賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.10
賃貸住宅経営者である、オーナーの取り組みを紹介する第10弾。今回は東京都狛江市で5棟の物件を所有・運用している井原裕史さんの取り組みを紹介する。
東京都狛江市。「狛江」駅から新宿まで小田急線で25分。下北沢を経由すると、渋谷・吉祥寺にも短時間でアクセスでき、また多摩川を介して神奈川県川崎市にも隣接と、通勤通学問わず、住宅地として非常に人気の高いエリアである。
この「狛江」駅から徒歩約5~9分の地で、オーナー業を営んでいるのが井原さんだ。
井原さんが所有している物件、実はいずれもかなり古い(失礼!)。一番古いA物件はなんと築37年(木造在来工法)! 次に古いBは築29年(軽量鉄骨造)、一番新しいC物件(3棟)でも築17年(軽量鉄骨造)だ。
駅徒歩圏とはいえ駅前ではない。さらに築年数がかなり経過している。当然空室発生に苦しまれていることだろうと想像していたのだが、全室満室稼動というから驚きだ。
入居中にできる耐震補強工事を実施
井原さんは、いわゆるサラリーマン大家。父親が建設・所有していた物件を引き継ぐ形で大家業に着手し、現在、企業に勤務しながら、賃貸事業にもいそしんでいる。
「父親のときは、まさに大家・店子の時代ですよね。『貸してやっている』が成り立った時代です。でも、今の時代それは無理。物件の大量供給と人口減による需給関係のバランスが崩れ、いまや賃貸経営は『構造不況業種』の一つ。ゆえに、お客さまである入居者・入居希望者に対し、さまざまな営業策をとらないと、経営がなりたたない」(井原さん)。
そうした考えのもと、さまざまな工夫をこらし、そしてさまざまな策を実施している。
まず行なったのが「耐震補強の実施」だ。先般の東日本大震災で、誰しも地震への恐怖心を強めたが、「その何年も前から、特に一番古いA物件の耐震性能不足が気になってしかたがなかった」という井原さん。そこで2010年に耐震診断の実施、耐震補強工事に踏み切った。
「賃貸物件ゆえに入居者がある中での補強工事が必須となります。それをできる会社を探すのに苦労した」そうだが、無事、賃貸住宅の補強工事を請け負う会社を探し当て工事を依頼、耐震補強工事を実施した。
「賃貸住宅のオーナーにとって耐震補強は大きな課題です。工事完了後に見学会を実施したら、近所の賃貸物件オーナーほか、多くの見学者がありましたから、関心の高さがうかがえます」(井原さん)。
そして、築年数の経過した物件では避けて通れない、借主ニーズに対応したリフォーム・リノベーションにも積極的に取り組んでいる。ただ、築年数が経過した物件ゆえに、その物件の寿命もにらんで、投資効率を検討するする必要がある。そのため、浴室、キッチン、トイレなど水周りを中心としたリフォームを実施。その他細かい部分についても、物件の築年数、間取り、ターゲットなどから都度考え、導入・実施している。
今回見学できたのは、全16戸のB物件(築29年)。空室はたった一つ、しかも契約済みの部屋だ。シューズボックスの設置、フルオートバス・温水洗浄便座の導入、混合水栓、畳からフローリングへの張り替え、バリアフリー化と間仕切り壁の導入など、ニーズに対応したリノベーションがなされていて、室内は築浅の物件と遜色ない仕上がりであった。
物件斡旋は、「e-mail+FAX+電話+訪問」してお願い
工夫をしているのは、ハードの面だけではない。仲介希望者・入居希望者への対応にもさまざまな工夫を凝らしている。
賃貸住宅は、入居者がなければただの空き箱だ。そこで井原さんは、築年数のハンデを抱える自分の物件を、いかに仲介会社に“紹介してもらう”か、入居希望者に“入居したいと思わせる”か、ここに知恵を絞って工夫をこらしている。
まず空室発生時。仲介会社向けに物件の情報を記載した書類を井原さん自らが作成する。そこには基本的な物件概要のほか、物件の特徴やPRしてもらいたいポイントなどを目立つように記載している。
そして仲介会社に電話し、この自作の概要書をe-mailとFAXで送信する。さらに店舗に出向き、口頭でも重ねてお願いするのである。
「その時、電話で対応してくれた方や担当者と、色々な話をするようにしています。たとえばこの仕事に就いて何年か、前職はどんな仕事だったのか、などです。そしてそれは忘れないようにメモしておく。以降連絡したときにも、それに絡んだ話題もお話すると『覚えていてくださったのですか』と喜ばれる。そうすると、私のことも、そして私の物件も、記憶が呼び戻されるはずだからです」(井原さん)。
こうした努力の甲斐もあって、空室が発生しても、「内見にはかなり多くの入居希望者をお連れいただいている」(井原さん)と言う。
「ただ、内見すれば築年数が経っていることも分かってしまう。内見から契約に至る率が、新築のものと比較すると、かなり下がってしまうのです」(井原さん)。そこで、歩留まりを上げるために、次なる手を打つ。
それが、手書きポップによるアピールだ。「広~いクローゼットスペース」「雨戸付きです」「2つの洋室を区切っても、ひと続きでも使えます」など、その物件のアピールポイントに、手書きのポップを貼付。そのポップが、井原さん、仲介会社に代わり、物件のよさを伝えているのである。自分のアピールしたいポイントを、営業担当者が必ず伝えてくれるわけではない。それを前もって見越して、このような工夫をしているのである。
さらに内見が終了すると、営業担当者に見学者の様子を教えてもらうという。「美辞麗句はいらない。どこが気に入らなくてほかの物件にしたのか、どこの反応が悪かったかなど、ほかの物件のどこが良くてそちらに決めたのか等、必ず聞くようにしています。それらの情報は、今後私がとるべき策につなげることができるからです」(井原さん)。
寿命がきたらどのような土地活用をすべきか…
そんな井原さんの現在の課題は、遠くない将来来る賃貸物件としての寿命と、建て替えを含めた将来ビジョンの設定だという。
「賃貸経営がますます厳しくなる将来、ありきたりの商品を建てても絶対成功しないと思っている。単体で建替えるべきなのか、それはどのようなものにするのか、自宅敷地も含めて開発すべきなのか、それにはどういったものにすべきなのか…。ビジョンが描けなくて悩んでいる」と。
この悩みは、全国のオーナーの共通する悩みであろう。不動産会社としては、今後このような悩みを抱える人たちに向けて、多種多様な提案・コンサルティングが必要なのはまちがいない。自社商品・サービスをPRするだけでなく、もっと包括的な提案ができる組織の必要があるのかもしれない。(NO)
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【シリーズ記事】
・賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.9 愛媛県松山市「セントラルハイム壱番館」の場合(2009/6/30)
・賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.8 オーナーとして心がけていることとは…(2009/6/8)
・賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.7 「アリコート目黒」の場合…(2006/1/18)
・賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.6 「ハウス」シリーズの場合…(2005/3/25)