記者の目

2025/11/25

スカイツリーのお膝元なのに…

「ここを選んで良かった」と思えるまちに

 2012年5月に開業した「東京スカイツリー」(東京都墨田区)。タワーとしては世界第1位の高さ634mを誇り、商業施設「東京ソラマチ」が併設され、連日、インバウンドを含む観光客を集めている。しかし、東京スカイツリーのある「押上」駅の南側「押上業平(おしなり)地区」はというと、来街者はまばら。高齢化や後継者不足により、シャッターが閉じられた店舗も目立つ。「スカイツリーのお膝元『おしなり』エリアににぎわいをもたらしたい!」。この思いから始まったのが「ことまちプロジェクト」だ。

「ことまちラボ」外観。東棟(左)はイベントやワークショップが行なえる施設、西棟(右)1階はカフェ、2階はクラフトビール居酒屋が営業している

◆スカイツリーの開業で期待を寄せたが…

 「スカイツリーができると聞き、地元住民は『商店街にも人が来る』と期待を寄せたのですが…。いざ蓋を開けてみると、それは期待外れに終わってしまいました。東京スカイツリーの足元には300以上の店舗が集まる商業施設『ソラマチ』があり、レストランやショップ、エンターテインメント施設が揃っており、展望台と合わせて1日中楽しむことができます。浅草や上野といった周辺の観光スポットとも連携しているため、南側の『おしなり』まで足を延ばしてくれる人はほとんどいませんでした」と、東武不動産(株)常務執行役員開発事業本部エリアマネジメント部長の鹿島義之氏は振り返る。

 押上業平地区に本社を構える同社は、にぎわいを失っていく同エリアを何とか元気にしたいと考え、5年ほど前から本格的にまちづくりに着手。浅草通り沿道ににぎわいを生み出し、地域住民とともに活気あるまちづくりを目指すことを決めた。
 観光客に長く滞在してもらうだけでなく、地域住民にとっても居心地の良いまちにすることを考え、23年に「ことまちプロジェクト(“こと”がつながる、“まち”がにぎわう)」を立ち上げた。沿道の空き店舗に「ここでしか買えない」といったユニークな店を誘致。空地・空地が少なく子供の居場所・遊び場がないことから、家族で集える場づくりも行なうことに。宿泊施設の整備も進めることとした。

◆ワークショップでプロジェクトの方向性が明確に

 プロジェクトの始動にあたり、同社が浅草通りに所有していた4軒の長屋を解体し、「まちとひととを結ぶコミュニティ形成」の場を新たに設けることに。
 「建物を取り壊す前に、われわれが目指すプロジェクトやまちへの思いを知ってもらいたい」(鹿島氏)との考えから、23年2月11~19日の間、解体前の長屋でワークショップを開催。「ことまちプロジェクト」のホームページを作成して参加を呼び掛けた。イベント期間中は、長屋の古材を活用してカードホルダーなどの雑貨をつくったり、壁面の一部を白く塗ってその上に子供たちが想像する未来の姿を自由に描いてもらったり。元雑貨屋だった長屋には昔の写真を展示し、まちの歴史を振り返ることのできる空間とした。

壁一面に子供たちが想像する未来の姿を自由に描いてもらった
元雑貨屋だった長屋には昔の写真を展示

 ワークショップには、地域に住む親子や昔からの住民に加え、地域外からも参加。参加者にはアンケートも実施した。202名が回答した結果から、「ふらっと立ち寄れてお茶を飲んだり、話ができる場所が欲しい」「今回のワークショップのようなイベントに今後も参加したい」といった多くの声が挙がり、同プロジェクトの方向性が明確となった。

そこで、解体後、新たにつくる建物は、敷地内に地域の高齢者や親子が気軽に立ち寄れるよう広場(こと庭)を設置。東棟にはイベントやワークショップが行なえる施設をつくり、西棟には飲食店を誘致することに。そして、24年3月に「ことまちラボ」が完成した。

