海外トピックス

2025/4/1

vol.427 「シルク王」ジム・トンプソンの家【タイ】

住宅地の奥にある、「ジム・トンプソンの家」博物館入口

 首都バンコク中心部を走るラーマ1世大通りを脇の小路に入ると、木々に囲まれた「ジム・トンプソンの家」が見えてくる。

運河沿いにあるバンコクの民家

 この家は、敷地奥の運河が玄関だった。「水の都」とよばれるバンコクは19世紀後半まで道路も橋もなく、網の目のような運河を船で移動した。トンプソンは織物職人の集落に近い、運河に面した場所を選んで家を建てた。

古民家につまった生活の知恵

かつてジム・トンプソンが暮らしていた家

 敷地内に移築された6棟の古民家のうち、一番古いものは1800年代にさかのぼる。「バンコクでもっとも保存状態がよい伝統家屋」といわれている。

 タイには暑季、雨季、涼季がある。40℃近くなる暑さをやり過ごせるよう、住居は直射日光をさえぎる造りになっている。日本では好まれる南向きも、南国では暑すぎて敬遠される。履き物を脱いで床に上がると、光沢のあるチーク材の床は足裏にひんやりと涼しい。

高床式住居の下に置かれた織機

 雨季の水害に備えて、昔の家は高床式だった。川が増水して周りが池のようになっても二階の家財は安全だ。地上部分の空間は、雨季以外は農作業や織物をする作業場になる。

 トンプソンはタイの建築様式を忠実に復元し、古民家の特徴を生かしながら、日常生活に不便のないよう電気を引き、窓ガラスをつけ、現代的なアレンジを加えてここで暮らした。

タイでもっとも有名なアメリカ人

 ジェームズ・ハリソン・ウィルソン・トンプソン、後のジム・トンプソンは1906年にアメリカ、デラウェア州に生まれた。名門プリンストン大学を卒業後、ペンシルベニア大学で建築を専攻したが中退。1930年代にはニューヨークの建築事務所で働いた。

 1941年に軍に入隊後、彼の人生は大きく変わる。上官の勧めで戦略情報局(OSS)、後のアメリカ中央情報局(CIA)に転属し、北アフリカやヨーロッパ、セイロン(現在のスリランカ)で諜報活動に当たった。1945年にはバンコク支局長になるが、第二次世界大戦の終結で帰国命令を受けたのを機に、OSSを辞めてタイに定住した。

タイ・シルクを世界に紹介

ジム・トンプソン本店

 事業家になったトンプソンは、1950年にタイ・シルク会社を起こして絹織物を扱い始める。絹織物は村落で細々と織られてはいたが、ほとんど忘れられた存在だった。

鮮やかな色と強い光沢が魅力のタイの絹糸

 彼は絹の光沢の美しさを生かす、発色のよい染料を研究した。ファッション雑誌『ヴォーグ』に売り込んだほか、ミュージカル『王様と私』に衣装を提供するなどして、タイ・シルクを世界に知らしめた。その貢献により1962年には白象勲章を授与されている。

 トンプソンは1967年に謎の失踪を遂げる。休暇で旅行したマレーシア北部のキャメロン高原で、行方がわからなくなった。情報部員としての前歴からトラブルに巻き込まれたのか、身代金目当ての誘拐か、今も手がかりは見つかっていない。

 失踪から7年後、トンプソンの相続人になった甥がタイ政府に寄贈した遺産をもとに「ジム・トンプソン財団」が設立された。生前住んでいた家は王室の支援する国立博物館になっている。

国宝級の美術コレクション

邸内に置かれた、ジム・トンプソンが選んだ美術品

 トンプソンは、東南アジアの古美術品を熱心に収集した。通称「泥棒市場」や古都アユタヤに行っては、気に入ったものを根気よくそろえていった。コレクションのうち、19世紀初めのジャータカ(仏教説話)絵画や、ビルマの彫刻、6世紀ごろのタイのドヴァーラヴァティ仏の像は逸品として知られ、国宝級ともいわれている。

 彼は美を見出す優れた目をもっていた。1958年に訪れた作家サマセット・モームは「美しいものを集めただけでなく、完璧なセンスで配置されている」と称賛している。

タイの文化を紹介する博物館に

館内はガイドが5か国語の説明つきで案内する

 「ジム・トンプソンの家」は館内ツアーで見学できる。ガイドは英語や日本語で建物の構造や建材・建築様式、収蔵の美術品について説明してくれるので、美術や建築に関心があるひとにはまたとない機会だ。

伝統衣装を身につけて糸取り実演をする女性

 敷地内では蚕を育てる様子や、繭から絹糸を巻き取る作業の実演が見られる。バンコクの喧噪から逃れて一服の涼を得る、別世界のような場所だ。

Jim Thompson House & Museum
6 Soi Kasemsan 2, Rama 1 Road
https://jimthompsonhouse.org/ (英語)

森純(もり・じゅん)
文筆業。出版社・広告代理店などで書籍・雑誌の編集を担当、現在はフリーランス。衣食住など人の暮らしぶりに関心があり、日本と東南アジアを往還しながら複数拠点生活中。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

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