






20億年も昔の地層を眼下に観察できるのはグランドキャニオン国立公園。絶壁から谷底へと目を凝らすと、コロラド川がキラキラ強い日差しを反射して、細い糸が光るよう。
遠い昔、アメリカ大陸がゆったりと移動しつつ、屋台骨のロッキー山脈がうねって隆起し、重なり、層がずれ込んで陥落。何万年もの時をかけて現在眺められる地層が形成された。そのプロセスを想像してみると、途方もなく雄大で凄まじい。
バスツアーでは、その魅力は味わえない!
友人の写真家が岩に腰をかけてのんびりとグランドキャニオンに沈む夕日を眺めていた所、どやどやっと団体客がやってきて記念写真を撮り、10分もしないうちに「集合!」の声がかかり、あっという間にバスで次の観光地をめざして去って行ったそうだ。
グランドキャニオンは少なくとも4~5日間キャンプをしたり、渓谷を下降してコロラド川で数日かけて川下りを楽しんだり、ガイドが引くロバに乗って峡谷を降りたり…しないと、その魅力は味わえない。
ウエストリム、イーストリムなど、渓谷へ至る幾つかのトレイルがあり、景色も地形もそれぞれ劇的に違うのだ。
さっと観光バスで乗りつけ写真をとって「行ってきました。」というには、自然はあまりにも雄大で深淵、厳粛でさえある。
1ヵ月かけて山脈を縦走した友人
テネシー州とノースカロライナ州にまたがるグレート・スモーキィ・マウンテンズは南部特有の湿気と霧で山々がいつも霞んでいる(だから「スモーキー」と名付けられたのだが)。
山並みは紫がかった薄墨色の濃淡で幾重にも重なり合い、稜線の曲線は優雅で柔らかい。霧が流れて瞬時に光が差し込む美しさは息を呑むほど。
今年の春に女友達がグレート・スモーキィ・マウンテンズを1ヵ月かけて縦走するという大冒険を試みた。キャンプ用品を装備し、縦走中何箇所かで家族から食料を補給してもらう以外は、たった一人でトレイルを歩き続けた快挙。
難しさ増す、野生動物の保護と人間生活のバランス
イエローストーン国立公園は一時期、狩猟によって絶滅状態にあった狼を増やす努力が実り、群れが復活したが、周辺の農場では家畜が狼に襲われ、国立公園側と対立している。
身近な例でも、鹿がチューリップやトマトを食べてしまうと多くの友人達から話を聞くが、人が増え、住居が郊外へと建てられ続け、高速道路も次々と建設されれば、これまで動物の住処だった森林や草原が失われてゆくのだから、当然起こり得る。
国立公園は動物を含めて自然景観や歴史的遺跡を保護し、一般の人々に公開する目的で組織されているが、自然を共有するバランスは日毎に難しくなってきている。
今年は「国立公園法」制定100年
先日訪れたメサ・ベルデ(vol.305 「断崖集落のコミュニティ:メサ・ベルデ」参照)で、フォレストレンジャー達全員は記念バッジをつけていたが、今年はアメリカ国立公園が制定されて100年目を迎える。セオドア・ルーズベルト大統領が自然保護と同時に国民も自然を共有して欲しいとの趣旨で「国立公園実施法」を1916年に制定し、国立公園局が内務省に設置された(en.wikipedia.org/wiki/File:NationalParks.forwiki.pdf)。
しかし、それまでの道のりは決して平坦ではなかった。新しい西部開拓地はたくさんの入植者達がゴールドラッシュや土地の分取り合戦で加熱状態。イエローストーンやヨセミテなどの自然保護の必要を感じた内務省のハイデン博士が、これら地域の国有化を働きかけ、1872年にグラント大統領がイエローストーン国立公園法に署名して最初のアメリカ合衆国国立公園(American National Parks)が成立した。
しかしイエローストーン国立公園もヨセミテも管理が充分でなく、放置同然であった。44年後、ついにセオドア・ルーズベルト大統領が「国立公園実施法」を法律化。現在59ある国立公園のうち14は世界遺産 (UNESCO World Heritage Sites) に登録され、世界中から人々がやってきて大自然を楽しんでいる。
20億年の歴史と広大な面積の中に身を置いてみる
アメリカの国立公園は大きい。驚くほどの広さだ。イエローストーン国立公園(8,983平方キロメート)の中に日本の南アルプス国立公園(358平方キロメートル)が25個も入ってしまう。
カリフォルニア州とネバダ州にまたがるデスバレー国立公園(13,647平方キロメートル)に至っては、尾瀬国立公園(372平方キロメートル)を36個も公園内に収めてしまう。
もちろん、大きければ良いというわけでは決してない。アメリカの国立公園は泊まってたっぷり時間をかけて体験できるタテ軸とヨコ軸、つまり歴史と広さの両面をたっぷりと兼ね備えている。毎日せかせかと生活していると、しばしば「スローダウンしなさい。」と友人達に注意されるが、グランドキャニオンで20億年前の地層を前にすると、さすがに姑息な動きは止まる。
スローダウンした流れのなかに自分を置いてみないと、大自然は知覚できない。
Akemi Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。
89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。
Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。
アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。
シカゴ市在住。