京浜急行電鉄「湘南佐島の丘」をみる
1990年代まで、日本のまちづくりをリードしてきたのは、まぎれもなく「大規模団地」だ。だが、投下資金の回収に数十年を要する大規模団地は、バブル崩壊とともに激減した。こうした大規模団地を最も得意としてきたのが「電鉄会社」だが、その電鉄会社でさえ、新規の大規模団地を手がけることは稀になった。そうしたなか、その規模、内容とも必見に値する「電鉄会社の大規模団地」が販売を開始した。京浜急行電鉄(株)の「京急ニューシティ湘南佐島なぎさの丘」(神奈川県横須賀市)がそれ。さっそく見学してきた。







三浦半島の隠れた名所「佐島」
同団地は、京浜急行逗子線「新逗子」駅からバス29分、バス停徒歩2分に立地する、総開発面積約41ha、計画戸数667戸(うち一戸建て626戸)という大規模ニュータウンだ。開発地は、もともと京浜急行が鉄道用地として1961年に取得していたもので、造成を開始した2001年から数えても、取得から開発まで実に40年という超ロングスパンのプロジェクトである。
読者の皆さんは「佐島」という場所をご存知だろうか?「佐島」は、三浦半島の西海岸に位置。自然の入江に面し、小さな漁港とマリーナのあるこぢんまりとした町だ。古くからの静養地である「逗子」や、御用邸で有名な「葉山」とそう離れてはいないものの、知名度は全くといっていいほど低い(ちなみに、京浜急行では、このプロジェクトスタートにあたり、鉄道・バス関連社員も含めた全社員に『佐島を知っているか』を聞いたという。その結果、5割の社員が知らなかったという結果が出たとか)。
だが、その知名度の低さゆえ、観光地にありがちな騒々しさとは無縁であり、芸能人や企業家達が居を構えてきた、隠れた名所でもある。最近では、テレビの鑑定番組で有名な、「ブリキのおもちゃ博物館」館長・北原照久氏の自宅(もともとは某宮様の邸宅)があることで、多少知られるようになった。
「佐島の丘」現地は、その佐島漁港と相模湾を臨む南傾斜の高台で、標高は20~60mとその眺め、開放感ある街並みは最大のウリ。最も標高が高い場所は、マンション建設予定地だから、そのマンションの高層階からの眺めは、素晴らしいものになるだろう。さらに、ニュータウンの入り口から漁港やマリーナのある海辺までは、5分とかからない。マリンスポーツや海好きにはもってこいだ。
都心へのアクセスも、改善される。同社は、今回の開発にあたり、新たに団地発逗子駅行き直通急行バスを3月から運行。駅までの大幅に時間を短縮する。なにしろ電鉄会社だ。バスを走らせることなど、お手のものである。さらに、団地から横浜横須賀道路へのショートカットとなるトンネル・道路を設置することで、マイカー利用者の利便性も向上させるなど、都市生活者のニーズにマッチさせたまちづくりを志向している。さすがに東京都心へは1時間以上かかるが、横浜・川崎通勤者であれば、ドアツードアで1時間の通勤も可能だ。
今後、住宅の開発に加え、京急ストアの設置、クリニックやシニア向け施設などを誘致していくが、外部からの来場を目的とした商業施設については、一切誘致はしない。
セキュリティ、環境、景観への配慮重視
ランドプランは、佐島港線から横須賀方面への新設トンネルへと抜けるメインストリートに、街区内を楕円状に巡る道路とが「ハイゲート」と呼ばれる街区の中心部で交差する形。つまり、佐島の丘のどの住宅に行くにも、この「ハイゲート」を絶対に通らなくては行けないことになる。「ハイゲート」とはあるものの、公道であるためゲートは設けられない。そのため、このハイゲートに警備会社の常駐拠点を設置。タウン内を常に巡回するほか、緊急時は急行するという「タウンセキュリティ」の考えが導入されている。
街区設計では、「自分の家の庭や道路は、お隣さんにとってのリビングの借景である」という「ソーシャルリビング」の考え方から、道路に大きく開かれたガーデンやリビングポーチやオープンポーチ、テラス、デッキなどによる、シーサイドリゾート感ある生活景を演出。擁壁を排除し斜面緑化を図ることで、環境・景観に配慮している。
「海を臨む」団地ではあるが、実際に住宅から海が見える戸建住宅地は2割強に過ぎない。そこで、団地内に4ヵ所に設けられている公園のうち、海を臨む公園を「大人の公園」として、遊具などを極力廃し、大人がゆったりと海を見ながらくつろげる場所とした。また、隣接する農地を借り上げ、団地ユーザー向けに「クラインガルデン」として提供する計画も予定されている。これらは、土に親しみたいファミリー層やこれから増えるであろう「団塊世代」を睨んだ戦略といえよう。ビオトープを作り蛍を放つ計画もあるそうだ。
