築23年の学生寮をコンバージョン、京都の「HOTEL ANTEROOM KYOTO」を見学
最近人気の高い“コミュニティのある暮らし”。地域や家族間のコミュニケーションを意識したつくりの戸建住宅、庭・キッチン、ラウンジなど共用スペースが充実した集合住宅といった、さまざまなタイプの物件が供給されているが、今、京都で話題の物件がある。それが2011年4月にオープンした「HOTEL ANTEROOM KYOTO(ホテル アンテルーム 京都)」(京都市南区)だ。 築23年の学生寮だった建物をホテルと賃貸住宅の複合施設に改装した同物件では、ギャラリー、ラウンジなどホテル利用者、アパートメント入居者または地域住民などが利用できる共用部を設け、「アート」を軸としたイベントを開催することで、趣向の合った人たちが集まっている。オープン以来、ホテル稼働率は95%、アパートもほぼ満室状態という同物件。どういったコミュニティが形成され、評価されているのか、またそのコミュニティを形成するのに運営側はどういった工夫をしているのか、現地を取材してきた。












大規模物件を生かした再生
同物件は、敷地面積3,055.05平方メートル、延床面積6,134.64平方メートル、京都駅徒歩15分、九条駅から徒歩8分に立地する鉄筋コンクリート造地上6階建て。元々、2棟がつながった形状の建物だったこと、集客力を高める必要があったことなどから、寮の個室(200室)だった部分を生かしてホテル(61室)とアパートメント(50戸)の複合用途に改装(一部居室間をつなげて広い間取りにしている)、1階の中心部にはフロント、ギャラリー、ラウンジ、レストランなどの共用スペースを設けた。
なお、「ANTEROOM」とは、英語で「次の間」や「待合室」のことを意味する。「ホテル滞在者の方には、友人が集う場に遊びにきたような居心地の良い場を、アパート入居者の方には、 新しい刺激に満ちた日々を通じて次の出会いへとつながっていくような暮らしの場を提供したいという思いから名付けています」(同物件総支配人・森本和夫氏)。
アパートの専有部は、バス・トイレ、ミニキッチンを標準装備。家具有りの居室もある。洗濯機置き場を確保できない居室も多いため、共用のドラム式洗濯機を各フロアに2台設置した。また、共用のダイニング・キッチンルームも設けているため、本格的な料理をするときはこちらを利用し、余った食材・料理などを入居者同士でシェアすることもできる。
ホテルとアパートメントは共用部を介してつながっているが、アパートメントにつながる扉は専用キーが必要。外玄関もアパート専用のものを設けて、セキュリティとプライバシーは確保しているが、「専用玄関ではなく、ホテル側のメインエントランスから出入りして、フロントに挨拶してくださる入居者が多い」と森本氏は話す。同社のきめ細やかな管理からくる信頼関係によるものだ。
ホテルのサービス水準で賃貸管理も
「HOTEL ANTEROOM KYOTO」では、一流の接客を目指しており、ホテルの接客と同等のサービスをアパートメント管理でも行なうことがポリシー。フロントはホテルの受付としてはもちろん、アパートメントのコンシェルジュカウンターとしても機能、スタッフは24時間常駐するため、何かあればすぐに駆け付ける体制ができている。「改装はしているものの築年数は経過していますので大工道具は常備、物件にトラブルがあったらすぐに駆けつけています」(同氏)。そのほか、ホテルと併せて毎日の共用部清掃、夜間の巡回なども行なっている。
また、ホテルの接客の延長ということで、スタッフの礼儀正しさは基本だが、入居者とは毎日顔を合わせる仲。よそよそしくならないよう、親しみを持ってスタッフから声をかけるなど、積極的に交流も図っている。
実際、スタッフを介して、入居者同士の会話が始まるなど、交流の潤滑油としても活躍している。
イベント運営のアドバイザーは入居者
そして、この物件の最大の特徴は、共用部をホテル利用者、アパート入居者がシェアしていること、そして、そのスペースを生かして、現代アートに関する展示やイベントなどを随時開催していることだ。これまで、彫刻家・名和晃平氏をはじめとした国内外のクリエーターによる展示会、アートやデザインに関するトークイベント、ライブDJによる音楽イベントなどが行なわれてきた。ホテル客室には京都の若手アーティストが創作したアートを展示、希望者は購入することも可能だ。
イベントは運営側で企画することが多いというが、都度入居者の声もとり入れているという。展示会についても入居者のアーティストを含んだキュレーター(美術館等の展覧会の企画を担う専門職)を通じて調整。「こういう企画を思いついたけれど、どう思いますか、と通りがかったタイミングなどで声をかけてご相談しています。実際に参加者目線でのご意見によってさらに企画内容が充実することも多く、大変ありがたい」(同氏)。これまで数々のイベントを開催してきたが、いずれのイベントも好評で、シリーズで続いているものもある。
そんなことから、ホテルの利用者は若年層を中心に、アートやこの物件自体に興味を持つ国内外の人が多く宿泊している。アパートの入居者は20~30歳代のデザイナー、クリエイターなどが中心。結果、趣向が似た人が多く集まっているという。「滞在者も入居者も関係なく交流が生まれています。イベントを介して交流が始まり、休日一緒にどこか出掛けたり、お互いの作品づくりのアイディアにつながったりと交流の輪は広がっているようです」(同氏)。フロントではそんな交流を後押しするようなバーベキューの貸し出しなども行なっている。
アパートの賃料は5万500~8万9,500円、間取りはワンルーム(一部ロフト付き)、専有面積14.85~31.05平方メートル。相場から考えると高めの設定だ。しかし、クリエイターにとっては人脈や刺激は非常に重要な要素。それを日常で味わえる同物件は希少な存在で、「一生ここに住みますとおっしゃっていただける方もいる」(同氏)と反響は高い。常に入居待ちも出ているほどの人気だ。
良質な管理が良好なコミュニティを
取材していて印象的だったのは、入居者同士のほど良い距離感。コミュニティはあるが、あくまでも「個」を尊重しているということ。個室が確保されているため、皆がべったりというわけではなく、趣向にあったイベントがあれば参加するし、創作に集中したければ部屋にこもるなど、あくまでもカルチャーを愛する人が、個々にこの物件の空間を生かしながら生活しているのだ。それは同じ感性を持った人が集まったことによる効果も大きいが、森本氏を含めたスタッフによる、きめ細やかな管理・運営がコミュニティの要になっていると感じた。
「今後はラウンジのカウンターを活用したバリスタによる期間限定のコーヒーショップや年末には皆で年の瀬を祝うオールナイトイベントも企画しています」と話す森本氏の生き生きとした表情からは、滞在者や入居者に楽しんでもらいたいという思いが強く伝わってきた。同物件は空間デザインなどハード面も確かにすばらしいのだが、そういった笑顔のスタッフに囲まれた居心地の良さや積極的な交流、きめ細やかな管理が良好なコミュニティ形成につながっているはずだ。今後、空き物件を活用してシェアハウス事業などを考えている事業者にとってもヒントとなる部分も多いのではないだろうか。(umi)