記者の目

2015/12/4

魅力ある“共用部”で単身入居者の心をつかめ

賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.16

 賃貸住宅市場の激化が進む中、単身者向け賃貸物件の苦戦をしばしば耳にする。単身者向け物件を多数所有する(株)南荘石井事務所代表取締役の石井秀和氏は、今の市況に危機感を覚え、先進的な数々の取り組みを進めている。氏が進める単身者向け物件への取り組みとは…。

南荘石井事務所がある「セシーズイシイ5」(鉄筋コンクリート7階建て、住戸12戸、店舗5戸)。1DK(29平方メートル)、2DK(48平方メートル)など比較的ゆとりを持たせた部屋が多いが、やはり入居者獲得には年々苦戦するようになっているという
南荘石井事務所がある「セシーズイシイ5」(鉄筋コンクリート7階建て、住戸12戸、店舗5戸)。1DK(29平方メートル)、2DK(48平方メートル)など比較的ゆとりを持たせた部屋が多いが、やはり入居者獲得には年々苦戦するようになっているという
カスタマイズ賃貸の実例。壁紙、床材はもちろん、家具の造作ニーズにも対応する(写真は南荘石井事務所HPより)
カスタマイズ賃貸の実例。壁紙、床材はもちろん、家具の造作ニーズにも対応する(写真は南荘石井事務所HPより)
「セシーズイシイ5」内の空室をリノベーションして作成したコンセプトルーム。賃貸に当たっては、入居者の希望に添った仕立てを支援する
「セシーズイシイ5」内の空室をリノベーションして作成したコンセプトルーム。賃貸に当たっては、入居者の希望に添った仕立てを支援する
キッチンは、アイランド兼カウンターのような形に造作。壁は、作業に参加した大家仲間と共に、英字雑誌の切り抜きなどを貼り付けて仕上げたそう
キッチンは、アイランド兼カウンターのような形に造作。壁は、作業に参加した大家仲間と共に、英字雑誌の切り抜きなどを貼り付けて仕上げたそう
大規模改修が進む「セシーズイシイ7」。合わせて、ポケットパーク、カフェ開設に向けての工事も進行中だ
大規模改修が進む「セシーズイシイ7」。合わせて、ポケットパーク、カフェ開設に向けての工事も進行中だ
「セシーズイシイ7」は、ほとんどが1K・19平方メートルタイプの部屋。3点ユニット、ミニキッチンなど、「この仕様の競争力は高くないことは承知している。しかし、コスト、面積の問題があり、専有部に手を入れるのは正直難しい」と石井氏は語る
「セシーズイシイ7」は、ほとんどが1K・19平方メートルタイプの部屋。3点ユニット、ミニキッチンなど、「この仕様の競争力は高くないことは承知している。しかし、コスト、面積の問題があり、専有部に手を入れるのは正直難しい」と石井氏は語る
ポケットパークの完成予想イラスト。この庭を囲むようにカフェが配置される。またカフェの向こう側に、パン教室とイベントスペースをオープン予定
ポケットパークの完成予想イラスト。この庭を囲むようにカフェが配置される。またカフェの向こう側に、パン教室とイベントスペースをオープン予定
「セシーズイシイ5」の屋上。今はこのような状態だが、ゆくゆくはフェンスを張り、床を整え、入居者と活用できるスペースへと刷新させる予定だという
「セシーズイシイ5」の屋上。今はこのような状態だが、ゆくゆくはフェンスを張り、床を整え、入居者と活用できるスペースへと刷新させる予定だという


◆18棟・370戸を所有。現在の入居率は好調だが… 
 
 再開発が進み、以前の工業エリアのイメージから一新、タワーマンションが林立するおしゃれなまちとして生まれ変わった「武蔵小杉」駅。ここからJR南武線でわずか2駅に位置するのが、「武蔵新城」駅だ。
 この駅の北口周辺を中心に18棟・370戸(その他店舗26戸)を所有している石井氏。曾祖父の代から大家業を開始し、石井氏の父親の代で本格化。石井氏もサラリーマンを経て、父親の跡を継いだ。

