記者の目 / 開発・分譲

2023/8/24

「里山」のあるマンション

 分譲マンションは、都心部の駅前など余程の好立地でない限り、「建てれば売れる」という時代は終わりつつある。そこで不動産各社が力を入れるのが「付加価値」付けだ。専有部は間取り・設備などある程度決まったパターンがあり、その中で差別化を図るのは容易ではない一方で、自由度の高い共用部で各社のアイディアが光る。ラウンジやキッズスペースは最早当たり前、ライブラリーやキッチンスタジオ、フィットネスジム、はたまたゲームコーナーなど、その内容は年々多様化している。

 近年、特に異色だったのが、小田急不動産(株)、積水ハウス(株)、TC神鋼不動産(株)の3社が開発した「リーフィアレジデンス橋本」(東京都町田市、総戸数425戸、2021年4月竣工)だ。もともと敷地内に存在していた民有緑地を、住民の「さとやまの森」として整備。コロナ禍に伴う生活様式の変化も追い風となり、販売開始から2年足らずで全戸完売するなど好評だった。

マンションの敷地内にある「さとやまの森」<提供:小田急不動産(株)>

 この民有緑地は住民の遊び場、憩いの場として開放されるが、当然放置すれば草木を生い茂り荒れ果ててしまう。そこで、住民主体で維持保全も行なうことになっている。とはいえ民有緑地の面積は広く、年間を通した手入れ等は易々とできるものではない。いったいどのように担い手を確保、育成しているのか。小田急不動産住宅事業本部開発企画部マンション企画グループチーフの川瀬 亮氏に話を聞いた。

小田急不動産住宅事業本部開発企画部マンション企画グループチーフの川瀬 亮氏

絶滅危惧種の花々等、土地特有の魅力を発見

「リーフィアレジデンス橋本」外観。住戸は専有面積約70~80平方メートル超の3LDK・4LDKを中心としている<提供:小田急不動産(株)>

 同物件は、JR横浜線・京王相模原線「橋本」駅より徒歩19分、バス3分「多摩美術大学南」下車徒歩3分に立地。敷地面積約2万1,850平方メートル、延床面積約3万7,302平方メートル、鉄筋コンクリート造地上12階建て。敷地の約4割が民有緑地となる。

 かつては薪の生産場として重宝されていたが、石油・ガス等のエネルギー革新を経て、徐々にその必要性も薄れ、人の手が入らず荒れていった。1999年、町田市が民間での維持・保全を進めるべく民有緑地に指定。2013年に小田急不動産が同土地を取得し、19年に建築工事に着工した。

 着工までに時間を要した背景には、民有緑地の厳しい土地利用規制がある。民有緑地は「凍結的」な保全が前提で、建築行為、樹木の伐採等が制限され、実質的に何も手を施すことができない。しかし同社は、この緑地を再整備することが自然環境の保全、ひいては新たなライフスタイルの提案につながると考えた。まずは現況を確認しようと、18年、環境コンサルティング等を手掛ける(株)プレック研究所に協力を仰ぎ、全域の環境調査を実施した。

従前の民有緑地の様子。常緑樹が鬱蒼と茂り、気軽に人が出入りできるような状態ではなかった<提供:小田急不動産(株)>

 緑地内は長年放置されたことで、陽当たりを好む落葉樹から日影でも育つ常緑樹への遷移が進行。足元はアズマネザサの藪で覆われていた。一方で、陽光が差し込む林床には、環境省レッドリストに含まれるキンランや、東京都準絶滅危惧種のアオゲラ等の希少な生物を発見。この土地特有の生物多様性を取り戻すには、常緑樹の伐採が必要だと分かった。「1年以上にわたる町田市との協議の末、環境教育、啓発活動の場としての活用、住民主体による維持保全などを条件に、市内で初めて整備が許可されました」(川瀬氏)。

「お手入れガイドブック」を配布し、参加意識を醸成

林床まで陽が届くようになった頂上付近<提供:小田急不動産(株)>

 プレック研究所を始めとする専門家の指揮の下、全域にわたり下草刈りを実施。スギ、ヒサカキ、シラカシ等の常緑樹を伐採し、約1,100本あった樹木を約5割削減、落葉樹の森に適した環境を整えた。中には全長20mほどの樹木もあり、伐採することで他の樹木を傷付けてしまう場合はあえて残すなど、取捨選択には細心の注意を払ったという。

さとやまの森のマップ。森全体を見渡せる尾根の「みんなの広場」、急峻な斜面を楽しめる「冒険の谷」など、さまざまな場所を用意している<提供:小田急不動産(株)>

 さとやまの森は、日常的に利用できる「開放エリア」と、イベント時のみ立ち入りが可能な「イベントエリア」の2つに分かれる。開放エリアには、ウッドデッキや丸太階段を新設。一部の斜面はウッドチップで舗装することで、最大高低差約15m、全長170mの散策用通路を整備した。対してイベントエリアは、あえて通路等は設けず、急峻な斜面など自然の厳しさ・怖さを体感できるようにしている。里山付近の開けたエリアは「コミュニティテラス」として、伐採樹木をストックできるベンチやマップを設置。20年に全体の整備が完了した。

