京都市、伝統の「京町家」をスマートハウス化
京都らしいまち並みとその住文化を承継する、伝統的な都市型住宅である「京町家」。近年その存在価値が再認識され、保存運動が盛んになっているが、残念ながら改修やリノベーションをもってしても、その省エネ性能や快適性は、現代の新築住宅に遠く及ばない。その京町家を、最新技術を導入して「スマートハウス」にしてしまおうという驚愕の実証実験が、京都市で始まった。最新技術の導入に加え、京町家に注がれた先人の知恵もいかし、京町家の可能性を探っている。









「京町家」省エネ化こそが京都の住宅政策のカギ
京町家は、京都市内の中心部の住まいを構成してきた低層の都市型住宅。その多くは戦前、古いものは大正・明治時代に建てられている。瓦屋根・大戸(おおど)・格子戸・出格子・虫籠窓(むかごまど)・土壁・漆喰壁といった特徴的な外観を持つ。隣家と接して立ち並ぶ長屋(連棟)が多く、間口が狭く奥行きが長いのが特徴。老朽化による建て替えや取り壊しで年々その数を減らしており、官民挙げての保存運動が展開されている。近年では、京町家の外観をいかしたリノベーションやコンバージョンも盛んだ。
だが、京町家を最新鋭の「スマートハウス」に、となると話はそう簡単ではない。スマートハウスの特徴の一つである「省エネ」は、暖冷房のエネルギーをできるだけ使わない、高い気密性と断熱性により維持される。ところが、京町家は「夏暑くて、冬寒い」と揶揄されるほど断熱性や気密性に乏しく、その改修は困難が予想されるからだ。
だが、京都市には、京町家の居住性能を是が非でも上げていかなくてはならない事情もある。京町家の伝統を残していくという理由もあるが、京町家が今でも都心中心部の住まいとして「現役」であることが、その理由だ。それらの多くは、接道や隣住戸との問題等で「再建築不可」であり、都市部の住宅の省エネや環境性能を高めていくには、京町家の改修は避けては通れないからだ。
同市は、産学公の連携による「スマートシティ京都研究会」を2010年に設置。そこでの議論を踏まえ、京町家を「次世代環境配慮型住宅」モデルとして再生する活動を展開してきた。今回のプロジェクトは、同市とスマート機器を提供するメーカー、設計事務所、不動産事業者等で新たにコンソーシアムを結成。13年夏から計画がスタートした。
「隙間風当たり前」から「圧倒的な断熱性」に
「エコリノベーション・京町家」は、京町家のリノベーションを手掛ける(株)八清が物件提供とリノベーションを、冨家建築設計事務所がスマートリフォームに係る企画設計を実施。(株)京セラコーポレーション、(株)日新システムズが太陽光発電システム、HEMSなどの機器を無償で提供した。
八清が提供した京町家は、築70年以上と思われるもので、2階建て、延床面積は約84平方メートル。京都駅から徒歩15分ほどの住宅街に立地。南北に細長く、西面を隣住戸と接する長屋だ。
では、壮大なスマートリノベーションの全容を明らかにしたい。
何と言っても、最大のテーマは「断熱性の向上」だ。「京町家は、そもそも「断熱」などという概念がないので、あらゆる部分に断熱施工をしていくことになった」とは、スマートリフォームを手掛けた冨家建築設計事務所代表の冨家裕久氏の弁。
床は、ベタ基礎の打ち直しと同時に断熱材を敷きつめた。天井には厚さ30cmのグラスウールを貼り、木天井で抑え込んだ。隣住戸と接する壁は内断熱施工し、妻側は一面外断熱施工した。玄関側と庭側の壁は、柱を重ねた分土壁を厚くして、断熱材を充填した。これらは、断熱性の向上に加え、耐震性の向上にも寄与している。窓ガラスはすべて、複層ガラスの木製サッシを採用した。室内の障子は二重に貼りこんであり、冷気や暖気を逃がさない設計だ。
これらにより、驚くことに「次世代省エネルギー基準なみの断熱性能を確保できていると思われる」(冨家氏)という。確かに、その改装効果はすさまじく、真夏の太陽が照りつける見学会当日、30人近い人が詰め込まれた室内でも、エアコン2台を稼働させただけで、終始快適であった。
京町家は隙間だらけだが、その一方で風や光といった自然の快適さをうまく室内に取り込む、今でいうところの「パッシブデザイン」が施された住まいでもあった。今回のスマートハウス化にあたっても、この考えを継承している。
京町家は、床下に通気空間が確保されているが、この住宅にはさらに床下エアコンを設置。冬場は温風を流すことで底冷えを防ぎ、夏場は玄関下と庭下の通気口から風を通し、エアコンの冷気と共に熱気を逃がす。また、吹き抜け上部の火袋にはトップライトを設け、採光と通風を確保。夏場はエアコンの冷気を、1階に落とし込む。出格子と縁側も改修し、室内外の温度差を緩和する調整空間として機能させている。
一方、エネルギーを生み出す「創エネ」手段としては、太陽光発電システム(2.28kW)を屋根上に設置。これと家庭用燃料電池システム「エネファーム」と併用し、昼間時 の買電量を極力抑える。エネファームは、坪庭の風情を損なわないよう、燃料電池と給湯タンクとを分離して設置した。また、HEMSにより、電気・ガス使用量の見える化を行ない、省エネ行動を喚起するのは、スマートハウスの常套手段だ。
これらの改修により、同住宅は、見た目は京町家独特の風情を残しながら、中身は全くの最新住宅に生まれ変わっている。
改修費は約3,000万円。売却後モニター調査
気になるのは「コスト」だろう。読者諸氏の想像通り、リノベーションコストは、2,000万円台後半。このうち、エコ関連の改修コストは、参画企業からの設備機器の無償提供分を除き約500万円。無償分を考えると、新築住宅なみの3,000万円以上の改修コストがかかっているわけだ。
もちろん、そんな改修は現実的ではなく、同市も、あくまで京町家のスマート化推進のための「実証実験」と位置付けている。同住宅を、15年1月末までモデルハウスとして公開。同時に、11月末まで居住実証実験に協力してもらえる購入希望者を、八清が募る。実証実験では、同じような家族構成を持つ家庭との間で、 光熱費を比較。省エネルギー性能を1年間にわたり確認していくほか、未改修の隣住戸には温湿度センサーを設置してあり、住戸内温熱環境のデータ比較も行なっていくという。なお、販売価格は4,380万円だとか。
同市では、「町家につぎ込まれた先人の知恵と最新技術を融合することで、職住近接地域のエコ住宅のあり方を考えていきたい。既存町家を活かしていくことで、空き家問題の解決の糸口にできればと考えている」(京都市地球環境・エネルギー政策監、佐伯康介氏)としている。
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京町家の柱や梁がむき出しなのは、それらが朽ちて用をなさなくなったとき、新たな部材に差し替え、家の耐久性を維持していくための知恵だ。つまり、京町家は、その誕生時から、スクラップ&ビルドの思想ではなく、ロングライフ住宅の思想で作られているのだ。
高度成長期に忘れ去られたこの思想を、今こそ活かす時が来たのかもしれない(J)
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京町家を「スマートハウス」に。15年1月から居住実証実験/京都市(2014/08/25)