 所有物件のほとんどが駅至近のため、その入居率は約90%と非常に高い。

 先代の父親が、「利回りを上げるより、物件の魅力を上げる」を信条に賃貸事業に取り組んできた成果もあるだろう。ほとんどが築10~25年で、造りも鉄筋コンクリート造のしっかりしたものが多い。設備もエアコン完備は当たり前、床暖房や床下収納、オートロックなど、賃貸ではなかなか見かけない設備を備える物件も数多い。

 そんな父親の跡を継いで大家業を営むようになった石井氏だが、今、大きな危機感を抱いている。「入居率だけを見れば悲観するほどでもないのかもしれないが、それでも賃料は右肩下がりだし、次が決まるまでの期間も以前に比べたら長期化している。単身者向け物件はこれからますます厳しくなるだろう」(石井氏)。

 そこで石井氏は、さまざまな取り組みを進めている。所有物件はすべて、リノベーションやDIYが可能なカスタマイズ賃貸としており、壁紙、床材はオーナー負担で入居者の望む仕上げを実現する。建具やドア、ドア枠の塗装などの希望にも対応する。例えば壁材のメニューを見ると、カラークロス、デザインクロスから黒板仕上げやマグネット仕上げ、左官仕上げなどさまざま。床材も然りで、棚を作り付けるなどの造作もOKだ。費用についても、壁材や床材については基本的に入居者負担なしで対応している。

 「しかし、積極的に選択する人はそんなには多くないんですよね」と苦笑する。
 入居者がそのこだわりを伝え、それを現実にするには、数度の打ち合わせが必要で、時間もかかる。実際は仕事の都合などで部屋探しをし、「○月までに入居する必要がある」と“短期決戦”となることが多く、カスタマイズを選択するには時間的に厳しいケースが多いからだ。

 事務所には壁紙・床材などの見本も備え、希望者がイメージを抱きやすいように工夫をしているが、「『どれがいいか分からない』、『どれでもいい』と言う人はまだまだ多い」(同氏)そうだ。


◆「だまされているんじゃないか?」といぶかしも入居希望者も 

 それでも、着実にカスタマイズを選ぶ人は増えてきている。カスタマイズサービスのスタートから1年が経過し、14件で実施した。「自分の部屋の好みを反映した部屋、家具まで思いどおりに造り付けた部屋というのは、思い入れが強いはず。また、打ち合わせを重ねることで、オーナーである私にも親近感を覚えてくれるでしょう。プラスアルファとして、それだけ思いのある部屋は汚せない、ということもあるはず」(同氏)。

 ある入居希望者に説明をしていたところ、不思議そうな顔をして「こんなサービスを無料でしてくれて、あなたに何のメリットがあるの? だまされているんじゃないか?」と言われた。そのユーザーに対し石井氏は、「愛着を持って大切に住んでいただくための取り組み。気に入って長く住んでもらえたらうれしい。でも、退去していただくのも問題ないですよ」と説明したら、安心した様子だったという。

 さまざまな入居者特典を用意する取り組みも行なっている。宿泊施設の無料宿泊券の抽選プレゼント、入居者女子会、交流会など入居者を対象としたイベントの開催、地域の盆踊り開催時のゆかた着付けサービスなど、石井氏はアイディアをひねりだし、入居者との交流を図りながら、イベントには主催者として参加する。

 こうした取り組みにより、入居者と交流しながらよりよい居住環境の提供に努力を続ける石井氏だが、一方では、その実現の壁となるものを感じていた。


◆単身者をまちに引き出し、まちの人を物件に呼び込む! 

 それは、単身入居者ならではだろう。“そのまちに住んでいながら、まちには出てこない”ということだ。

 入居者は都心通勤者が多く、「ヒアリングをしたところ、『普段近くのスーパー・コンビニにしか行かない』という入居者が多かった。良いまちなのに、ここで飲み・食事に出かける人が非常に少ないのです」(同氏)。
 そのため、入居者同士のコミュニティが乏しく、イベントなどを開催しても、参加者が期待したほど多くは集まらないのだという。

 そこで石井氏は、次なる対策に取り組み始めた。それは、物件にコミュニティスペースを作ること。「シェアハウスのコモンキッチン、コモンリビングのように、快適な“共用部”を作ることが入居者満足度につながるのでは」と考えたからだ。

