリでの成功を受けて他都市への展開を決定し、2018年にスペインで最初のWork Caféがオープンしました。そして2020年には大規模なグローバル展開が始まり、現在では世界中に約200のWork Café Santanderが存在します。
誰もが無料で利用できる新しいコワーキングスペース
サンタンデール銀行が目標とするのは従来の金融サービスを超えた付加価値を提供し、ブランドイメージを向上させることです。本来、かけ離れた業態である銀行とカフェを一体化させることにより、Work Caféは今までになかった顧客体験を提供し、従来の堅苦しいイメージを一掃することに挑んでいるように見えます。
具体的には、銀行に行けばあるはずの窓口を廃止しました。金融業務に携わるスタッフと同じカフェスペースをシェアする感覚が生まれ、銀行をよりカジュアルに利用できる空間を演出しています。金融情報を扱うスタッフ以外にも、バリスタなど顧客体験に注力できる専門スタッフを配置し、本格的なカフェとコワーキングスペースの共存を実現しています。ここでは、定期的に金融商品を扱うセミナーやネットワーキングなど、顧客、非顧客対象のイベントを開催しています。
この一見異空間にも見える環境は結果として、銀行は参加対象者=新規顧客を拡げることが可能になり、利用者は特殊な金融情報にアクセスがしやすくなったように思います。これまではこうしたイベントには参加しづらい雰囲気がありましたが、より身近なものとして感じられるようになるのではないでしょうか。スペース内にはネットワーキングを促進し、利用者のクリエイティビティを刺激するための仕掛けや工夫もみられます。
このスペースは顧客だけでなく、非顧客も身分証明書とメールアドレスの提示で利用でき、スペシャリティコーヒーやスウィーツが手軽な料金で提供されています。
成功の背景とこれから
かつて銀行のオフィスだったとは思えないほどおしゃれな空間は、利用者のリピート率を高めている理由の一つでしょう。ガラス張りのカフェは開放感がありながらも仕事に集中しやすく、プライベートなスペースを十分確保しており、程よい音量で心地よい音楽が流れているため通話やビデオ会議なども可能な環境が整っています。
スペインではフリーランサーやノマドワーカーの増加もあり、Work Caféは大きな成功を収めています。この試みは、持続可能な社会への大きな貢献と言えるでしょう。サンタンデール銀行の潤沢な資金があってこそのプロジェクトかもしれません。他の銀行はオフィスを減少していますが、同様の試みを大きく展開しているようにはみえません。
GoogleMapの利用者評価を見てみるとカフェやコーワキングスペースとしての評価が高いことに対し、銀行サービスについては酷評されています。対面サービスの減少やIT化を不便に感じる顧客も多く、こういった不満に対し銀行はどこまでケアをしていくのか、今後の動きに注目したいと思います。
世界的なトレンドとなるのか
利用者数や年齢、性別などの具体的な数字は公表されていませんが、近年の広範な店舗拡大は利用者の関心と需要の高さを示しています。実際に利用してみて、これほど利用価値の高い施設が無料で提供されているのは非常に魅力的です。
日本では、三井住友銀行が「OliveLOUNGE」という新たな試みを始めましたが、こちらはコワーキングスペースよりもカフェというコンセプトが強いようです。今後、Work Caféのような新しい銀行スタイルが世界でどのように普及していくのか、期待が高まります。
米田 真由美
スペイン東海岸の中都市アリカンテへ在住し20年。州立大学の語学教育機関に勤務、現地コーディネート、マーケティング、アリカンテ市の観光PRに携わる。ローカルに根付いた情報提供が得意。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員