記者の目

2023/10/31

「カスハラ」を許すな!

マンション管理の現場で横行する不当・理不尽な要求、暴言

 「セクハラ」「パワハラ」「モラハラ」など、ハラスメントの種類は現在、50種類以上も存在していると言われている。そうした中、マンション管理業界で問題となっているのが「カスタマーハラスメント」(以下、「カスハラ」)。マンションの区分所有者が管理会社のフロント、管理員、清掃員などに対し肉体的・精神的な苦痛を与えるといった行為が、業界全体で問題視されているという。  この状況を改善すべく、「マンション標準管理委託契約書」「マンション標準管理委託契約書コメント」が9月に改訂され、カスハラへの対応に関する規定等が整備された。これにより、マンション管理の現場はどのように変わるのだろうか。

◆業界団体がカスハラの現状を国に訴え…

不当・理不尽な要求、暴言、脅迫行為など、マンション管理業界に横行する「カスタマーハラスメント」

 「マンション標準管理委託契約書」および同コメント改訂のきっかけは、(一社)マンション管理業協会が、カスハラを受けた管理会社の担当者から挙がった声を吸い上げ、国土交通省「マンション標準管理委託契約書見直し検討会」に「カスハラ条項」の追加を提案したことだった。
 同検討会では、マンション管理の現場で、不当・理不尽な要求、暴言、脅迫行為、長時間の拘束、緊急性のない事柄に対する業務時間外での対応の強要、SNS等への風評の流布…など、居住者からの「カスハラ」が問題となっていることについて、約半年間で3回にわたり議論。その結果、カスハラへの対応に関する規定等が整備された。

 カスハラを未然に防止する観点から、8条(管理事務の指示)、12条(有害行為の中止要求)の条文を追加。管理組合の指示者および管理業者の指示の受け手を明らかにすることとし、ハラスメントに該当し得る行為をコメントで例示した。
 例えば、
・組合員等が、管理業者の使用人等(管理員や清掃員等)に対し、契約にない行為や管理規約等、総会決議等に違反する行為を強要すること
・侮辱したり人格を否定するような発言をすること
・執拗につきまとったり、長時間拘束すること
・緊急でないにもかかわらず休日や深夜に呼び出しを行なうこと
といった有害行為がなされた場合には、管理組合はそれを是正することが求められる。

 厚生労働省が策定した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、「カスハラを受けている(管理会社)の社員を守るのが会社の役割」とし、カスハラを想定した事前の準備、実際に起こった際の対応など、カスハラ対策の基本的な枠組みを記載している。
 同マニュアルでは、企業の対策室(カスハラ相談室)の設置、カスハラを受けた担当者を変えるといった対応策が示されているが、顧客(管理組合)への対応や働きかけについては触れられていない。BtoCの関係上、管理会社の立場はどうしても弱くなり、カスハラの対応に苦慮するケースが多かったというが、今回の「カスハラ条項」の追加により、「管理会社」対「管理組合」という対等な立場でカスハラに対応できるようになったのだ。

◆カスハラ撲滅への大きな一歩

 検討会に委員として参加した、マンション管理業協会業務・法制委員会委員、大和ライフネクスト(株)マンション事業本部事業推進部部長兼マンションみらい価値研究所所長の久保依子氏は、「『管理会社』対『管理組合』が対等となる構図にするためには、マンション標準管理委託契約書に条文を追加することが必要でした」と話す。

「国がカスハラ防止の姿勢を示してくれたことはとても有意義なこと。大きな一歩を踏み出せたと思っています」(久保氏)

 「マンション管理業はカスハラを受けやすい業種」「会員(管理会社)を守るために何とかしなくては」との思いから、マンション管理業協会が国に働きかけた結果、カスハラ条項の追加が実現した。「消費者保護が強く、事業者の立場が弱い現状において、国がカスハラ防止の姿勢を示してくれたことはとても有意義なこと。大きな一歩を踏み出せたと思っています」(同氏)。

 また同氏は、「管理会社側が“怒られ慣れ”しているのは良くない。もっと自分の仕事に誇りを持てば、カスハラへの対応の仕方は変わってくるはず。ただ平謝りするだけでなく、毅然として対応できるようになるのでは」とも話す。

 これまでカスハラは1人の組合員の問題で、ほかの組合員は「あの人はめんどくさいから」と見て見ぬフリをすることも少なくなかった。「今回の改訂により、カスハラを管理組合全体の問題として捉え、自分たちで何とかしようとする動きが見られるようになれば」(同氏)と期待を寄せている。

◆貴重な人材を失いたくない!

