記者の目 / 開発・分譲

2021/6/30

「キッチン」と「洗面」をひとつに

既成概念覆す、ディベロッパーの挑戦

 マンションディベロッパーや住宅メーカーにとって、製品開発の重要な視点となるのが「バリューエンジニアリング(VE=価値工学、製品やサービスの価値を「機能」と「コスト」との関係で捉え、価値を高める手法)」だ。地価や建築費が高騰する中、ユーザーにとって事業者にとって、どれだけ「コスパの高い」製品を生み出せるか。コロナ禍によるユーザーニーズの多様化など、住まいの在り方が大きく見直される中、VE視点のモノづくりはますます加速する。そうした中、およそ“ありえない”2つの住宅設備を一つにして新たな価値創造にチャレンジしたディベロッパーの意欲作「MIXINK(ミキシンク)」(三菱地所レジデンス(株))を見せてもらった。

「MIXINK」プロトタイプ。見た目は広めの洗面所だが、キッチンの機能を忍ばせてある

最低限必要な要素にメス

 住まいづくりにおけるVEの視点の代表例は、住宅設備の取捨選択だ。ターゲットとするユーザーや販売予定価格によって、設備仕様を事細かに決めていく。床暖房、食器洗い乾燥機、ディスポーザー、ミストサウナ、間接照明等の住宅設備や、建具や床の部材など。コスト効果は様々だが、戸あたり、1棟あたりとなれば売値・事業費も左右することになり、売れ行きも変わってくる。

 もう一つの重要な視点が、住まいの価値を決める「広さ」をどうやって生み出すか。より正確に言えば、有効居住面積をいかにして広げるか、だ。事業費や売値に響くため、マンションの専有面積は無暗に広くはできない。「居室」「リビング」「キッチン」「浴室」「トイレ」「廊下」「収納」「玄関」など住まいを構成する要素をパズルのように組み合わせ、広さを積み上げていく。専有面積に余裕があるファミリーマンションは、こうした工夫でさらなる広さが生み出せる。

 問題は、専有面積が限られるコンパクト住戸だ。住まいに必要な要素はファミリーだろうがワンルームだろうが変わらない。専有面積が小さいほど、新たに生み出せる広さは限られる。そこで、最低限必要な要素にメスを入れる(削る)ことが必要になってくる。最近よく見かけるのが、浴室のバスタブを無くしてシャワールームにする例。若いユーザーの多くはバスタブに浸からないためだ。洗面所・トイレ・浴室をまとめた「3点ユニットバス」も「削る」の代表例だ。

 今回紹介する三菱地所レジデンスの「MIXINK」は、これらとは全く異次元の要素にメスを入れた。それは「キッチン」と「洗面所」の合体だ。

「キッチンなんて要らないのでは?」

 「オレ、キッチンいらないわ」――同社でマンション等の商品企画に携わる建築マネジメント部第二建築マネジメント室第一グループリーダーの近藤 都さんは、2年ほど前、男友達からこんなことを言われた。都内のコンパクトマンションに住むその男性のキッチンは「物置」。食事はほとんど外食かデリバリー。シンクは「コップとたまに包丁を洗うくらい」だから、なるほど洗面所で事足りる。

 近藤さんには、目からうろこだった。マンションを作っているとキッチンは無意識に「必要なモノ」と考えてしまうが、ユーザーにとってはそうとは限らなかった。後日、賃貸仲介を手掛けるグループ会社へヒアリングしたところ、顧客が最も重要視するのは「生活スペースの広さ」。コロナ禍により家篭りが常態化したことで、その傾向はますます強まっているという。

 「いっそキッチンを無くしてしまおう」とも思ったが、「コップを洗う」くらいの機能は要る。じゃあ、キッチンの機能は極限までダイエットし、同じ水回りの洗面所とひとつにしたらどうかと考えた。そんな折、「周囲には外食店が豊富。IT企業が多く、SOHOニーズも高い」(同氏)と、まさにキッチンが要らない条件が揃った品川区西五反田エリアでの賃貸住宅開発計画が持ち上がり、タカラスタンダード(株)の協力を得て、新たな発想の「MIXINK」を開発。ワンルーム住戸10戸へ導入することになった。

見た目は洗面所。機能は両立

コンロ上は「物置」になることを想定してIHコンロを採用。壁面はホーローパネルで、マグネットでさまざまなラックを取り付けられる。標準装備はタオル掛けだけであり、あくまでも「洗面所」の立ち位置だ
収納も基本洗面所としてのそれだが、左上には細かい食器類が収まるようにした。リネン庫に包丁入れが付いているのには違和感がある。もっとも、何をどこに置くかは利用者の自由である

