ポルトガルの首都、リスボン。程よいサイズ感や古い街並み、美味しい食事などが人気の観光都市だ。そんなリスボンの世界遺産地区とダウンタウンという二大観光エリアの間に位置するのが、21世紀初頭まで寂れた工業地帯として取り残されていたアルカンタラ地区だ。現在この地区は、産業遺産をインダストリアルな魅力として活用することで「リスボンの文化拠点」として世界のクリエイティブな層を魅了している。
早速アルカンタラ地域の再生に貢献した2つの施設「LX Factory (LXファクトリー)」と「Mīrārī (ミラリ )」を訪ねてみよう。
地域再生のきっかけを作った成功事例

(写真提供:東リカ)
2008年にオープンしたLXファクトリーは、19世紀半ばに建てられた煉瓦造りの工場群を再生した文化複合施設だ。23,000 平方メートルという広大な施設の再生は、歴史ある建物のリノベーションを専門とするポルトガルのディベロッパー「メインサイド」が手がけた。

(写真提供:東リカ)
当初のコンセプトは、「一緒に働く、この場をおもしろくしてくれる人材を集めること」で、まずは、伝統的なオフィスとは大きく異なる、廃工場の無骨さやスケール感を活かしたワーキングスペースとしてプロジェクトは始動した。
クリエイティブな事業の戦略的な誘致に並行して、狙い通り起業家やアーティストなどがこれまでにないユニークなスペースに惹かれて自主的に入居するようになると、彼らを支えるカフェ、レストラン、バー、ヘアサロン、マッサージなどのサービスや複数のリテールも次々にやってきた。イベントスペースも完成し、数年のうちに、300人以上が常駐するコミュニティができあがった。

(写真提供:Alexandre Rotenberg)
その後もLXファクトリーは、「クリエイティブ産業ハブ」として順調に成長。現在は、オフィスで働く人だけでなく、独特のアートな雰囲気やおしゃれなレストランやショップ、イベントを目当てに訪れる国内外の観光客で毎日賑わっている。
アルカンタラ地区のランドマークとなったLXファクトリーは、都市再開発のモデルケースとして高く評価されている。
未完成さが逆に魅力の新スペース

(写真提供:Alexandre Rotenberg)
LXファクトリーの登場を契機に、周辺には個性的なショップやギャラリー、ワーキングスペースなどが次々に誕生してきた。パンデミック以降、2023年夏にオープンした「ミラリ」もユニークな文化複合施設だ。

(写真提供:Alexandre Rotenberg)
1,500sqmの廃工場の再生を手がけたのは、アート、ホスピタリティ、マーケティング、音楽、イベントプロダクションなどの業界で活躍してきた5名の起業家。
実は、敷地内には中に入れるような屋根のある建物はあまり残っていない。崩れかけの壁や窓枠が現代アートで飾られ、屋外にフードトラックやテーブルが並ぶ。季節やイベントに合わせてベンダーやテーブルなどのレイアウト、営業時間さえも変わるため、いまだにひどく未完成な印象だ。しかしそれが逆に、縛られない、リラックスした空間を作り上げている。

(写真提供:Alexandre Rotenberg)
ミラリで話した若いカナダ人のカップルは、LXファクトリーからの帰りに偶然ミラリを見つけて立ち寄ったそうだ。「緑、アート、クールな音楽にチルなバイブス、絶品バーガーにお酒。全てが気に入った」と興奮気味の彼氏。彼女は「つながってる(コネクテッド)って感じ。最高!」とまとめてくれた。
数時間前にリスボンに到着したという彼らが、初めて足を踏み入れた空間で、瞬時に「つながってる」と感じるとは、驚くべき「場の包容力」ではないだろうか。来場者をぼんやり眺めていると、おしゃれをしてきた若者たちのガードが下がる瞬間が分かる。受け入れられた、ここは自分の居場所だ、と肌で感じるのかもしれない。そんなミラリは、すでに地元っ子や観光客が集う人気スポットとなっている。
LXファクトリーやミラリの例にみるように、産業遺産を取り壊してしまうのではなく、その個性を活かすことで、その土地ならではの魅力的なスポットが誕生するのだろう。

東リカ
ポルトガル在住ライター
ブラジル、アメリカを経て2023年夏よりポルトガル在住のフリーランスライター&マーケティングリサーチャー。2022年末にはオレゴン州ポートランドのユニークな職業人を取材した「好きなことして、いい顔で生きていく ~風変わりな街ポートランドで、自分らしさを貫く15の物語~ 」を上梓。得意分野は、旅行、グルメ、お酒、アート、アウトドアなど。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員。