育児を応援する賃貸マンション
フィンランド語で「アドバイスの場所、相談の場所」を意味する「ネウボラ」。フィンランドでは、かかりつけ保健師を中心に、妊娠期から就学前の子供がいるすべての家庭を切れ目なくサポートしており、「ネウボラ」とはそうした支援制度や支援拠点のことを指すそうだ。この「ネウボラ」のように、子育てを応援するコンセプトの賃貸マンションがあるというので、見学してきた。
◆ママを孤立させない!
その賃貸マンションは、都営新宿線「菊川」駅から徒歩約3分に位置する「ネウボーノ菊川」(東京都墨田区、総戸数26戸、鉄筋コンクリート造地上7階建て、2016年竣工)と、「ネウボーノ菊川Ⅱ」(東京都墨田区、総戸数73戸、鉄筋コンクリート造地上11階建て、24年1月竣工)。事業主は、江戸時代後期の弘化2年(1845年)に材木業を興し、現在は不動産業を営む(株)萬富(東京都中央区、代表取締役:小山 敦氏)だ。
子育てをするママの悩みは、「寝不足」「自由な時間が欲しい」「ママ友がいない」「相談できる大人(両親)が近くにいない」などさまざま。小山氏に子供が生まれたとき、そうした悩みを抱えながら子育てをしている奥さんを見て「子育ては本当に大変…」と感じていたという。「こういうママが世の中にはたくさんいるんじゃないか。“子育てが楽しい”と思えるためには何が必要なんだろう」と考え始めたことが、同物件を運営するきっかけとなった。
子育てに一番求められるものは何か。リサーチの結果、もちろんお金は必要だが、それよりもむしろ「いつでも分かり合える誰かがそばにいる環境をつくることが必要」との結論に至った。都心で子育てをするママは、昼間は1人でほぼ誰とも言葉を交わさないことが多い。子育ての悩みを相談する人もいなければ、自分の時間を持つこともできず、ストレスが溜まってしまうばかり。それが原因でつい子供に当たってしまったり、夫婦ゲンカをしてしまったり…という悪循環を招きかねないのだ。
「とにかく、子育てをネガティブなものではなく、『子育てって楽しい!』『もう1人産んでもいいかな』と思ってもらえる。そんなきっかけになればと思い、“ネウボラ”を目指した賃貸マンションの開発に着手したという経緯があります」(同社業務課長・仲渡孝雄氏)。
◆「ネウボラおばさん」のような管理人
入居者は、未就学児がいる、またはこれから出産を控えている世帯に限定。「入居者が子育てをしている人ばかりなら、例えば上階に住む子供の足音が響いたとしても、“おたがいさま”という意識が働いてクレームにはなりづらい。入居者全員が“キッズウェルカム”なんです」(同氏)。
また、「誰かがいる」ことが一番の子育て応援になると考え、保育の専門資格を持つ「管理人」が“ネウボラおばさん”のようにキッズスペースに常駐している。保育はしないものの、入居者がキッズスペースを訪れたときには話し相手に。引っ越してきたばかりの入居者に話しかけ、「〇〇ちゃんと△△ちゃんは同じ歳じゃないかしら?」と共通の話題を振ることで、入居者同士をつなぐきっかけを作ってくれたりも。在宅勤務のパパが気分転換にキッズスペースを訪れることも少なくないという。
入居者からは、「管理人さんが話し相手になってくれるのが心強い。両親が遠方にいるので子育ての些細な悩みを相談できるのはありがたい」「引っ越してからキッズスペースに遊びに来て、すぐにママ友ができた。世間話とか情報交換できるので住んでいて楽しい」といった声が多く聞かれるという。
そのほか、子供を預かる「託児サービス」(要別途料金)を提供。ママがちょっと休憩したりお出かけしたいとき、30分単位で管理人が面倒を見てくれる。キッズスペースを訪れる子供は管理人と顔見知りのため、泣かないで「行ってらっしゃーい」とママを送り出す。戻ってきたママは、それぞれに自分の時間を楽しみ、リフレッシュしてくるという。
ママの機嫌が良ければ家族は円満。子供ものびのび、すくすく育つのではないだろうか。
七夕、夏祭り、ハロウィン、クリスマスなど、季節ごとにイベントも開催。菜園と砂場を併設したキッズガーデンでは、入居者と管理人みんなでが野菜をつくり、夏にはビニールプールで水遊びをする。買い物に便利な「カーシェアリング」「レンタサイクル」(要別途契約)や、子供乗せ自転車が止めやすいよう幅広の「平置き駐輪場」(各戸1区画無料)も設備している。
各住戸は、家事をしながら子供を見守れる対面式キッチン、豊富な収納スペースなど、子育て世帯の暮らしやすさを追求。壁や柱に角がなく、扉や窓には指挟み防止ストッパーを付けるなど安全面にも配慮している。
◆「サービス付き子育て向け賃貸住宅」があってもいい!
「ネウボーノ菊川」は、入居者を子育て世帯に限定したものの、半年で満室となった。口コミやSNSなどで話題となり、周辺相場より高めの賃料であるにもかかわらず、以降はほぼ100%の稼働を維持。入居待ち状態が続いている。また、「ネウボーノ菊川」の合計特殊出生率は東京都の1.04(22年)に対し、それを大きく上回っているという。
そこで2棟目となる「ネウボーノ菊川Ⅱ」を、「ネウボーノ菊川」の至近距離に今年1月竣工。「ネウボーノ菊川」と同様の共用施設を設けたほか、コワーキングスペース、両親や知人が宿泊できるゲストルームも備えた。また、マンション住民だけでなく地域とのコミュニティも形成していきたいと、1階のスペースを地元のまちづくり会社に賃貸。まちのフードコート「オラ・ネウボーノ」として、3つのシェアキッチン+シェアショップをオープンしている。
なお、2物件は立地・住戸内・共用部分・子育て支援サービス等の基準をクリアし、東京都「東京こどもすくすく住宅(アドバンストモデル)」、墨田区「すみだ良質な集合住宅(子育て型)」に認定されている。
世の中に高齢者が増え、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅など、高齢者向けの住宅支援制度は充実しつつある。しかし、子育て世帯への支援は決して手厚いとはいえない状況だ。
「サービス付き高齢者向け住宅があるならば、子育て向けのサービス付き賃貸住宅があってもいいのではないかと思っています。児童手当や給付金などの支援ももちろん必要ですが、それと同じくらいサービスの充実が求められているのではないかと。入居者のママからの『ここにいるとみんなで子育てをしている感覚になる』といった言葉や、卒業(退去)したときに感謝の手紙をいただいたとき、この取り組みが成功していると実感できます」(同氏)。
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いつでも子育ての悩みについて相談できる環境にいること、部屋の中で孤立することなく話ができる大人がいること。子育てをするママにとって、これらがどれだけありがたいことなのか、取材を通して理解することができた。
子育てが一番大変な時期に、こうした育児サービスの充実した住まいで暮らせるママや子供は幸せだろう。「サービス付き子育て向け賃貸住宅」を増やすことが、もしかしたら少子化対策の大きな一手になるかもしれない。(I)