記者の目 / 仲介・管理

2022/12/22

働いて快適、住んでも快適

賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.22

 親から受け継いだ不動産をどうするか、という問題は、時には受け継ぐものを大いに悩ませる。世田谷区在住のE氏は、自分のため、子供たちのため、そして地域のために、賃貸住宅への建て替えを選択した。ターゲットとしたのは「働きながら、暮らす人」。様々な工夫を盛り込んだSOHOマンションは、自分の子供たちや地域のための工夫もふんだんに盛り込まれている。

無理矢理感のないSOHOマンション目指し

賃貸マンション「wdsビル」外観。複雑に組み合わさった住戸が、建物外観からも見て取れる

 E氏はシステムエンジニアとして長年働いてきたが、50歳を目前にいずれは厳しい仕事に耐えられない時が来ると悟り、退職。DIYブームを背景にインテリアマーケットが拡大すると見込み、壁紙や塗料を取り扱う会社を立ち上げ、経営している。そんな折、父親が他界し、両親そして自らも長年住んできた自宅を相続することになった。

 京王線「桜上水」駅に近いその土地は、昭和初期からE氏一族が代々受け継いできたもの。E氏も慣れ親しんだ土地であり、まるごと建て替え、住み替えることも考えたが、子供たちが独立することを考えると、それほどの広さは要らない。「私にしてみれば、(家の相続は)宝くじに当たったようなもの。親が残してくれた財産を自分のため、子供たちのため、地域のためきちんと活かしたいと考えた」と、自宅兼賃貸住宅への建て替えを選択した。

 当初は、「30年以上は陳腐化しない、競争力が保てる物件に」「(前記の目的から)高耐久のRC造に」という以外、どのような賃貸住宅にするか具体的なイメージはなかったが、新宿にも渋谷にも近い桜上水という立地にありながら、住宅地としての落ち着きもあることから、クリエイターや小商いの個人事業主をターゲットにしたSOHOマンションにしたいとの想いが、まず固まった。「SOHOユーザーと呼ばれる人の多くは、一般的な住まいの一部屋を無理やり仕事場として使っているだけ。まるで、『洋服に身体を合わせて着る』ような、違和感があった。しっかり仕事ができ、快適に住める入居者ファーストの賃貸にしたいと考えた」(E氏)

「これまでのSOHOユーザーには『洋服に身体を合わせて着る』ような違和感があった」と語るE氏。だから、働いて快適、住んで快適なSOHOマンションを作りたいと考えたという

 さらに、インテリア業を通じて知り合った、コンセプト重視の賃貸住宅コンサルティングを手掛ける(有)PM工房社の久保田大介氏に相談。同氏の仲立ちで、SOHO住宅の設計を多く手掛ける駒田建築設計事務所に設計を依頼。E氏の想いをもとに、3者でディスカッション。3年近い時間をかけ物件のイメージを固め、22年10月、SOHO仕様の賃貸マンション「wds(ダブリュー・ディー・エス)ビル」は無事竣工した。

「段差」でスイッチを切り替える

 「wdsビル」は、ほぼ正形の敷地に無駄なく建てられた地上4階の賃貸住宅。外観は、コンクリート打ち放しの、いかにもデザイナーズ物件っぽいが、植栽豊かなオープン外構、コンクリート製の袖壁、鉄製手すりのバルコニー、アクセントタイルにより圧迫感や無機質さは感じない。むしろ、複雑に積み重なった積木(プレイ中のルービックキューブ、あるいはジェンガとでもいうべきか)のようにも見える。

異なる間取りの住戸がパズルのように複雑に組み込まれているため、一部の住戸は外階段でのアクセスとなる。そのため、今や賃貸住宅でも常識のオートロックが付けられなかった。「設備仕様にメリハリをつけることで建設費を抑えました」とはオーナー・E氏の談
すべての住戸には、仕事にも使える大型のデスクを設置。コンクリート打ち放しのシンプルな内装。サッシが大きく取られており、さほど狭さは感じない

 それもそのはずで、この物件は、賃貸8戸の間取りが、一つとして同じものがない。働き方に応じて、仕事場として使う部屋や居室の広さ・形と数、あとは階数と方角で決めてもらいたい、というわけだ。その複雑な住戸レイアウト故、内階段からアプローチする住戸と外階段を使う住戸が別々にあるほどで、「賃貸住宅でも必須のオートロックは諦めました(笑)」(同氏)1階には、E氏家族の住まいも組み込まれている。

