記者の目 / 開発・分譲

2018/5/8

首都圏郊外にある、30分で行ける別荘地

トムソーヤーが大好きな不動産会社社長の取り組み

 千葉市を中心に不動産の仲介・管理、建設業を営む(有)グレイス商会(千葉市緑区、代表取締役:石濱喜充氏)は2012年に「グレイスの森」(千葉市緑区)をオープンした。県道から一本入った場所にある約1万5,000坪の面積を誇るその森は、樹木がほどよくしげる都会の喧噪を忘れられる空間だ。同社は1区画150坪で16区画を分譲。「森人(もりじん)」と呼ばれる土地の購入者が、キャンピングカーやトレーラーハウスを設置し、家庭菜園を楽しんだり、別荘のように過ごしたりと、思い思いの生活を楽しんでいる。この場所を生み出した石濱氏に話を聞いた。

◆山林を1区画150坪で分譲

 「グレイスの森」は、JR外房線「鎌取」駅から徒歩20分、県道66号線から200mほど入った場所に位置する。桜や杉といった木々がしげる自然豊かな土地で、地目は「山林」だ。宅地ではないため、住宅の建設はできない。購入者は、キャンピングカーやトレーラーハウスなどを設置し、思い思いの時間を過ごしている。

「グレイスの森」のエントランス
国道からグレイスの森に続く道は、車1台が通れるだけの細い道
購入者の多くは、キャンピングカーやトレーラーハウスを設置して過ごしている

 この森には、所有者のための共用施設としてピザ釜やキャンプファイア場、囲炉裏小屋、プロジェクターなどを備えた管理棟、宿泊棟などが用意されている。

管理棟内部は、薪ストーブが備え付けられたぜいたくな空間。プロジェクターも設置され、大きな白い壁に映し出して映画鑑賞もできる
宿泊棟
宿泊棟には、セミダブルサイズの作り付けベッドに折りたたみベッド、バス、トイレが備え付けられている

 森人(もりじん。石濱氏が命名したこの森の所有者のこと)は、この森で仕事をしたり、趣味にいそしんだりと、思い思いの時間を過ごす。子供だけではなく、大人も楽しめる自然豊かな環境が、そこに誕生していた。

 この“森”は、もとはと言えば、手入れのされていない荒れた山林だったという。
 地主が同社にこの山林の売却の相談をしたのが2010年。しかし「このあたりでは、国道沿いの土地は高齢者施設やコンビニなどに活用できるため需要もあるが、この地は県道から入った立地であること、その道も車1台がようやく通れるような細い道であることなどから、半年経っても買い手は見つからなかった」(石濱氏)。すると、同社が地主からこの土地を買い取ってくれるよう頼まれた。

 宅地化が困難な土地であったため躊躇する気持ちもあったが、その森は少し足を踏み入れてみると樹木がほどよく間隔を空けて生えていて、土地自体も平地。生い茂る草を刈れば、快適な土地となりそうだという予感を得た。

 「私は『トムソーヤーの冒険』の話が小さい頃から大好きで、小さいころは秘密基地を作ってはそこにもぐりこんで遊んでいました。この土地も、手入れをすれば都市に住む大人、かつては少年だった大人のニーズに答えられる“秘密基地”にすることができるのではないか。そう予感したのです」(同氏)。

 この構想には、もう一つの経験が大きく影響している。それは、2006年の頃に発生した古民家ブーム。同社にも古民家購入希望者からの問い合わせが複数寄せられたそうだが、古民家が滅多に売りに出されない上に、ようやく出た物件を紹介しても、いざとなると「病院やコンビニが近くにない」と不満を口にして購入に至らないケースばかりであった。「それなら、自宅は売らずに日中は郊外で“遊ぶ”といった感覚、昼間だけの田舎暮らしができる場所を供給したら、そうしたニーズに対応できるのではないか」(同氏)と考えた。

 こうした経験が同氏を後押しし、購入を決断。同社による“森”づくりがスタートした。

◆廃棄物処理、手強い雑草など、苦難の連続

 しかしここからは、困難の連続だったと同氏は振り返る。そもそもその土地は長年手つかずの状態。道路沿いの部分には投棄物が多数投げ込まれていて、それを除去したら4tトラックが満杯に。奥が見通せないほど生い茂った草は、刈りとっただけでは剣山のようで、そのままでは自由に歩くこともできない。土地を掘り起こして天地返しをし、草の根を腐らせるといった手間をかけた。結果、子供が遊んで転倒しても怪我することのない、家庭菜園にも使えるようなふかふかな土地になった。

草を刈った後に地面を天地返しした結果、子供が転倒しても怪我をしない、やわらかな土壌の土地に

 山林には実は市道が通っていたが、草木が生い茂り、道らしきものは見えない。そこで行政に確認をとりながら市道部分には行政に確認の上砂利を敷き、車が通過できるようにした。すると、その砂利で敷いた面積が森林法に違反するとの指摘を受けた。ツリーハウスを建築し、森の雰囲気を演出したら、今度は建築基準法に違反していると指摘を受けた…。

