スパ建築の第一人者が作った、店舗兼住宅を公開
スパやエステティックサロンを数多く手がけてきたP.D.S.ARCHITECTS((株)ピー.ディ―.エス.アーキテクツ一級建築士事務所)が10月18日、竣工したばかりのショップ兼賃貸マンション「VILLA KANON」を、報道陣や関係者に向けて公開した。これまで数多くの美容や癒し施設のデザインを設計してきた同社ならではの強みを活かした、こだわりの空間演出の魅力を探ってみよう。















今でこそ当たり前だが、ホテルや旅館にスパが入居し始めたのは2000年頃と、実はそれほど歴史は長くない。そもそも日本でもスパが流行り出したのは、海外のホテルでスパトリートメントなどを体験した富裕層などの間に、日本でもスパをというニーズが多くなり、日本の宿泊施設がスパやエステティックサロンを導入するようになったのがきっかけ。
そんなスパ導入期から、日本において、スパの設計からコンサルティングまで手掛けているのが、ピー.ディ―.エス.アーキテクツ一級建築士事務所だ。
箱根吟遊の「Ginyu Spa」や、宮古島東急リゾートホテル内の「The Island Spa ゆるりあ」、「伊良湖ガーデンホテル」の「セントグレゴリ―スパ伊香保」といったホテルスパから、オリエンタルホテル神戸の「トータルビューティ&スパ ソシエ」などエステティック系列運営のスパまで、幅広く作っている。
住む人を包む環境を作る
「VILLA KANON」は同社17軒目となる建築住宅で、鉄筋コンクリート造地上3階建て。敷地面積230.86平方メートル、建築面積132.85平方メートル、延床面積366.53平方メートル。
1階に店舗(美容室)、2階に賃貸用の3住戸、3階にオーナー用住戸を作った。敢えて建物の周りに空間を作り、光を多く取り入れる環境も整えた。
2階の住戸は3戸全てが募集開始直後に申し込みが入るほどの人気だったという。
間取りはワンルームのA(29.24平方メートル)とB(26.32平方メートル)、それに長屋タイプ(1LDK)のC(43.14平方メートル)。
家賃は、Aタイプ10万6,000円で、Bタイプ10万3,000円で、Cタイプ14万5,000円。
回遊性を意識 廊下にキッチン
スパ建築家ならではの演出として、どの部屋からも中庭が望めるようにレイアウトをし、開放感に特にこだわった点も特徴。
1LDKのCタイプは、玄関ドアを開けると、窓の向こうの中庭のシンボルツリーが目に飛び込み、「スパに入った時のような感動」を味わえるようになっている。このタイプの居室だけ、中央に水回りを配置し、回遊できる造りとした。廊下にキッチンが配置されているため、無駄なスペースがほとんどないのだ。
このように、水回りをコンパクトにまとめて、動線を確保するというのは、スパでもよく見かけるスタイル。国内外のスパトリートメントルームを見ると、さりげないところに洗面台があるが、そこは施術者(セラピストやエステティシャン)の動線を意識した場所であり、しかも目立ちすぎず、場所をとらない工夫がなされている。
また、リビングルームからはキッチンが見えないような工夫も。
ここもまた、スパを作るのと同じ様に、「癒し」の空間と「日常/現実」空間を切り離している。
こういう空間分けをすることによって、施術者にも受け手にも心地のよい居場所が生まれると考えているのだ。
3階はオーナーの好意によって入居前に公開された。
間取りは、玄関アプローチからドアなしの開放空間の17畳リビング、「ライブラリー」と名付けた土間のような廊下の先に、12畳のダイニング・キッチンと、6.4畳と6.5畳の寝室。廊下横にWICと、洗面脱衣室と浴室。浴室の隣には、小さなバルコニーも設けている。また、17畳のリビングルームの先には2階住居へと続く室内階段もあり、近い将来、2階と3階をつなげて暮らすことも可能な造りとなっている。