 仕事場として使う部屋に、プライベートルームが1室もしくは2室が基本。住戸面積は約30~37平方メートル。仕事場には、キッチンと2人掛けテーブル、トイレが備わる。プライベートルームには、シャワールームと洗濯機置場を組み込んだユニットと物干しポールを設けた。最も広い37平方メートルの住戸以外に浴槽はなく、限られた面積で居住空間を確保。水回りのユニットは、空間を分け隔てる壁としても機能する。

 特徴的なのは、仕事場とプライベート空間との床段差(10~40㎝)で、仕事とプライベートとのスイッチを切り替える意味がある。また、トイレは必ず仕事場(もしくは仕事場から直接アプローチできる場所)にある。店舗やSOHOで来客が使うためという配慮だ。収納類や棚板は最低限の設置だが、サッシは天井高目いっぱい取られ、居室の延長となるバルコニーも多く設定されており、狭さからくる圧迫感はあまりない。

仕事場とプライベートルームにはわざと段差が付けてある。段差を上り下りすることで、仕事と日常との意識を切り替えるのが狙いだ
ほぼすべての部屋はバスタブを省くことで有効面積を増やしている。シャワールームと洗濯機置場をユニット化した部屋もある。ユニットは、空間を分け隔てる壁にもなる
4階にはルーフバルコニー付き住戸も。専有面積は30㎡台でも、バルコニーが一体利用できることで、狭さは感じないはずだ

「菓子工房」に特化した1階住戸

 この物件の白眉が、1階に設けられている住戸だ。道路から直接アプローチでき、大きなウッドデッキも付くこの住戸は、「菓子工房」を営みたい人に特化して作られている。「地域のためのコワーキングスペースにしようとか、写真スタジオがいいのではとか、色々なアイデアがありましたが、最終的には菓子工房を営業したい人向けの住戸にすることにしました。菓子工房を営みたいが工房をレンタルしての営業ではコスト面で厳しいという人でも、この広さであれば賃料負担も抑えられるし、ネット通販を併用すれば十分経営できるのではないかと」(同氏)

菓子工房用に作られた1階住戸は、外からダイレクトにアクセスするつくり。保健所の営業許可を得るため衛生面にも配慮しており、トイレの手洗いとは別に手洗いを設置するなどしている
工房と一体となったテラスは営業使用も可能で、同時に地域住民の憩いの場としても開放する
菓子工房住戸の居室部分は、営業利用も考えて土間仕上げ
 

 プライベートルームも接客スペースとすることを考え土間敷きとしたほか、工房スペースには手洗いも別に用意している。プライベート空間には自用のキッチンがあり、工房のトイレは前室を付けるなど、衛生面にも配慮している(これらは、保健所から営業許可を得るためにも必須)。デッキも地域住民の憩いの場としてだけでなく、工房で買ったお菓子を飲食してもらうなど、営業スペースとしての利用も認めている。

11月の内覧会では、菓子工房住戸へ内覧者が殺到した

 同物件は、SOHOというコンセプト、コンセプト賃貸を専門に取り扱う久保田氏のサイトでのプロモーションも相まって、募集開始から1カ月弱で満室に。なかでも1階の菓子工房用住戸は11月の内覧会でも10名を超える参加者を集め、物件完成翌日に契約となった。今では菓子工房を含めた小商いの入居者が4名、その他がSOHOとして使われているという。

◆     ◆     ◆

 上々の滑り出しとなった同物件だが、Eさんは「今はローン返済のことで頭がいっぱい(笑)」と兜の緒を締める。今後は入居者ニーズを見極めながら、「あまりにも完成度が高いので見送った」(同氏)というDIY賃貸としての運用も視野に入れつつ、物件競争力の維持を図っていきたいと意気込む。「先祖代々の土地を守る、といった肩ひじ張った考えは毛頭ないが、私の代はしっかりと運営し、子供たちは子供たちで考えていけばいい」(同氏)と気負いはない。それでも、自宅部分は一部を賃貸転用できるようあらかじめ設計しているなど、この物件を受け継ぐ次代のことは、きちんと考えているようだった(J)

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