毎年2万人以上の参加者を集める、国際的大規模イベント
南仏コート・ダジュールのカンヌは、海辺の優雅なリゾート地として知られるが、実は世界でも有数のコンヴェンション・シティでもある。カンヌ映画祭と同じ会場で毎春開催されるのが、世界最大級の不動産見本市である「MIPIM」(不動産プロフェッショナル国際マーケット会議)だ。このイベントには不動産業界のトップが一堂に会するため、不動産業界の「ダヴォス会議」とも称されている。今年は3月11日から14日の4日にわたり開催された。
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今年は、総額4兆ユーロを運用する投資家ら2,000人を含め、不動産関係者など90ヵ国から約2万人が参加。4日間にわたり大小200以上の会議、商談や情報交換、懇親などが行われた。

近年は各国首脳や国際機関の参加も増え、政治色が強まっている。昨年までのテーマ「脱炭素」が幾分トーン・ダウンし、今年はジオポリティックス(地政学)に起因する課題が多く討議された。トランプ政策、戦争、気候変動による天災・人災(移民問題)。それらに加えて、少子高齢化による人材不足、それに代わるAI対策などが取りあげられた。
AIの活用に伴う新たなアセットとして「データ・センター」、そして従来の「住宅」が投資家の関心を集めた。欧米では移民と人口の増加、高齢化などにより、住宅供給がひっ迫している。登壇したUN-Habitat(国連人間居住計画)の代表者は、「現在世界で約1億人がホームレスである」と訴えた。

欧米では学生や低所得者、シニア向けの住宅が不足しており、共用スペースをシェアするコ・リビングが急増、投資対象としても定着している。こうした新しい形態の住宅の開発は、地元コミニティへの貢献を重視しており、SDGs目標の達成に向け官民の協力が求められた。
◆度肝を抜かれたサウジアラビアの超大型開発
MIPIM会場の展示では、3棟の会場で展示や会議を連日行なったサウジアラビアの“ギガ・プロジェクト”が他を凌駕した。

紅海に近い地で進められている開発プロジェクト「NEOM」は、全長170kmに及ぶ線状都市であるThe Line、2029年のアジア冬季オリンピック開催地となる山岳リゾートTrojena、 海上工業地帯Oxagonなどで構成される、総額約5,000億ドルに及ぶ超大型開発だ。
実現性を疑問視される声もある中、展示会場では工事現場の進捗映像をオンラインで中継した。

同国のムハンマド・ビン・ サルマーン皇太子の肝いりのこのプロジェクトを推進するサウジア ラビア政府のサウジアラビア・ソブリン・ウェルス・ファンドは「 全て予定通り進行中」と強調した
加えて、首都リヤドの文化地区Diriyah(総事業費約630億ドル)などについても、新たなプロジェクトとして公表された。
MIPIMでは市長らが自らシティ・セールスを行なうのが恒例。ロンドンの大型展示会場ではロンドン市長が自ら220億ポンドの投資案件を呼びかけた。海外参加者人数としては最大となった英国に続き、基調講演でイタリア前首相(元欧州中央銀行総裁)マリオ・ドラギ博士が登壇したイタリアも、参加者・展示を増強した。
今年初出展から23年目を迎えた日本は、国土交通省など官民26団体が参加。展示会場などで投資先としての日本の都市の強みや開発案件のプレゼンを行なった。
◆ホスピタリティアセットに注目集まる
今年、新登場し話題を集めた展示会場が、ホスピタリティ・アセット「HTLコネクション」だ。500平方メートルに及ぶ会場には、大手ホテル・チェーンや観光局などが出展し、連日ホスピタリティに特化したプレゼンやディスカッションが行なわれた。
MIPIMディレクターのニコラ・コズベック氏は「世界のツーリズム市場が急増し、ヨーロッパでのホテル取引は過去5年で最高を記録した。25年は200億ユーロに達すると予測される。MIPIMにおいても有望なアセットとして、ホスピタリティ業界に特化した展示会場を設けた。今後MIPIMのハイライトの一つとなるだろう」と、会場壇上で語った。

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カンヌのホテル(約1万室)や民泊は、MIPIMの開催中は満室となり、周辺の村や30km離れたニース、係留中のクルーザーに宿泊する人も! リゾート地ではあるが、夏期以外に行われるイベントによる収益も大きく、中でも稼ぎ頭がMIPIMだという(ちなみに、MIPIMで消費されるシャンパンの量はカンヌ映画祭より多いとか)。
町中はもちろんビーチのレストランも満席で、夕方になると店に入りきれなかった人々で道には人があふれかえる。瀟洒なリゾートが、スーツ姿のビジネスマンで占められるのは圧巻だ。

近年はSDGsの達成を掲げるMIPIMが女性の参画を推奨しているため、女性の姿が彩りを添えるようになった(昨年からパネル・ディスカッションに女性の登壇が必須事項となった)。
会場での会議や懇親会よりも、まちかどで漏れ聞く参加者の肉声に、本音を感じた。この時期晴天続きのはずのカンヌで異例の雨が続き、ジオポリティックスの政治経済的懸念もあって、先行きを憂う声が随所で聞かれた。リーマン・ショックの時でさえ、MIPIMではカラ元気が跋扈していたのだが…。
34年前にフランスの不動産業者の集まりとして始まったMIPIM。これが今は国際化し、一時はロシア、中国などからも大勢の人が大挙して参加していた。今はロシアは皆無、中国も影が薄い…。
こうした世界の国々の隆盛を、MIPIMで感じることができる。
日本は23年間地道に登場している。そして私は、世界の不動産産業が生む、野望と失望が織り成す光と影のドラマそのものに魅せられて、20年余MIPIMに通っている。

篠田香子
都市不動産開発、観光アセットなどを中心に取材、著書に「世界で探す私の仕事」(講談社)など。香港生まれ、現在、東京とミラノが拠点。