マルコス大統領が昨年7月22日、施政方針演説を議会で行い、「オンラインカジノ企業を全面禁止する」と突如宣言した。フィリピン・オフショア・ゲーミング・オペレーター(POGO、「ポゴ」と発音)と呼ばれる海外の顧客向けに操業するオンラインカジノ企業は、ドゥテルテ前政権の2017年ぐらいから国内の賃貸事務所需要を支えてきた業界だけに不動産業界にとって激震と言える政策変更だった。
POGOは、統合カジノリゾートやオンラインゲームなどを管轄する政府系企業の娯楽ゲーム公社から操業認可を得て、マニラ首都圏やセブ市など主要都市や、地方都市にも広く進出してきた。賃貸事務所の借り手企業としては、コールセンターを含む情報技術・ビジネスプロセスマネージメント(IT-BPM)企業に次いでPOGO企業が2023年までずっと2位に付けてきた有力な借り手だった。
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POGO企業が犯罪の温床に
大統領が全面禁止に踏み切ったのは、2023年あたりから首都圏やパンパンガ州などで中国人が経営するPOGO企業が相次いで家宅捜査され、多数の外国人従業員に対する人身売買容疑や投資詐欺の強要、拷問・誘拐などの犯罪行為が行われていた疑惑が強まったためだった。
施政方針演説の翌7月23日、比証券取引所では不動産関連株が軒並み大幅に値下がりした。中でもPOGOへの依存度が高いことで知られていた新興不動産開発大手のダブルドラゴンの株価が前日比5.2%下落し、不動産開発最大手SMプライムホールディングスも同2.45%値下がりした。

ダブルドラゴンは巨大な事務所ビル開発や、コンドテル・ブランド「ホテル101」の国内展開を成功させ、昨年から北海道のニセコやスペイン・マドリッド、米サンフランシスコなどを舞台に自社ホテルブランドの海外展開に舵を切るなど注目を集めている。
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経済成長の落とし穴にはまる
不動産調査会社によると、2023年の国内の賃貸事務所スペース需要は107万平米と22年比で8%上昇。うち首都圏が全体の79%を占め圧倒的に多く、セブ(11%)やクラーク(3.7%)が続く。首都圏の中でも「ベイエリア」と呼ばれるマニラ湾沿いの新興商業地区(首都圏パサイ市やパラニャーケ市)でのPOGOによる事務所需要が最も顕著で、ここで開発に邁進してきたのがダブルドラゴンとSMグループだったのだ。
アジア有数の6%近い経済成長率を維持し、首都圏などで高層ビルが日々増えているフィリピンだが、その事務所ビル拡大に一役買っていたPOGO企業で犯罪が横行していたことを当局が監視できていなかったことが大きな落とし穴だった。また、日本人も含め国際的犯罪ネットワーク組織が現在、東南アジア一円で振り込め詐欺や投資詐欺などの拠点を築いている大きな流れの一環に巻き込まれてきたと言えるかもしれない。
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リゾートやレストランを隠れ蓑に

いずれにせよ、POGO操業禁止令に基づく、当局による犯罪拠点の取締りはかなり迅速に進められ、3万人近い中国人などの外国人労働者が昨年末までに就労ビザが無効にされ、本国に送還されている。
しかし、大統領府犯罪組織対策委員会は最近、一部のPOGO企業が昨年後半に首都圏から地方に移転を開始し、地方のリゾートホテルやレストラン、物流倉庫や小規模な事務所ビルなどを隠れ蓑にしてゲリラ型の詐欺拠点に移行しているとして監視と取締りの継続を訴えた。地方で小規模なPOGOが簡易的な詐欺拠点を築きつつあるとし、治安当局も自治体と協力しPOGOの残党摘発を強化すると発表している。
また、昨年末ぐらいからタイやマレーシアなどを観光すると見せかけて、実はラオスやカンボジアにおける営業職やコールセンター従業員の求人募集に応じていたフィリピンの若者が出国審査で身柄を拘束されるケースが相次いでいる。ラオスやカンボジアなどに拠点を移したPOGO企業がフィリピン人材を今度はこれらの第3国経由で集める作戦に変更しているようだ。国際的犯罪組織の取締り分野でもフィリピン当局の役割が重要になりつつある。

澤田公伸(さわだまさのぶ)
略歴:大阪外国語大学大学院でフィリピン地域研究を修了後、フィリピンのマニラ首都圏にある邦字紙「まにら新聞社」で記者として1996年から働く。その後、嘱託記者・デスクとして取材や記事執筆にあたるほか、フィリピン語講座の講師や通訳・翻訳者としても働いている。世界100カ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)の会員。