記者の目 / その他

2011/4/4

高齢者の孤立化を防げ!

社会福祉法人とやの福祉会(福島県福島市)の取組み

 3月11日の東北地方太平洋沖地震から3週間余り。いまも行方不明者の捜索や被災者支援、復興に向けた取組みが各地で懸命に行なわれている。  自らも被災しながら、被災者支援にあたっている特別養護老人ホームなどを運営する社会福祉法人とやの福祉会(福島県福島市)の活動もその一つ。震災後の高齢者ケアの重要性も指摘されており、同会の取組み事例を紹介したい。

避難者を受け入れている複合施設「高齢者総合休養村『あづまの郷』」(2010年12月撮影)
避難者を受け入れている複合施設「高齢者総合休養村『あづまの郷』」(2010年12月撮影)
同施設の遠景。福島市内では水道などのインフラが復旧していない地区があるものの(3月30日現在)、同施設には地下水タンクを備えているため、食事や給食を欠かさず配膳できている(同)
同施設の遠景。福島市内では水道などのインフラが復旧していない地区があるものの(3月30日現在)、同施設には地下水タンクを備えているため、食事や給食を欠かさず配膳できている(同)
同会が改修する予定の廃旅館。建物の被害はほとんど確認されなかった(写真提供:(社)とやの福祉会)
同会が改修する予定の廃旅館。建物の被害はほとんど確認されなかった(写真提供:(社)とやの福祉会)

地震・津波の被災者、原発退避者 他市町村から続々

 同会は、福島市内で特別養護老人ホームや保育所など15の事業所を運営し、スタッフ約210人が在籍している。2011年7月には、新事業として同市内の飯坂温泉にある廃業旅館の建物を、高齢者専用賃貸住宅(総戸数60戸)と学童保育からなる複合施設「(仮称)いいざか湯の郷」に改修する工事に着手する予定で計画を進めてきた。
 同事業は、国土交通省が募集した高齢者等居住安定化推進事業にも選定されており、介護福祉と宅建事業者等が連携し、衰退しつつある温泉街を地域住民とともに復興させようと動き始めていた。

 そんな矢先に巨大地震が襲ったのである。同会専務理事・根本昭三氏は「本当に巨大な地震でした」と編集部宛に当時の状況を電子メールで伝えてくれた。地震発生時、根本氏は飯坂温泉付近を自動車で走行中、激しい揺れにより車体は横滑りしたという。その後、同事業の計画地に物件の状況確認に向かった。
 
 同会が改修する予定の廃旅館は、福島交通飯坂線「飯坂温泉」駅前にある鉄筋コンクリート造地上7階と8階建ての隣接する2棟。建物の被害はほとんど確認されず、同物件に近接している旅館も目視と聞き込みによれば損傷は確認されなかったという。
 同地区は、福島県中通りに位置しているため津波を免れ、甚大な被害には至らなかった。「着工を目前に控えておりましたので、ひとまずホッとしました」(根本氏)。 

ガソリン不足で帰宅できず スタッフが泊り込みで支援

 建物の被害はなかったものの、同地区周辺には現在、津波の被災者や原発事故に伴う退避者が他市町村から続々と避難してきており、同会もこれまでに70人余りの避難者を受け入れ、対応に追われることとなった。

 避難者の受入れは、同会が運営する特別養護老人ホームを中心とする複合施設「高齢者総合休養村『あづまの郷』」(福島県福島市)で対応している。 
 同施設は、JR「福島」駅から車で約20分、住宅と田畑に囲まれた地域に立地する平屋建て(敷地面積14,578平方メートル、延べ床面積6,056平方メートル)。短期入所生活介護施設 、デイサービスセンター、福島市信夫地域包括支援センター、指定居宅介護支援事業所、ヘルパーステーション、軽費老人ホーム・ケアハウスも併設している。

 避難者が最も多かった3月下旬には、デイサービスとショートステイを中止して受け入れにあたり、定員130人を超える165人が寝泊り。避難者支援にあたっては、同施設だけでなく、近隣で同会が運営している保育園のスタッフも加わった。
 スタッフの通勤や同施設利用者の送迎に使う自動車のガソリン不足して、スタッフは帰宅もままならず、泊り込みで対応。疲労の限界も近く、「疲労困憊し、みなヘトヘト」(根本氏)だったという。

高齢者を孤立させない 地域での情報共有を指摘

 当時の避難者の内訳は、原発事故による退避者25人、津波や地震の被災者10人で、そのうち家屋を津波に流されて帰るところを失った被災者が6人。また、避難者には要介護者(16人)、障害者(6人)、病院からの転送患者(2人)も含まれていた。避難者の平均年齢は70歳代後半で、最高齢者は97歳だ(2011年3月25日時点)。
 阪神・淡路大震災では独居高齢者の引きこもりや孤独死、自殺などが相次ぎ、特に高齢者のケアが欠かせないことが指摘された。同会でも、「避難者から2次被害を出さないように心がけている」(根本氏)。
 また、同会では避難者の詳細な『避難者等受入名簿』を作成し、福島県や福島市に提供。認知症、精神疾患などのために身元不明となっていた避難者が家族と対面できた例もあるという。

 ただ、災害時に支援が必要な高齢者に対する地域全体での対応には課題もあるという。高齢者情報を掌握しきれていないことだ。
 同会の福島市信夫地域包括支援センターが受け持つエリアの高齢者は4,886人(10年10月22日現在)を超えるが、同センターが把握しているのはそのうち約630人。個人情報保護の観点から情報の取り扱いが慎重になっているため、行政と民生委員が保有する情報を共有できていないことが震災時の救援支援のネックとなっていると同会は指摘する。

 こうした要援護者の情報がないという課題は、従来から懸案事項として議論されており、同センター、行政、民生委員の3者での情報共有の必要性を訴えている。
 個人情報の保護と情報共有をいかに両立させるか、高齢者を孤立させないためにも早急な対応が求められそうだ。

高齢者専用賃貸住宅事業を 震災復興の象徴に

 同会は今後、被災者支援と平行して、冒頭に述べた廃業旅館を多世代交流型高齢者専用賃貸住宅「(仮称)いいざか湯の郷」とする事業を進めていく。今回の大震災に対応するため、新たに建物やサービスの仕様をバージョンアップさせた事業を国交省に申請することも検討しているという。震災復興と高齢者支援は切り離せないからだ。根本氏は、「震災復興のシンボリックな取組みとして事業を完遂させます」と決意を新たにし、逆境をバネに自らを奮い立たせている。
 当初の目的であった温泉街の復興と高齢者支援に加え、コミュニティ全体で助け合う、震災からの復興の象徴としたい考えだ。

 また、同会では、同事業とは別に高齢者住宅と障害者授産施設、子育て支援施設からなる多機能多世代複合施設の事業化も同エリアで計画。復興支援とあいまって、事業計画にも弾みがついたという。
 根本氏は、震災復興支援にあたる同会スタッフや地域住民が結束している姿を見て、「日本人が本来もっていた共生のDNAを目覚めさせ、日本再生のキッカケとなるものと確信しています」と述べる。
 これら事業の今後の動向に注目したい。(M)

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【関連記事】
月刊不動産流通2011年3月号・編集部レポート「検証 高齢者住宅 ~市場拡大の条件は(後編) 」

【関連ニュース】
平成22年度第1回高齢者等居住安定化推進事業を選定/国交省(2010/6/25)

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