 と、取り組みを進めれば、行政から指摘を受けストップ…ということが重なって、心がくじけそうになったと同氏は述懐する。「是正すべきところは是正しましたが、法の解釈がはっきりしない点などは、交渉したり、納得しきれないけれど従ったり。山林を山林として整備するのは当社でも初の試みでしたから、分からないことだらけ、苦労の連続でした」(同氏)。

 しかし真摯な姿勢で折衝を重ね、問題点をクリアしながら、地道に取り組みを進めていった。なお、行政との折衝の中で情報交換も進み、「キャンプ場としたら、希望とすることも実現できるのではないか」などのアドバイスを受けたことで、実現できたこともいくつもあったという。

◆ターゲットは「自宅から30分以内で来場できる人」

 12年5月より第1期分譲(10区画)を開始。1区画の価格は300万円。大人の趣味に焦点を当てたテレビや雑誌などの取材も入ったことで、早々に数組の見学を獲得し、購入者も比較的早期に決まり、契約に至った。しかし、購入してみたら自身のイメージと違ったのか、早々に売却したいとの話が持ち込まれたそう。「何回か来て飽きてしまったのでしょうね。しかしよく考えたら所有権で売る以上、その土地の使い方はその方次第になってしまう。この森のコンセプトに共感し、この森に合った使い方をしてくださる方に販売しないと、他の購入者に迷惑をかけてしまうことになる、と思い至りました」(同氏)。

 そこで、販売戦略を変更。ターゲットを「森まで30分以内で来場できる人」に設定し、遠方の人には販売はしない方針に。遠ければ足は遠のき、販売した土地は放置されて荒れてしまい、他の森人に迷惑がかかるからだ。この森から30分で移動できるエリアは、千葉市内、そして船橋市、習志野市といった辺りとなる。

1区画150坪、所有権で販売している
キャンピングカーやトレーラーハウスを設置して楽しんでいる人が多い

 そして、購入したいとの打診があっても、すぐには契約をしない。森に幾度も足を運んでもらい、森の良いところも悪いところも理解してもらう。「例えば春は過ごしやすいシーズンですが、夏は葉が茂って今より暗い印象になりますよ。冬はそれなりに冷えますよ、といった話もします。家族の了解は取れているかも聞きます。ファーストアプローチから契約までは、早くても半年、通常は1年以上経過してからですね」(同氏)。

共用施設の一つ、囲炉裏小屋
囲炉裏小屋の中。魚などを焼いて、食べて、呑める贅沢な空間

 第1期は2年ほどで完売。14年12月から第2期(6区画)を販売したが、すでに完売したという。

森人第1号の購入者。トライアスロンの練習基地として、友人との語らいの場として、毎週のように足を運んでいるという
キャンピングカーを置いて、革細工の仕事場兼別荘のように使用する森人も。バストイレ、キッチンが備わり、生活もできるそう

 なお同氏自身も、ここに1区画を所有し、他の森人たちとの豊かな時間を共有している。また管理する側として、この森の未来にも思いを馳せる。

 「購入者の方々は皆さん仲が良くて、顔を合わせれば会話や挨拶をし、集まって森の時間を共に楽しんだりもしています。コミュニティとしては現在が適正な規模なのかな、と考えると、あと5区画ほど分譲してストップした方が良いのかもしれない、とも思っています。
 ここの購入者の方々と生涯を通じた付き合いをしながら、より良い森にするにはどうしたら?と考え、実行していきたい」。

「グレイスの森」を生み出した(有)グレイス商会代表取締役の石濱氏

◆ ◆ ◆

 今回紹介したのは、長年放置されていた山林の再生事例だ。宅地化できない土地であっても、アイディアと行動力で“商品”とすることができる。その好例だろう。もちろん、この方法がどこででも成功するという訳ではない。しかし、地域それぞれに潜在化している需要を見極め、それに対応できる使い方を見いだせれば、成功の道は開けてくるに違いない。

 なお今回の取材中、石濱氏は苦労の連続だったという行政との折衝についての苦労話を語るときでさえ、大変楽しそうに話をされていた。きっと、今回の取り組み事態が同氏にとっては“冒険”であり、“探索”であり、“達成感”を得る機会であったに違いない。
 そうした経験を、仕事ですることができる同氏を、大変うらやましく思った。(NO)

この記事の用語

トレーラーハウス

車輪を有する移動型住宅で、原動機を備えず牽引車により牽引されて走行できる構造のものをいう。「トレーラーハウス」は和製英語で、このような居住形態が始まった米国では、トレーラーホーム(trailer home)、モービルホーム(mobile home)などと称されている。

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