






田舎に住む友人を訪れる。ゆったりとした時が流れてゆくのを肌で感じる。清涼な空気のなか、森や林や野原が風で波立つように揺れてゆく。ほっこりした土を踏んで新鮮な野菜を収穫するのは宝石を集めるより満足感がある(だろうと想像するだけだが。)
都会から田舎に移った友人は何人もいるが、動物や植物など生き物に囲まれ、彼ら自身でさえ自然の一部であると実感する、と口をそろえて言う。
東京のデパートでコオロギの鳴き声が聞こえてびっくりしたことがあったが、デパート側で季節感を演出した音響効果であった。都市に暮らしていると、桜や紅葉など自然の移り変わりをTVの画面を通して愛でたり、窓からビルの間にやっと見つけた十五夜の月を眺め季節感を味わうのに慣れてしまう。
田舎暮らし…、必ずしもいいことばかりでは
無機質な都市に疲れた人達が「カントリーリビングは素敵!」と憧れるのはわかる。しかし田舎に暮らすなごやかな情景ばかりに目を向けるのはちょっと待った方がよい。なぜ都市集中化が起きているか?なぜ多くの人々が都会へ出て行き戻ってこないのか?
では、都市のプラス面をあげてみよう。都会は仕事が得易く、自分の能力を活かせる仕事の選択が多い。若者にとってさまざまな娯楽が揃っているし、友達や異性と知り合う機会も多い。
巨大な全米規模のチェーン店が村や郊外に出店し、ママパパが運営する昔ながらの小売店は価格や品揃えの点で、成り立たなくなった。だから大都市以外では若者が働く機会は少なく、農業に就くよりは都会へ出て現金収入を得る現状だ。それを止めるのは難しい。若者が村へ戻る理由が少ないのだ。
そのためアメリカでは今、村の過疎化が深刻な問題になり、都市に住む人々を全米あちこちに分散させようと、行政関係者は対策を模索している。
農業振興のための移住者助成制度
政府が支援する助成制度には「ファーマーマック」及び、農務省管轄下にある「RHS」 (Rural Housing Service ルーラルハウジングサービス ) がある。
農業振興の援助が目的の団体で、ファーマーマックプログラムは、田舎に引っ越して農業を試みる人々を支援し、かなりの額の貸付枠が用意されている。あくまでも農村へ住みついて農場経営をしたい人が対象なので、購入予定の土地が最低限5エーカーとか、ある程度農産物が植えられるだけの広さの土地がなければならない。だから購入予定の土地を別荘に使ったり、アパートにしたり、分譲地造成などのビジネスに使う場合は該当しない。
アメリカ市民か同等の資格が必要で、海外からの投資は困難だろう。要するに、その土地に住みついて酪農や農業を行なう目的で引っ越してくる人を対象とし、農産物収穫予定の概算などの要項を第一次審査の申し込み書類に記入する。許可が下りた時点で、申込者は直接ファーマー マックからローン貸付けを受けるわけではなく、地元の金融機関を紹介され、さらに話をつめて具体化してゆく。
低所得者向けの支援制度も
農務省管轄下にある「RHS」 は、ファーマーマックと同じく農業援助をするのだが、その内容はかなり広範で柔軟である。農業に100%従事せず趣味的に畑を耕す程度でも充分に受け入れられる様子だし、家や土地の購入ローンのほか、購入する家屋の修理や建て直したい場合の助成金制度もある。
都市に住んではいるが、固定資産税が上がり、決まった額の年金では上昇する税金が払えず暮らしてゆけなくなるシニアや、都会で経済的に暮らせない低所得層への援助が多いようで、申込者(家族)が低収入の場合には頭金なしで貸付が受けられる場合もある。
第一次審査に通ったら、ファーマーマックの場合と同様に、RHSから金融機関(ローン貸付け会社)を紹介され、そこでさらに話を進めていくことになる。
ファーマーマックもRHSも直接貸付をするわけではなく、あくまで紹介をする窓口と言えよう。
中小都市の2時間圏にあることがポイント
都市から田舎へと移って行く場合、年齢層も収入層も理由もさまざま。自然に抱かれてのんびりと過ごしたいリタイアした夫婦、子供達が木登りしたり走り回れる環境を求める若い家族、広い仕事場を作りたいアーティスト、自分で畑を耕し有機栽培の農業を試みるのも菜食主義者の増加と共に流行中。
特に、都市から田舎に移り、大きなウェアハウスやオフィスを建設し、ビジネスを拡大している若い人々の増加をながめると、インターネットがくまなく網羅し、どこに住んでもある種のビジネスが可能であるという時代の変化を見る。
そこで問題となるのは、田舎に住んだ場合に中小都市が2時間程度の距離にある立地かどうかだ。シニアをターゲットとしたアシステッドリビングが中小都市近郊に増え始めているが(このトレンドについては別の機会に述べる)、中小都市の存在と充実は、村の過疎化を防ぐ鍵になろうと筆者は感じている。
暮らしやすいカントリーリビングは、それなりの受け皿があってこそ成り立ってゆくと思う。
参考資料
www.farmermac.com
www.rd.usda.gov/about-rd/agencies/rural-housing-service
eligibility.sc.egov.usda.gov/eligibility/welcomeAction.do
www.rd.usda.gov/files/SFHGLDApprovedLenders.pdf
Chicago Tribune newspaper 8-30-2015
Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。
89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。
Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。
アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。
シカゴ市在住。