また、この「佐島の丘」は、全戸がオール電化となる、わが国最大級のオール電化の街で、ほとんどの電柱も地中化されるなど、環境・景観・防犯にとことん配慮された街となっている。開発にあたっては、近隣住民や購入希望者などから幅広く街づくりについての意見を問う「ワークショップ」を3回も開催。建物プランやランドプランに反映させている。
ハウスメーカー5社が競演する個性的な住戸
現在、分譲が行なわれているのは、造成済み区画113区画のうち、団地のコアを形成する街並みの整備を目的とした「モデル街区」にあたる、17区画。ハウスメーカー5社(積水ハウス(株)、大和ハウス工業(株)、パナホーム(株)、トヨタホーム(株)、京急不動産(株))が建物売主となる、建築条件付土地販売で販売される。地区計画により、最低土地面積は175平方メートルからに設定。そのほか、外構やカラーリングにも細かい決まりを定めており、都心では味わえない、ゆったりとした街並みの形成をめざしている。
今回はモデル街区ということもあり、各ハウスメーカーは個性的なプランを提案している。たとえば、マリンスポーツ好きのユーザーのため、サーフボードの手入れや保管ができる5.4畳大のタイル張りDENを設置したプランや、友人を招いたパーティやシアタールームとして使える「フォーマルリビング」を設けたプラン、9.5畳にもなるフリースペース「ストリートハウス」を設けたプラン、海が見える立地を生かしたスカイデッキ付き、吹き抜けのあるワークショップ、プライベートガーデン付きなど…。ゆとり、リゾートライフ、セカンドライフ、コミュニケーションなどを前面に出したさまざまなプランが提案されている。
カラーリングについては「佐島には海と緑という自然の色が溢れている」(京浜急行電鉄地域開発本部住宅企画担当・松本正貴課長補佐)ことから、白やベージュを中心とした淡い色調でまとめられている。土地価格の圧迫を受けないことからか、建物に十分なコストがかかっているのも特長だ。たとえば、積水ハウスは、同社最高級の外壁である「ダインコンクリート」を使っているし、パナホームも戸当り100万円以上のコストがかかる、光触媒の原理で汚れがつきにくい「キラテックタイル」を張り込んでいる。外構がシンプルなだけに、良い建物がさらに引き立っている。
販売価格は、4,200万円台から6,200万円台。10年ほど前から分譲が開始されたすぐ近くの大規模分譲地「湘南国際村」では、平均8,000万円台、1億円住戸もあったことを考えれば、かなりの割安感がある。
地元住民も期待する「街づくり」の波及効果
あえていま、大規模分譲地を世に問うプロジェクトの「佐島」は、関係者の期待通りの反響を集めている。友の会会員は、優に1,000組を突破。街開きが行なわれた1月20日には、現地案内所の駐車場30台がいっぱいとなり、駐車待ちの長い行列までできたという。
すでに来場者は1,000組を突破。地元横須賀や逗子・葉山、横浜に加え、都心エリアや千葉・埼玉など広範囲からの反響を得ている。ユーザー層も、ファミリーから団塊層、「佐島マリーナ」の会員まで幅広いそうで、「海外赴任者からの反響もあった」(松本氏)というあたり「環境が売り」の面目躍如だろう。
前出・松本氏は言う。「このプロジェクトがいよいよスタートすると決まったとき、一番応援してくれたのが、地元の人達でした。“この佐島を全国区の人気のある街にしてくれ”と。こうした声が何より心強かったです」。このプロジェクトが、どこにでもある少・中規模の不動産開発であったら、周辺住民からこんな声が上がることはないだろう。下手をすれば、反対運動さえ起きかねない。地元住民の期待、これこそが「1つの街が地域を変える」という、大規模開発の持つポテンシャルなわけだ。
京浜急行は、今回販売を開始した「佐島」以外にも、さらに先の「油壺」などに、50ha以上の事業用地を持っている。油壺には京急久里浜線の延伸計画が再浮上しており、早ければ数年後には事業化が決定される可能性もあるという。これまで、「富岡」「能見台」といった首都圏を代表する大規模団地を手がけてきた同社。収益性重視の短期回転型事業が横行する不動産業界へのアンチテーゼとなる、これぞ「まちづくり」と感心させられるようなプロジェクトを送り出し続けてほしい。(J)