





アメリカの住宅といえば、「庭の芝生」だったが…
アメリカ住宅に美しい緑の芝生が重なり合う。都会の風景でさえどこも広々と感じるのだが、それは一面に続く芝生の前庭のせいに違いない。道路際には、楓や樫などの街路樹が車道と歩道とを幅広く分つ。そして前庭は奥行き6メートル位の緑の芝生が広がり、やっと玄関である。 家のスタイルにより外見はそれぞれ違うとしても、前庭はどこも一面の芝生。だから見晴らすと緑の芝生が街路樹に沿って両側に “緑の帯” のように遥かに次の通りの角まで伸びている。 一戸建ての家を持って、休日には家族で芝生を手入れする…、こののどかな光景は典型的なアメリカの住宅風景であったが、いま、芝生の前庭に変化の兆しが…。 芝生を美しく保つには充分な水やりと手入れが絶対に必要で、そのための出費もばかにならない。だから、水やガソリンを節約すべき、と考える「エコ派」や、芝生のかわりにプレイリーに生える草花を植える「自然派」の台頭で、この“緑の帯” が変わりつつある。気候や用途によって「芝」選びも重要
芝は、暑い地方や寒い地方、日当りの良い場所、日陰などといった場所の違いで種類を選ぶ必要がある。運動場、ゴルフ場、公園、住宅など、用途によっても種類を選ばねばならない。 引っ越した時に、丈夫だからという理由でバミューダグラスを植えたが、葉が粗く美しくないので翌年ブルーグラスに植え替えた我が家。葉が細かく美しいけれど確かに手がかかる。 最近は業者(ランドスケーパーと呼ぶ)に手入れを頼む家庭が多い。週に1回1~2時間の芝刈りで1,200円位だろうか。年間契約をすると手入れの内容によって値段は異なるが、6万円位から。凍り付いた土が緩み始める春3月頃に2人か3人のランドスケーパーがいろいろな器械を積んだ車でやって来て、芝がよく育つように通気の穴を地面に開ける。肥料も与える。夏の芝刈りは前庭と裏庭の芝を苅って、苅った芝をビニール袋に入れて後始末。秋には街路樹から前庭に落ちる落葉を器械で吹いて集める。冬は雪が降れば雪かきをする、というサイクルだ。手入れを怠ると、近所から苦情が
芝の手入れを怠ると、すぐに芝の表情に現れてしまう。今夏はうっかり肥料をやりすぎてすっかり枯らしてしまった。枯れた部分には種をまいたり、ロール状の芝を買い、継ぎ当てをしなければならない。雑草を抜くのは重労働。芝は1週間に4cm伸びるというが、芝刈りを怠ると明らかに隣の芝生とは差がつく。近隣から「手入れを忘れずに」とメモがドアにはさまれることも…。余計なお世話、と思うかもしれないが、実は1軒でも庭の手入れを怠ると、地域全体の評価が下がって、家を売る時、値が下がる、という実際的な懸念からである。 夏は毎日水まきをしなければならず、地面に自動スプリンクラーシステムを取り付ける家庭が多くなった。朝5時頃設置されたいくつもの小さな撒水器がぴょこんと地面から顔を出して自動的に稼働し始め、くるり、くるりと撒水器の方向が変わってもれなく芝生に水が行き渡る仕組み。水不足の地域では、庭の水まきに非難の声も
この夏は暑い上に数ヵ月も雨が降らず、芝生の水まき制限があった、とテキサス州に住む友人。水まきが許されるのは週に1回だけなので、芝生が枯れてしまった家も多かったそうだ。乾燥して暑いネバダ州やアリゾナ州では、芝生でなく石やサボテンを配する前庭が多いとか。サンタフェ市に住む友人は「東部や中西部から引っ越して来た人達はこれまで自分達がやってきた習慣で芝生の前庭に水撒きをするけれど、水を使いすぎて困る」とこぼしていた。 サンタフェのように乾燥した地域では、水は限りある大切な資源。芝生の庭を持つのは贅沢、というよりは浪費、というわけだ。 幸いシカゴでは、ミシガン湖からふんだんに水を得られるが、芝刈り機のエネルギー(電気やガスを使う)や害虫退治の農薬散布などに疑問を持つ人々が増えてきている。友人のウェンディは、前庭に芝のかわりにプレイリーグラスを植え始めたが、近隣の人々から「種は飛んでくるし、見苦しい」と非難され、地方新聞にも掲載されて大きな問題に発展中。都会の真ん中につくられた、大自然そのままのコロニー
数年前、アーティスト・イン・レジデンスというプログラムに選ばれて、アートコロニーに数週間滞在したことがある。1,000坪はゆうにあるこのコロニーの敷地はプレイリー(大草原)として復元されている。ブラック・アイ・スーザン、やまよもぎ、ピッグブルーステム、セイタカアワダチソウ、スイッチグラスなど、約200種類のプレイリーグラスが共存し、ミツバチや蝶が飛び交い、朝に晩にそれは麗しい眺め…。人の手を加える以前の中西部を彷彿させる光景だ。 自然界においてひとつの種の植物だけ繁殖するのは異常、という記事を何かの本で読んだ事があるが、それにしても、コロニーの周囲は雑草一本生えていない広大な緑の芝生に囲まれた裕福な住宅地であった。このプレイリーはまるで“都会の中の動物園” 、という強い印象を心に残した体験であった。
Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
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コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。
89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。
Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。
アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。
シカゴ市在住。