 全国4,300物件・約33万戸の管理物件を有する、三菱地所コミュニティ(株)常務執行役員の西川 隆氏には、実際に現場で起こっているカスハラ問題について聞いてみた。

 同社が管理するマンションでは、
・SNSへの個人および会社への誹謗中傷や書き込み
・恫喝、胸倉をつかむなどの暴力行為
・社員の家族に危害を加えるような脅しの発言
・1日数十件のメールを配信、それに対し「〇〇以内に」といった時間指定での返信要求
などのカスハラ行為が報告されているという。

 管理会社は共用部の管理を行なうが、騒音や漏水、隣人トラブルといった専有部の対応も引き受けざるを得ない場合がある。その要求がエスカレートしたり、「管理会社が介入しているのに解決できないのか」というクレームにつながったりすることが少なくない。
 「カスハラは定義付けが難しい。この案件はカスハラなのか、当社の接遇が悪かったために起こったクレームなのか、まずはその線引きを行なわないと対応できないと考えました」(西川氏)。

「カスハラ被害を受けた社員が会社を辞めていくケースがここ数年で増えており、会社の財産である貴重な人材を失うことを危惧しています」(西川氏)

 そこで同社は2022年4月、本社内に「カスハラ対応窓口」を設置。そこに寄せられる現場のフロント、管理員や清掃員などの声から、カスハラやクレーム発生の要因の分析、問題・対応の切り分けを行なうこととした。
 相談窓口に一報が入ると、現場担当者および上長にヒアリングを実施。具体的な状況を確認し、弁護士に相談するなどして判断を仰いだ。同社の対応に起因するところから発生しているクレームについては、当事者に誠心誠意対応。それらを除く17件をカスハラとして認識することとなった。
 「カスハラ被害を受けた社員が会社を辞めていくケースがここ数年で増えており、会社の財産である貴重な人材を失うことを危惧しています。カスハラを防ぐためには、明確なルールを策定し、現場だけに任せず会社として判断していくことが重要です」(西川氏)。

「マニュアル通りの正しい対応には、エスカレートするカスハラを前段階で抑える効果があるのでは」(小薬氏)

 今年の春、相談窓口に寄せられた案件を基に、Q&A方式で対応を明記した「カスハラ対応マニュアル」を策定。例えば、
・総会で審議された案件にきちんと対応しているのか。いい加減な運営をしているならば、管理委託契約を解約するぞ
・問題になっている(区分所有者同士の)騒音トラブルを半年以上も解決できないのは、管理会社として管理委託契約の債務不履行に当たるのではないか。もっと積極的に関与して解決せよ
などへの対応を細かく示している。

 「NG対応」も組み込んだ同マニュアルは、現場で活用され、重宝されているという。「ハラスメントはどんどんエスカレートしていきます。マニュアルを活用し、正しい対応で対峙していくことは、カスハラがエスカレートする前段階で抑える効果もあると期待しています」(同社事業統括部長・小薬 潤氏)。

◇   ◇ ◇

 「カスハラ条項」の追加については、管理組合側への働きかけが重要となり、認知・浸透していくには時間がかかるかもしれない。管理委託契約の内容も変わるということで、三菱地所コミュニティでは新旧の比較表を用いながら、理事会や総会での周知を図っていくという。

 今後、管理組合側の意識がどう変わるのかは未知数だ。しかし、業界団体が管理会社を守るために声を挙げたことは、カスハラ防止の大きな一歩になったことに違いない。
 今回の改訂をきっかけに、他業界にも「STOP! カスハラ」の動きが広まることを期待したい。(I)

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