 「MIXINK」は、幅1,200mmと一般的なワンルームマンションのキッチンと同じスペースに収まるサイズ。全体的なフォルムは(ワンルームにしては)やや広めの洗面所といった感じだが、IHコンロと(洗面ボウルの代わりの)シンク、レンジフードがしっかりと備わる。「機能面では、洗面9:キッチン1と考えた」(同氏)。

 同社からMIXINKが発表になった際、知り合いの女性に、この商品をどう思うか聞きまくったが、専業主婦や“料理が好き”という女性はみな「?」という態度だった。記者も「そりゃそうだ」と思ったが、もともと「キッチンを無くすこと」が発想の原点なのだから納得である。天板の高さも、調理を前提としない800mm(洗面所と同じ、キッチンは850mmが標準)だ。「SNSの反響も両極端。ニッチ商品なので、想定内です」(同氏)。

 洗面ボウルを兼ねるシンクの前には、鏡裏収納付のミラー。「全身映る大きさは要らない」(同氏)と、上部を収納とした。レンジフードはそれとわからないよう、キャビネットと同色のフィルムでラッピング。キッチンであれば包丁が収まるシンク手前のラックは細かい化粧品入れ。引き出しの最上段は、スプーンやフォークなどを収める仕切り板が付くが、原則洗面所としての利用を想定した設えだ。「物置」とすることが前提のため、天板がフラットになるITコンロが標準。ホーローパネルの壁面はタオルハンガーのみ標準とし、スパイスラックやコップ置きといったアイテムをオプションでカスタマイズできる。

「キッチン」としての存在感を消すために、レンジフードは化粧板と同じ色でラッピングしてある
リネン庫にある包丁入れは、ユーザーの声次第では設置を止める可能性もあるという
「全身映る鏡は不要」との考えから、鏡の上部も収納に。収納力は一般的なワンルームマンションの洗面所よりもむしろ高い

 今回記者が見た「MIXINK」はプロトタイプ。細かい仕様は導入までにさらに煮詰めていく。ちなみに導入コストだが、2つの機能を一つにしたとはいえ、量産効果は見込めないため設備そのものは安くはない。ただ、キッチンを無くすことで建具や配管類の施工量が減り、人件費も下がるため「キッチンと洗面所を別々に設置した場合よりはコストダウンする」(同氏)とのことだった。

居室面積を2割弱拡大。マンションでの二世帯同居も可能に

 では、この「MIXINK」で、どれほどの空間が生み出せるのか?同社によると、洗面所が不要になった分、その他の水回りや収納スペースを維持しながら、居室を7畳から8.3畳に(18.5%)拡大できるという。

MIXINK導入例。洗面所が無くなった分のスペースに洗濯機置き場を移動。増えた居室面積をワーキングスペースに充てている

 ワンルーム住戸にとって1.3畳(約2.1平方メートル)は小さくはない。同社では、コロナ禍でニーズが高まったワークスペースとしての提案や書棚や収納スペース等として提案する。「実際、都心に住むために、あるいはワークスペースを設けるためにソファを置くのを諦めたといったユーザーの声もありました。ワンルームマンションでエステやネイルサロンを開業される方々にとっても、施術スペースが拡大できれば、売上増に直結します」(同氏)。

 経済効果はどうか。導入初弾となる西五反田エリアの新築賃貸マンションの賃料相場は概ね坪1万6,000円前後(記者調べ)。「MIXINK」により生み出されるスペースは賃料にして1万円強となる。同じ賃料ならユーザーはそれだけの恩恵を受けられ、逆に言えばそれだけ賃料を引き上げられることにもなる。分譲マンションならどうか。同社の投資用マンションは、坪単価が400万円前後のものも少なくない。つまり、売値にして250万円前後の引き上げ効果がある。もちろん、より賃料や販売価格が高いエリアに行けばさらに効果は大きいということになる。

 このMIXINKは、同社の「ザ・パークハビオ」ブランドの賃貸住宅を皮切りに、新築分譲マンションやホテル、リノベーション等への横展開を予定しているという。「これまでマンションでの二世帯同居は、広さの制約で水回りを共有せざるを得なかったため難しかった。MIXINKを使えば簡単にキッチンと洗面を世帯で分けることができ、二世帯同居のハードルが下がると期待できます」(同氏)。

◆    ◆    ◆

 今回の取材を通じて、「既成概念」を取り払うことで、マンションはまだまだ進化するという希望が持てた。そうしたアグレッシブな挑戦を、どちらかといえば「保守的」なイメージが強い三菱グループのディベロッパーが具現化したのも、また興味深かった(J)。

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