まちなみ保全しながら若年世帯の都心居住を実現
古都・京都のまちなみを代表する風景といえば「路地」。人がすれ違うのがやっとの奥深い路地を挟み長屋や町家が立ち並ぶ風景は、何とも言えない風情がある。だが、この路地が京都の空き家・空き地の円滑な再生を阻んでいる。なかでも、行き止まり状の路地である「袋路」は、まちの防災面でも大きな問題となっており、京都市も建築基準法の柔軟な運用などで再生を支援している。今回は、京町家再生に力を入れる地元業者と、京都市等が連携し、袋路に面する空き家を再生した事例を紹介する。
接道要件の柔軟運用で有活の途ひらく
京都市内(都心4区)には、約3,000ヵ所もの「袋路」が存在すると言われている。幅員が小さい袋路は建築基準法上の接道要件を満たさないため、袋路に接する住宅は老朽化しても原則建て替えはできない。同法第43条第2項第2号に基づき、建築審査会の同意と許可を受ければ建築はできるが、京都市の場合は袋路の幅員が1.8m以上必要といった条件を満たさねば許可が出ないため、袋路の空き家空き地は増え続けていた。これを問題とした京都市は、2020年度から接道許可要件の柔軟な運用を開始。建て替えの内容を「総合的に判断」して、支障のない計画については許可するようにした。
判断のポイントは、防災性。具体的に言えば「避難路の確保」だ。袋路としては行き止まりだとしても、何らかの避難経路が確保されるなどすれば、建築許可を出すことが可能になる。同市では再建築不可の路地を対象に、接道許可の可能性や必要な情報を「路地カルテ」としてまとめて公開。不動産事業者や路地の活用希望者に公開することで、路地に面する空き家・空き地の再生を図っている。
こうした袋路の特性だけでなく、築年数がわからないほどの古家が多い京都の空き家も、再生にさまざまな課題があった。長屋の多くは権利関係が複雑で、再生に当たっての意思統一が難しい。また、土地の境界が確定していない、所有者や相続人がわからない土地建物や官地(水路等)が絡むなどすると、さらにハードルが上がる。更地であっても、接道要件を満たさないためそのままでは建築できないのは、前記した通りだ。
袋路には「ならでは」の良さもある
そうした中、この袋路が持つ特性が京都の新たな都市居住を実現すると、その再生に取り組んできたのが、数多くの京町家のリノベーション実績を持つ(株)八清(京都市下京区)だ。
「袋路は自動車が入れないため、子供を安心して遊ばせることができる。また、再生が難しく流通性が低い故に、土地建物も都心部とは思えないくらい安い。京都は地価の高騰により子育て世帯が市外に流出しています。袋路の空き家や空き地を子育て世帯向け住宅に再生すれば、リーズナブルな価格で子育て層に供給でき、再建築不可の空き家空き地の所有者も救済できます」――同社取締役会長の西村孝平氏はこう語る。
地域住民の反感もハードルに。町内向け説明会繰り返す
話変わって、京都の住まいやまちづくりの課題解決を目的に産官学連携で活動する団体で、同氏も参加している都市居住推進研究会のもとに、今から数年前、ある袋路の空き地問題が持ち込まれる。2本の袋路の行き止まり部にあるその空き地は、20年以上前に火災で複数の家屋が焼失。そのままずっと放置されていたものだった。
同研究会では、袋路の奥という空き地のロケーションから、以前から研究会で検討してきた、路地の景観や生活を活かしながら、子育て世帯が安心して居住できる住環境を整備するモデル事業にもってこいだと判断。京都市の建築指導課や(公財)京都市景観・まちづくりセンター等と連携して再生に取り組むこととし、八清が事業者として具体的な再生を手掛ける事となった。
同社はまず、事業を円滑に進めるため、空き地(4区画)をそれぞれの所有者から買取り、さらに隣接する2つの長屋も取得。新たな住宅を建てるに充分な敷地の確保と、権利の集約を図った。そのうえで、空き地1区画分を通路とすることで、2つの路地をつなげて「2方向避難」を可能とし、京都市に同法43条第2項第2号の特例許可を申請し、子育て世帯向けの賃貸住宅4戸(長屋建て)を建築することとなった。
「不明所有者の探索など権利関係の集約も大変だったが、周辺住民の同意を得るのはそれ以上に大変だった」(西村氏)。前記の特例許可を得るには、路地に面する住民が開発計画や通路の共同利用について合意してくれることが条件となる。だが、袋路が通り抜けとなることで不特定多数の人が入ってくるのではないか、新たな住民が入ることで騒がしくならないかといった反感を持つ住民は少なからずいた。「八清さんと私たちとの最初の出会いは、対立から始まりました。何しろ『建ててはいけない建物が建つ』という噂だけが伝わっていたので」と、開発地近くのある住民は話す。どこかの不動産屋が土地を買い占め、法律を無視して無理矢理建物を建てる、とでも取られたようだ。
そのため同社は、再開発により防犯性が高まること、路地空間が前庭のように使えることなど、開発イメージを丹念に住民に説明。町内向け説明会は実に5回にも及び、京都市の担当者も参加して住民に理解を求め、最終的には地域の合意を得て着工。24年2月、建物は無事完成した。
拡大された路地がコミュニティ空間に
新たな建物は木造長屋建て2階、全4戸の賃貸住宅。建物は路地に対して1.5mセットバックしており、路地の幅員は最大3m確保されたうえ、路地に面して植栽も施されている。各住戸の玄関は、開き戸ではなく格子状の引き戸を採用。リビングの路地面の引き戸と一緒に開くことで、リビングと玄関が路地に面した「縁側」のように使える。住戸1階には約1mの深い庇がかかっており、雨の日でも子供たちが遊べる空間としつつ、路地との連続感を演出する。冒頭の写真をご覧いただきたい。どこにも従前の「袋路」の姿はない。
住戸は広さ46平方メートル、55平方メートルの2種類(2LDK)。若い子育て世帯の使い勝手を考え、絶対的床面積は小さいながら3畳大のロフトを付けるなど収納を充実させたほか、2階は引き戸を使い空間レイアウトを自在に変化できるようにした。リビングはモルタル仕上げと杉の無垢板とデザインを変え、階段幅を広く取り小上がり状に使える工夫も。床暖房や宅配ボックス、駐輪場など設備仕様も充実させた。
また、住戸間の壁も長屋ながら住戸が共有しない(つまり、壁や断熱材、耐火ボードなどがそれぞれ独立している)ようになっており、万が一将来、一部が分割売却されてもトラブルにならないよう配慮。結果的に断熱・遮音効果も上がるなど、より子育て世帯向きの住まいとなった。
なお、地域住民に配慮して、路地の一方は蹴破り戸を付け、通り抜けはできないようにしているが、非常時は簡単に開けることができる。
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同物件は、八清が投資家向けに販売するが、子育て世帯向け住宅という趣旨を守るため、購入者から同社が10年間借り上げ賃貸運営を行なうこと、不特定多数が路地に出入りする民泊営業も行なわないことを認める投資家に販売するという。
2月初旬に行なわれたお披露目会には、研究会関係者だけでなく、地域住民も多数参加し、新たな路地の門出を祝った。前出の地域住民は、感慨深そうに語った。「こうして出来上がった新しい路地を眺めていると、やっていただいて本当に良かったなぁと思えてきますね」。この言葉こそ、関係者にとって最大の喜びだろう(J)。