家の中を散歩するような感覚
廊下を挟み、居室がつながる奥行きの深い空間。廊下からは、シマトリネコの木が見える。
無機質なコンクリート造りに癒しのエッセンスを入れるべく、廊下の窓には一部レンガも使用し、狭さを感じさせない。ここは、ホテル内の癒しのライブラリーを再現したようなスペースとなっており、「窓に向けて椅子を置いて、緑を見ながら癒しの時間を」という造り手の思いが込められている。また天井の素材とは対照的に、廊下に使用した床のタイルが、家の中を散歩しているような感覚にさせるのも特徴だ。
緩やかに斜めになっている天井には、米栂の材を使用。室内にいるのに、どこにいても木のぬくもりを感じられる。
スパのようなバスルーム
スパ建築家ならではのこだわり、水回りにも注目したい。
スパに導入されているのとほぼ同じ浴槽を取り入れ、浴室の隣には小さいながらも、屋外バルコニーを作った。広がるのは、吉祥寺のまち並み。ビルの谷間のような感覚は否めないが、これだけ建物が密接した中で、こんな空間が作れることに、改めて驚かされる。
同社代表の浜田幸康氏によれば、「スパを知っているからこそ、住宅の中に遊びを作りました」。確かに、見学中に扉を開けるたび、わくわくした気分になった。この感覚は、スパでトリートメントルームや、リラクゼーションルームに案内される時に、扉の前で感じる時と似ている。日常から一瞬離れるのを期待するような、そんな感覚だ。
日常の機能性も重視
とはいえ、スパを作るのと全く同じ様には作らなかったようだ。
というのも、スパは「非日常」。家は「日常」のもの。
浜田氏は、「スパを作っていく上で追求する機能性は2つあるのです。スタッフの機能性と、客の機能性です。スパは『演出は過剰に』行ないます。商業施設は、見せる(魅せる)ために作るモノです。そのため、極端なことをいえば、スタッフの機能性を削ってでも、客の機能性を重視します」と説明する。
高いお金を払って時間と空間に癒しを求める客に対して、「一瞬の満足感を与える」ためには、やはり客の満足感を第一に追求しなければならない。スパ業界者も同社の設計に関して「建物の使われ方をとても意識して設計している。居心地と使い勝手、そして導線。スパに関して必要なその3点が非常に素晴らしい」と話している。
同社は数多くのスパを見てきたからこそ、癒しを求める客がどういう動きで、滞在空間で癒されるのかを知りつくしており、それを日常生活にどのように活用すればいいのか、一般住宅を作りながら追求してきた。
スイッチの場所にもこだわり
今回のオーナー住戸に関し、「日常」使いを意識して、特にこだわったのが「空間的な耐久性」だという。機能性に関しては、スイッチ一つの位置にもこだわった。3階の住戸のリビング横の階段から2階の3つの住戸の玄関へのアプローチが簡単なのも、将来2フロアで暮らすことになったことを前提にしているからだ。
まち並みを豊かにする物件を目指して
実はオーナー夫婦は、すでに近くに居を構えており、当初ここに住む予定はなかったという。しかし、物件の完成度が素晴らしかったので、入居を決意した。
「せっかく作るのならば、この建物によって、この通りが良いまち並みになってほしい」と願って建てたが、完成すると、「自分たちもぜひここで暮らしたい」と思うようになった。
吉祥寺中道通りから1本入った通り沿い。現在はまだ店舗が少ない静かな通りとなっているが、美容室もオープンすればこの通りの雰囲気が大きく変化することは間違いないだろう。ゆとりのある物件周りの空間や、玄関奥の抜けのあるアプローチなどが、やはり気になるのか、立ち止まって物件を見つめる人も多かった。
住みたい街ランキング上位の不動人気の吉祥寺に、また一つ、話題の賃貸住戸が誕生した。(Y)