 「セシーズイシイ7」(鉄筋コンクリート造5階建て1K60戸、2DK2戸)の1階中庭で、石井氏が経営する会社が使用していた駐車場・倉庫部分を、ポケットパークとカフェに変更する取り組みを進めている。カフェは、南荘石井事務所が運営する。「以前の中庭は、住民以外の人に足を踏み入れてほしくない場所として管理していた。しかしよく考えれば、われわれもまちの住民。だったら地域の人にも積極的に来てもらおうと。まちの人と入居者の交流が進めば、入居者はもっとまちに出て行くはず」(同氏)。

 カフェの隣には、近所のパン教室の主宰者が入居する。カフェではその教室の先生が焼いたパンも提供する計画だ。

 コミュニティの創出につなげられるかは、運営の仕方如何だろう。石井氏は、「大家がやっているカフェで大家がコーヒーを飲んでいる。お互い挨拶をして、私がまちの人間と引き合わせて、みんなで仲良くなっていく。そんな風に持っていきたいですね。そして、入居者満足度を上げて、『他の物件に移ったらつまらないよね』というところまで関係を構築できたら」と、夢を語る。

 これまでは、入居者獲得で競われたのは、物件の設備や新しさといったハード面であった。しかし、その競争はオーナーを疲弊させるものだ。ソフト面での競争は、アイディアや運営手法といったところでの競争となることから、今後はそうした動きも高まっていくに違いない。

 なお、ポケットパークは年内、カフェは2016年4月のオープン予定だという。完成後の姿やそれによりどのような変化が起こったかは、ゆくゆくこのコーナーで紹介したい。(NO)

***
【シリーズ記事】
賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.15 空室対応より、入居者対応(2015/9/4)
賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.14 「銭湯」のコミュニティを受け継ぐ(2015/6/1)
賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.13 エコを本気で考えた!(2014/11/14)
賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.12 賃貸適地以外の土地での“土地活用”成功の秘訣とは?(2013/03/13)
賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.11 初心者オーナー、自然派戸建賃貸で勝負!(2013/02/01)
賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.10 築約40年木造物件、満室運営実現への努力(2012/2/28)
賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.9 愛媛県松山市「セントラルハイム壱番館」の場合(2009/6/30)

新着ムック本のご紹介

防災・復興ハンドブック<改訂版>

不動産管理会社・
賃貸住宅オーナーのための
防災・復興ハンドブック
<改訂版>

自然災害に備えて!手元に常備しておきたい一冊です。 540円(税込・送料無料)

ご購入はこちら
NEW

?~\~H?~H~J?~M?~K~U?~T??~A?~@~Z

月刊不動産流通 月刊誌 2019年1月号

<好評連載中>

・解説:宅建業者が知っておくべき「重説」に関する調査実務
・事例研究・適正な不動産取引に向けて
・関連法規Q&A
・宅建ケーススタディ 日日是勉強
・WORLD VIEW 

価格 926円(税・送料込み) 年間購読 10,080円(税・送料込み)
※月刊不動産流通「MARKET INDEX」の修正データはこちらからご確認ください ご購入はこちら

ピックアップ書籍

ムック防災・復興ハンドブック<改訂版>

自然災害に備えて!手元に常備しておきたい一冊

価格: 500円(外税)

お知らせ

2018/12/5

「月刊不動産流通」最新号発売しました

 最新号2019年1月号の内容を紹介。 ショップサイトでご購入できます。

デジタル技術の発展は、日進月歩の世界。不動産業界でも近年、そうした技術を活用する動きがみられますが、果たして不動産業務はどう変わっていくのでしょうか?今回は、巻頭のグラビアページ「流通フラッシュ」と、特集で各社の取り組みを紹介します。
また、短期連載「郊外住宅団地の再生・活性化策を探る」もスタート!建物の老朽化や入居者の高齢化等の課題を抱える大規模住宅団地は少なくありませんが、URや住宅供給公社ではハード・ソフトの両面から課題解決を進めています。初回は「入居者の高齢化問題」にスポットを当て、取り組みをレポートします。