さとやまの森内の散策用通路。ウッドデッキは宙に浮かせ、地形改変の最小化と小動物の移動に配慮している<提供:小田急不動産(株)>
さとやまの森の入口にはイベントスペースとなる「コミュニティテラス」を設けた<提供:小田急不動産(株)>

 「里山を維持管理する実感がある人・ない人、興味がある人・重荷と捉える人、当然さまざまです。入居後のギャップを生まないように、建物竣工までの約1年間は購入検討者向けの見学・体験会を開催しました」と川瀬氏。敷地南側でマンションの建築工事を進めながら、里山にアクセスできるルートを確保し、随時ユーザーを案内。生き物観察、野遊びといったイベントも開催した結果、多くのユーザーが里山を見学した上で入居を決めたという。

購入検討者を対象とした体験イベントの模様<提供:小田急不動産(株)>

 併せて、同イベントでの出来事、参加者からの声などを基に、里山の維持管理を行なう上での注意点等を記した「お手入れガイドブック」を作成。入居者に配布することで、維持管理に対する意識付けと不安の払拭を図っている。

「お手入れガイドブック」には、下草刈り、ササ刈り、もやかきなど手入れの場面ごとに、その方法と必要な道具を分かりやすく掲載している<提供:小田急不動産(株)>

専門家がノウハウを徹底伝授。3年で「自立」目指す

 さとやまの森の維持管理を担うのは、管理組合の下部組織である有志団体「さとやまクラブ」だ。現在、20人程度の住民が所属しているが、山林の手入れに関する「プロ」はいない。そこで動物のプロ、遊びのプロ、コミュニティ醸成のプロが支援に入り、年間を通じて維持管理のスケジュール、自生する植物の種類や特徴、落ち葉掃きや下草刈りといった実際の作業など、必要な知識・ノウハウを親しみやすく伝授している。

さとやまクラブの活動の模様。有識者が山林の手入れの方法等をレクチャーしている<提供:小田急不動産(株)>

 夏場など雑草が生い茂る時期などは、さとやまクラブのメンバーだけでは手が足りないこともある。「イベント化」することでメンバー以外の住民を巻き込むことも重要だ。そこで、集合住宅のコミュニティ形成を支援する(株)フォーシーカンパニーの主催で、維持管理作業の前後に、コナラへの害虫防除トラップの設置、カブトムシを誘う腐葉土作り、安心安全な遊び場づくりといったワークショップも開催。人員確保につなげると共に、メンバーに対してイベント企画・運営のポイント等を実地で教えているという。

さとやまクラブによるワークショップの模様。里山に自生する植物のネームプレートを作成した<提供:小田急不動産(株)>
樹木の枝にネームプレートをかけ、子供たちの学習や注意喚起に役立てる<提供:小田急不動産(株)>

 「ゆくゆくは、メンバー主体で維持管理のサイクルが回っていくようにしたい」と川瀬氏は言う。「サポート期間は21年6月(引き渡し開始日)から3年間と考えています。この1年でどれだけノウハウを教え込めるかがカギになる。幸いなことに皆さん意欲が高く、近いうちにさとやまクラブのメンバー発案でワークショップを開催するようです」(同氏)。

マンションの共用施設はさとやまの森側に集約。写真はベンチやテーブル等を設けた「フォレストテラス」<提供:小田急不動産(株)>
イベントスペースとしても活用されるキッズスペース。奥の窓からフォレストテラス、さとやまの森が見える<提供:小田急不動産(株)>

全世帯の約1割をさとやまクラブのメンバーに

 一方、持続的な維持管理のためには、さとやまクラブのメンバーを増やしていくことも大切だ。そこで、フォーシーカンパニーが「遊び」に特化したイベントも定期的に開催。さとやまの森に興味・愛着を持つきっかけ作りをしている。

 さとやまの森にあるモノや景色、匂い等を探す「ネイチャービンゴ」のほか、樹木の枝を利用したブランコ作り、段ボールそり体験、夜の昆虫採集など、その内容はさまざま。子育て世帯を中心に平均20~30組程度が参加しており、中には「常連」の家族もいるという。「さとやまクラブのワークショップと開催日を合わせることで、イベント参加者を誘因する工夫も」(同氏)。

樹木の枝を活用したブランコ作りの模様<提供:小田急不動産(株)>
子供も大人も楽しめる段ボールそり体験<提供:小田急不動産(株)>

 また、マンション共用施設を拠点にした、ボードゲーム等のサークル活動も積極的に支援。「住民同士の交流を促すことで、さとやまの森の魅力や維持管理に携わる楽しさ等が口コミで伝わっていくことを期待しています」(同氏)。

 今後もこうした普及活動に力を入れ、自立運営のための目安である「全世帯(総戸数は425戸)の約1割」が、同クラブのメンバーとなることを目指すという。

◇   ◇ ◇

 将来の管理の担い手は現在の子供世代であり、早くから里山への愛着、維持管理への意欲を育てていくことが重要なのはいうまでもない。より長期的な視点で見れば、親から子、子から孫へと、維持管理のノウハウが受け継がれていく仕組みもまた大切だ。今後数十年、さとやまクラブを中心にコミュニティが活発に維持され、里山が自主的に保全され続ければ、全国でも類を見ない例になるだろうし、その意識の高さは物件の真の「付加価値」となるに違いない。(丈)

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