





7月11日夜7時、スポットライトシリーズ第2回目はもの語りと音楽で始まった。
観客は持って来た毛布や折りたたみの椅子を芝生に広げて三々五々座る。夕日が「リング」を背景にプレィリー(草原)へ沈んでゆく。刻々と周囲の色彩が変わってゆくのを感じながら、“SPEAKEASY SPEAKHARD MIDSUMMER EDITION” と名付けられたパフォーマンスを見物した。もの語りはいまいちだったが(英語の理解力のため)、音楽はバンジョーやノコギリ(!)をひきながらのフォークソングで楽しめた。哀調に満ちたバラード調のアイルランド民謡が多い。
出演者やスタッフの多くはラグディール基金によるアーティストインレジデンス卒業生で、創造的なアーティスト達である。スポットライトシリーズは戸外での催しなので、雨だと延期になるが、この日は幸い爽やかな夏の夕暮れ。子供からシニアまで年齢層は広く、アーティスト風から富裕層とタイプはさまざま、家族連れも多い。持って来たワインやサンドイッチ、果物をつまみながら皆なごやかに見物している。
1時間半のパフォーマンスが終わるとあたりはすっかり闇に包まれ、芝生には夜露がしっとりと落ちていた。
審査で選ばれたアーティストが、ひと夏4回のパフォーマンス
100年前に建築家ハワード・ショウ(Howard Van Doren Shaw) が自分の夏の家として建てたラグディールハウスの庭で即興劇や詩の朗読を上演し、家族や友人達とともに夏の夕べを楽しんだことは以前に述べた。当時の活気に満ちた独創的な催しを再現しようと、新しくエクゼクティブディレクターに就任したミューセン氏(以下敬称略)は「リングプロジェクト」と「スポットライトシリーズ」を立ち上げた。 毎年まず国際コンペを設け、専門家の審査によりアーティストを一人選ぶ。選ばれたアーティストはそのデザインに従って劇場のシェル(外核)をラグディールハウスの前庭に制作、設置するが、これは夏だけの仮設である。そして夏の間4回、シェルの中や周囲でパフォーマンスを催す、というアイディアである。 本年度、シェル(外核)のデザインはニューヨーク在住の新進建築家、ステファン・リーが選ばれ、6月に施工が完成してすぐ1回目のパフォーマンスが戸外のリングで催された。時の流れと自然が融和した幻想的な空間を体験
8月15日、スポットライトシリーズの第3回目は“SYNESTHESIA(シネスシシア)”と名づけられたパフォーマンスで、これは感覚的なものを同時に共有、共感する、というような意味らしい。バーバラ・クーパー(彫刻家)とペトラ・バックマイアー(ライト及びビデオアーティスト)が企画演出した。 陽がようやく落ち始めた午後7時過ぎ、女性がリング背後のプレィリーから単一トーンでハミングしつつ一人で舞台に登場。そして口を開く。詩のような言葉のかけらがさまざまなトーンで流れ、あたりは次第に薄暗くなってゆく。すると、数人がひとかかえもある大きな白い紙で折った「彫刻」を持って、極度にゆったりとした動きでプレーリィからやってくる。白い紙の彫刻はパフォーマーの身体の動きにつれて、蝶の羽のように閉じたり開いたり…、形が変化する。その操作があまりにもゆっくりとした動きなので、気づかないうちに形が変わってしまう。我々が呼吸をしているのを自覚しないような、そんな自然な動きだ。 やがて夕日が落ち闇が深まると、白い紙に投影される光が際立ってくる。それらの光は池や湖から岸辺に光がゆらゆらと反射しているような…、懐かしい感覚を呼び起こす。パーカッショニスト(音楽家)が出て来て風鈴や寺の鐘のような音の演奏が続き、やがてパフォーマー達は紙の彫刻を残して一人一人音も無く草原の向こうへ退場してゆく。 時の流れの感覚も加味され、自然と融和した美しいパフォーマンスであった。「アートが花開く土壌」を実感
9月にあと1回のパフォーマンスを残してリングプロジェクト及びスポットライトシリーズは終了する。ラグディールリングは1912年にショウが子供達や友達のために野外劇場として設置したが、このデザインは若かった建築家ショウがヨーロッパ遊学中にイタリーのシェナで見た野外劇場の写しであった(www.ragdale.org/1912)。 イタリー人たちはリングを中心に円形状に芝生に座り、ギリシャ悲劇や詩の朗読を楽しんだのだろうか。ラグディールにはショウ家代々にわたって芸術家が多く輩出し、いつも芸術的な精神がみなぎっていたが、ラグディール財団に引き継がれた現在も邸内すみずみが自由で創造的な精神で満たされているのを感じる。リングプロジェクトとスポットライトシリーズはアートやアーティストを長い時間をかけて育てる姿勢が見られ、アーティスト達だけでなく、一般の人々へもこれらの催しを通じてアートを共有する貴重な機会を与えている。 アートは、それを育てる土壌があって初めて花が開くのだということを、ラグディール財団は教えてくれる。
協力:Ragdale Foundation
以下も合わせてお読み下さい。
vol. 224 ラグディール(その1)広大な空間を、創作活動の場に
vol. 225 ラグディール(その2)建築家、ハワード ショウが築いた理想郷
vol. 226 ラグディール(その3)115年ぶりの大改修
vol. 228 ラグディール(その4)若きディレクターの新しい試み
Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。
89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。
Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。
アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。
シカゴ市在住。