海外トピックス

2016/12/20

vol.312 布に物語を感知するシャーロット

ますます発展するカナダのバンクーバー市(以下同)。政情は安定しているように感じられる。
ますます発展するカナダのバンクーバー市(以下同)。政情は安定しているように感じられる。
バンクーバー市都心に位置するグランヴィルアイランドはアートショップが集中する地域だ。メイワは30年前にその一角に誕生した
バンクーバー市都心に位置するグランヴィルアイランドはアートショップが集中する地域だ。メイワは30年前にその一角に誕生した
植物染料で糸を染めるシャーロット。メイワのスタジオにて(写真提供:メイワ・ハンドプリンツ photo curtesy Maiwa Handprints)
植物染料で糸を染めるシャーロット。メイワのスタジオにて(写真提供:メイワ・ハンドプリンツ photo curtesy Maiwa Handprints)
メイワが開催するテキスタイルシンポジウム、ワークショップの様子
メイワが開催するテキスタイルシンポジウム、ワークショップの様子
シャーロットは自然素材、植物染料、そして手仕事を重要視し、彼女自身それらの製品を常に身につけている(写真提供:メイワ・ハンドプリンツ photo curtesy Maiwa Handprints)
シャーロットは自然素材、植物染料、そして手仕事を重要視し、彼女自身それらの製品を常に身につけている(写真提供:メイワ・ハンドプリンツ photo curtesy Maiwa Handprints)
グランヴィルアイランドには、メイワのオフィス、ワークショップ会場、素材店、ドレスショップのほか、インテリア小物の店など現在は何店か増えてきている
グランヴィルアイランドには、メイワのオフィス、ワークショップ会場、素材店、ドレスショップのほか、インテリア小物の店など現在は何店か増えてきている
インドの村々を訪れ、工芸家や職人達と話し合うシャーロット。伝統を守り継続することに力を注ぐ(写真提供:メイワ・ハンドプリンツ photo curtesy Maiwa Handprints)
インドの村々を訪れ、工芸家や職人達と話し合うシャーロット。伝統を守り継続することに力を注ぐ(写真提供:メイワ・ハンドプリンツ photo curtesy Maiwa Handprints)

 シャーロット・クワンは30年前にカナダのバンクーバー市でメイワ (Maiwa Handprints Ltd.) と名付けたユニークな小売店を始めた。

 現在、工芸素材や布を売る店、ドレスやテーブルクロスやクッションなどファッションと生活用品の店、インドの骨董木工家具を売る店をはじめ、シンポジウムを行なうメイワアートスクール、インドに設立したスタジオ、工芸職人を援助するメイワファウンデーション、オンラインショップ、そしてバンクーバー市のオフィスと、起業当時は到底想像も出来なかった程の大組織に成長。フルタイムとパートタイム合わせて何十人もの人々が携わっている。

 シャーロットの人生哲学と実行力が人を惹きつけ、数々の成功をもたらした。果たしてその原動力は何であろう。

インドでふと手にした布に衝撃

 ずっと昔、シャーロットがインドでふと手にした布切れは彼女に衝撃を与えた。その古裂をどこで誰が作ったのか知りたいと思い、それ以来、シャーロットの旅は始まったのである。

 このようなインドの古い布は手つむぎ、手織り、植物染料で手染め。作り手を探すのは容易でなかった。多くは辺鄙な村に住んでいたり、やっと訪ね当ててもすでに技術は絶えてしまった場合がほとんど。

 インドは染織に興味のある者にとって宝庫だが、工業化の波で手作りは衰弱する一方である。以前筆者がインドを訪れた時、染織に関わる人達は、工場で瞬く間に何百メートルもの布地が織られてゆく工程のポリエステル生地を誇らしげに見せてくれたが、手織りに比べれば迅速で安価。手仕事とは比較にならない。

産業革命で変わったモノづくり

 例えば我々が身にまとうセーターを例にあげてみよう。

 人は普通そのセーターのブランドや値段や流行は気にかけても、それがどこで誰によって製作されたかは気にかけない。イギリスで起きた産業革命以来、人の手で作られていたさまざまなもの、特に染織品は劇的に変化した。工業化の結果、工程は短縮され、化学染料や化学繊維により、衣料品は我々庶民にさえ安く大量に供給されるようになった。

 そして世界中が能率や経済を重視するようになった。

一つ一つの布にストーリーが

 ところで、シャーロットはなぜ時代の流れに逆行する手織り、手染め、植物染料に固執するのだろうか?

 答えは一言。

 古裂(の多く)は美しい。シャーロットはどこで誰が糸を紡ぎ、どの国のどの村で織られ、どのような染料でどう染められ、誰が縫製したのか興味を持つ。子供のような素直な好奇心からでているにせよ、シャーロットは布ひとつひとつに物語を読み取るのである。

 藍草を育てる人々、幼児も老婆も分担してきた織りの数多くの過程。女性達が集まって刺繍をしたり、代々伝わる技法を守る職人達…。

 それら手仕事がいまや工業化の波に飲み込まれる現状をシャーロットは目撃し、美しい古裂を復元、製作、そして再生産出来たら、と望んだのであろう。

工業化で失われた伝承技術

 工業化は決して悪いことではないが、しかし、そこにはいくつかの弊害も出てきた。手仕事に関わる人々は職を失うばかりか、伝承してきた工芸技術まで失われてしまった。文化の喪失といっても大袈裟でないだろう。

 仕事が減り中間搾取や安く買いたたく諸国の影響で手仕事に従事する人は激減、特にインドの女性達の自立は以前にも増しておぼつかない。そして工業化による環境の悪化等、シャーロットは環境問題にも注目し始めたのである。

 彼女の目を通して納得すれば世界中どこへでも飛んでゆき、自分の手で確かめ、特に染織品をメイワのプロジェクトに組み入れる努力を始めた。いくら手仕事で仕上げた製品があっても、それらが売れなければ生活のめどが立たず、いき詰まってしまう。シャーロットは販路を開拓し、全ての工程が循環するように努力する。

子供たちも受け継ぐ母の哲学

 娘ソフィーナはメイワが開店した年に生まれ、シャーロットに連れられて9歳で初めてインドの地を踏んで以来、毎年インドへ旅をしているそうで、すでにシャーロットの分身と言っても良いくらい。息子のアレックス共々現在二人の子供達はメイワのなくてはならない中枢の人材に育ってきている。

 設立当時からメイワで働いているある女性は「ソフィーナとアレックスがいつも店にいたから、赤ちゃんの頃から二人の面倒をよくみたのよ。姉弟よく喧嘩してねえ~。でも可愛かった!」と話してくれたが、ソフィーナとアレックスは文字通りメイワの中で育ったとも言え、二人をはじめとして家族ビジネスとしての精神がメイワ自体にみなぎっているように感じられる。

 人を育て、植物を育て、モノを育て、文化を育てる…。

 いずれも長い時間がかかるが、シャーロットは辛抱強い。暖かい心で果敢に立ち向かう類稀な女性である。


Akemi Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

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