◆年間150回以上のイベントを実施

 以降、「ことまちラボ&こと庭」では、にぎわいを創出するためのイベントを季節ごとに開催している。
 24年の「夏まつり」では、スーパーボールすくい、ガチャガチャなど子供の楽しめるゲームを揃え、夜には花火を楽しんでもらった。クリスマスの時期には、地域で活躍する人とともに、クリスマスリース・オーナメント・デコレーションケーキづくりや、定期的に行なっている子ども食堂によるクリスマス会を開催。また、「新春 餅つき大会」は大々的な事前告知をしたわけでもなかったが、約300名もの地元の人々が集まり大盛況だったという。

夏まつりイベントの様子。24年度は150回以上のイベントを行なったという
地元の老舗和菓子店に協力してもらい、季節の上生菓子を手づくり。募集後、わずか数日で満席となるほど大人気だった

 同社が主催するだけでなく、毎月第3日曜日には、ボランティア団体による子供用品の物々交換会「もちもちマーケット」を開催。サイズの合わなくなった子供の衣類・おもちゃ・日用品を持ち込み、欲しいものを持ち帰るというシステムで、地域の子育て世帯に人気のイベントとなっている。また、教室を開く個人・団体に低料金(1時間3,200円、墨田区住民は50%引き)でスペースを貸与。フェンシング親子体験や和菓子づくり体験、フォトアート教室など、さまざまなイベントが行なわれている。
 その数は、24年度150回以上、25年度は9月末までで50回にのぼる。

 また、同エリアの空き店舗には、「全国でチェーン展開していない、個性的な店を誘致したい」(鹿島氏)との考えから、「壺焼き芋専門店」「季節の野菜を中心とした日本料理店」「焼きたてのベーグルテイクアウト専門店」などが出店。「ことまちラボ」の西棟1階には、7時オープンのカフェ「スペシャルティコーヒー&アメリカンブレックファスト」、2階には「クラフトビール居酒屋」をオープンし、観光客や地元住民の憩いの場となっている。

◆宿泊者が「まちに出て楽しむ」仕掛けづくり

 一方で、宿泊を通じてまちににぎわいをもたらすアパートメントホテル型の宿泊事業「T-home」も展開。「ただ泊まるだけでなく、地域に点在する施設や店舗を通じて来訪者がまちの魅力に触れることを目指しています」(同社執行役員開発事業本部企画運営部長・渡邉 聡氏)。

 まちとのつながりを生み出す仕掛けづくりにも注力。例えば、室内のスマートテレビを通じた周辺店舗の情報提供によりドリンク特典が受けられる仕組みなど、宿泊者がただ泊まるだけでなく「まちに出て楽しむ」体験を後押ししている。
 現在、同エリアで6施設を運営。1室で4~12名まで宿泊可能。アジア人の大家族や欧米人グループなどが利用しているという。平均稼働率は約90%、1室平均4万~5万円程度だという。 

 26年2月の開業を目指す「T-home」シリーズ最大規模となるプロジェクトも進行中。病院跡地に江戸風の建物が並ぶ「長屋形式」の宿泊施設を展開する予定だ。宿泊棟に加え、来街者も利用できる飲食店舗の誘致も計画している。「観光客はもちろん、来街者や地域住民も利用できる、まちに開かれた施設としたい」(渡邉氏)。

◇   ◇ ◇

 “おしなり”地区を歩いてみると、老舗の和菓子店やベーカリー、定食屋など、昔ながらの味を楽しめる店が点在。東京スカイツリーのすぐそばには、レトロな商店街や木造建築が立ち並ぶ落ち着いた住宅街が広がり、古き良き下町の風情が感じられた。

 「ことまちプロジェクト」はまだ始まったばかり。鹿島氏は、「まちづくりは、人と人との接点をいかに多く持たせるかが大切な要素になると考えています。住んでいる方々が“このまちで子育てをして良かった”“このまちを選んで良かった”と思い、育った子供たちがまちに誇りを持ち、地域に根差してくれる。そういうまちになればと思っています」と話す。

 核家族化やライフスタイルの変化により、地域コミュニティの希薄化が多くの地域で見られる中、そこに住む住民がまちづくりに関心を持ち、主体的に参加する仕組みを構築することがまちづくりには必要だ。同社の取り組みは、そのきっかけづくりになろう。どんなまちに変貌するのか注目していきたい。(I)

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