アイディア満載、UR都市機構の実証試験
戦後の高度経済成長期以降、日本人の生活を支え続けてきた「団地」。その団地がいま、転換期に来ている。 1970~80年代初頭までに大量供給された団地は、いずれも老朽化が進み、設備や間取りが時代にマッチしなくなってきたことから、急速に人気をなくしている。だが、これらを闇雲に取り壊し、建て替えるというのは、ストック活用が叫ばれる今の時代、許されることではない。 そこで、これら団地を時代にマッチした住宅として再生しようという試みがはじまった。(独)都市再生機構(UR都市機構)の「ルネッサンス計画1」だ。同計画の第1弾となった「ひばりが丘団地」(東京都東久留米市)の実証試験を、2回に分けて紹介したい。









76万戸のストック再生へ
UR都市機構はこれまで、約76万戸のマンションを供給してきた。そのうち、1965~1980年にかけ「団地」として大量に供給された住戸がほぼ6割を占めている。これらの団地は、概ね築30~40年が経過。躯体の老朽化は心配するほどでもないものの、設備仕様や間取りは陳腐化し、かつエレベーターも未設置であるなど、バリアフリー設備がほとんど整っていない。これらストックを有効に活用するには、多様化するユーザーニーズに対応した間取り・内装・設備への更新のほか、バリアフリーや景観・環境問題へも対応する必要がある。
しかし、団地の住棟単位での再生は、従来型の修繕やリニューアル工事では難しい。そこで、UR都市技術研究所が中心となり、民間からの技術提案やアイディア公募も参考にしながら、技術ノウハウの蓄積を図ろうというのが、2008年度からスタートした「ルネッサンス(再生)計画1」だ。
実験の舞台となった「ひばりが丘団地」は、1960年から開発が始まった総戸数2,714戸のマンモス団地。初期に建設された建物は、築50年になろうとしている。実証試験では、解体予定の建物3棟・80戸(いずれも4階建て、1960年築)を使用。住戸はすべて2DK、専有面積35平方メートルである。今回はまず、建物改修技術とハイテク住宅設備を紹介したい。
最大の弱点、エレベーターを設置する
初期の団地型建物が抱える最大の弱点、それは「エレベーターがない」ことだ。エレベーターは、法律上は5階建て以下の建物への設置義務はないが、バリアフリー、ユニバーサルデザインが定着したこのご時世に、高齢者を5階まで歩かせる住宅が生き残れるはずもない。
だが、エレベーターの後付けには、「団地」特有の建物構造が足かせとなる。この時代の団地は「階段室型」と呼ばれる構造のものが多い。1つの階段に2戸の玄関が向き合うこの構造は、エレベータを設置する場所が確保できない。
これを解消するため、実証試験では外廊下と外階段を新設し、既存建物にアンカーで結節。従来の階段室の1つに、エレベーターを設置した。また、エレベーターを設置しない階段室は、玄関前の床をそのまま外階段までつなげてアルコーブとし、使い勝手を向上させている。
梁を縮小して開放感を増す
現代の分譲マンションは、2,400~2,600ミリ程度の天井高がある。しかし、実証試験に用いた団地は、天井高はわずか2,300ミリしかなかった。また、建築技術が未熟だったこともあり、梁が多い。しかも、その梁が、低い天井から500ミリも下がっており、梁下の高さはわずか1,800ミリだ。ちょっと背の高い人であれば、気をつけないと身体をぶつけてしまう。身長165センチの記者ですら、梁下をくぐる時は、自然と頭を下げていた。
実証試験では、この梁を縮小し快適性を高める工法が検証された。既存の梁を鉄筋を除いて取り壊し、既存鉄筋に補強筋を加えた上で、スラブを作り直す。これにより、スラブの厚さは180ミリから275ミリと拡大するものの、その高さは240ミリと半減。梁下の高さも2,000ミリ以上となる。この工法は、一住戸あたり50万円で済むそうで、実用的である。
また、スラブそのものを打ち直す工法も検証した。なにしろスラブ厚はわずか110ミリであり、遮音性・断熱性とも現代水準にはほど遠い。そこで一部住戸では、床スラブを丸ごと撤去。180ミリの1枚スラブを打設した。強度を確保することで壁梁を作らずに済むため、天井高こそ変わらないものの、開放感が出る。
このほか、既存スラブに鉄鋼補強を施した上でスラブを打ち増しした、150ミリ厚のスラブも検証している。
記者は、梁の縮小を施工している途中の住戸を見学させてもらった。天井高が低くても、気にならない高さまで梁が上がっていた。その技術のすごさはよく分からなかったが、驚いたのは築50年を経た建物の鉄筋(切断面)が、腐食のかけらもなくピカピカ輝いていたこと。50年の建物でさえこれである。スクラップ&ビルドという行為を考えさせられた。
建物イメージを一新する「減築」
実証試験に用いられた住棟は、どれも外観が大きく刷新されているが、なかでも雰囲気がガラリと変わっているのが、1枚目の写真で最も手前に写っている棟だ。この棟で試みられているのが「減築」である。
――少子高齢社会で求められるのは、住戸の数や広さではなく、「適度な空間」や「使いやすさ」である――この「ヒューマンスケール」という考えを実現すべく、この棟では最上階の4戸を取り壊し、広大なルーフバルコニーとして提案している。
だが、減築といってもただ「取り払うだけ」というわけにはいかない。構造体である柱や梁を途中で寸断することに加え、従来の床スラブが「屋根」になることから、「雨仕舞」の施工も必要になるからだ。
実証試験では、躯体切断部分の補強・補修に加え、スラブの上部に水勾配をつけた断熱材を敷設したうえで防水加工を実施している。なお、建物の取り壊しにあたっては、ウォールソー(壁に沿ってコンクリートや鉄筋を切断していく、電動のこぎり)や道路カッターなど比較的コンパクトな機器が使われており、この施工技術は高層マンションの耐震補強などにも応用できるのだそうだ。
太陽光で湯を沸かす
各住戸の設備機器については、それほど目新しいものはなかったが、1つだけびっくりした設備があった。それが「集合住宅用太陽熱利用給湯システム」だ。
簡単に説明すると、戸建住宅の上に乗ったソーラー給湯システムを集合住宅用にアレンジしたもの、つまり太陽光の熱で水を温め、その水を給湯やお風呂に使うというものだ。もちろん、最近の分譲マンションでも、建物の屋上に巨大な温水パネルを載せ、全世帯で使用するといった物件もあるが、実証試験で導入されたのは、一戸一戸が独立したシステム。
バルコニーの手すり部分に、太陽光を集める集光パネルが設置されている。パネルの中には給湯機から水が送り込まれ、その水が太陽熱により温められて、太陽光で駆動するポンプにより、給湯機へと戻される。真夏であれば、水は優に30度近くまで温められるので、ほとんど給湯機を動かさずに済むというわけだ。
このシステムを開発したのは、東京ガス(株)。2010年秋の商品化をめざす試作品であり、潜熱回収型給湯暖房機(エコジョーズ)の効率を高めるための提案の1つだが、既存建物に簡単に導入できる点は、大きな可能性があると感じた。(J)
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