海外トピックス

vol.225 ラグディール (その2) ~建築家ハワード・ショウが築いた理想郷

ラグディールハウスの全景。雪に埋もれているが、春から庭には花が咲き乱れ、窓にも花が飾られてすべてがカラフルになる(イリノイ州レイクフォレスト市)
ラグディールハウスの全景。雪に埋もれているが、春から庭には花が咲き乱れ、窓にも花が飾られてすべてがカラフルになる(イリノイ州レイクフォレスト市)
ラグディールハウスの屋根の上にはマックス・カーン(Max Kahn)による風見  『PEGASUS』が風格を添えている
ラグディールハウスの屋根の上にはマックス・カーン(Max Kahn)による風見  『PEGASUS』が風格を添えている
ラグディールハウスの内部。丁寧に修復されたが、ほとんどは当時の工芸品であり、アーツ&クラフツ様式がそのまま再現されている
ラグディールハウスの内部。丁寧に修復されたが、ほとんどは当時の工芸品であり、アーツ&クラフツ様式がそのまま再現されている
二人の孫達とラグディール邸内のベンチに座るハワード・ショウ(写真提供:The Ragdale Foundation)
二人の孫達とラグディール邸内のベンチに座るハワード・ショウ(写真提供:The Ragdale Foundation)
ポニーに帽子をかぶせ、干し草を運んで遊ぶ子供達(写真提供:The Ragdale Foundation)
ポニーに帽子をかぶせ、干し草を運んで遊ぶ子供達(写真提供:The Ragdale Foundation)
ハワードの母親(Sarah Van Doren Shaw)は画家で、夏にはいつもラグティールで絵を描いた(写真提供:The Ragdale Foundation)
ハワードの母親(Sarah Van Doren Shaw)は画家で、夏にはいつもラグティールで絵を描いた(写真提供:The Ragdale Foundation)

ハワード・ショウ(Howard Van Doren Shaw, 1836-1906)は、フランク・ ロイド・ライトをはじめとするプレイリースクールの建築家達とも親交が深く、ルイス・サリバン、リカルド・シュミットなど著名な建築家達と共に切磋琢磨し、300に余る建築設計を残した。その中でもラグディールハウスはハワード・ショウの思想の中心であったアーツ&クラフツ様式を思い通りに具現化した傑作と言えよう。アーツ&クラフツ運動は、イギリスで産業革命後大量生産されるようになった工業製品に対して、職人による丁寧な手仕事を再発見しようとした啓蒙運動である。
さて、アメリカ各地で石油や電力を中心とした産業が興り始め、工業力がぐんぐん向上し英国を抜いて世界一となった頃…、19世紀後半のシカゴはすでに大量の移民で膨れ上がる大都市であった。自動車は世界各地で試作され始めた胎動期、30年後にはフォードが大量生産開始し、自動車産業が花開き、アメリカはさらに豊潤な時代へ突入していくのだ。そのような豊かなシカゴの町でハワードは建築家として成功をおさめていく。日本は明治の後半で日清戦争の頃(1894年―95年)であった。

アメリカの成長期、建築家としての名声を築いたハワード

ハワードはアメリカ南北戦争が終わって間もない頃の1869年、シカゴに生まれた。父は衣類業を大規模に扱う商人、母は当時としては珍しい画家であり、一人っ子のハワードは経済的にも思想的にも潤沢な家庭でのびのびと成長した。イェール大学終了後、マサチューセッツ工科大学で建築の学位を取得。その後ヨーロッパ各地を外遊し、あちこちの建築をスケッチしつつ1年半後にシカゴにもどり、結婚。年若い建築家として地盤を築いてゆく。当時は、財閥が数多く出現し、輝かしい時代への幕開けの頃で、建築設計の需要は増える一方の良い時代であった。ハワードは死後、1927年に、建築家として最も名誉である AIA (American Institute of Architects) によるゴールドメダルを授与されている。

子供たちのために、田園地帯にカントリーハウスを建築

生前、急激な都市化により引き起こされるさまざまな悪影響を心配したハワードは、3人の小さな娘達を市から離れた田舎で育てようと決心し、その結果、彼の理想とする英国風のアーツ&クラフツ様式のカントリーハウスを1897年に造り上げ、家族は大半の時間をここで過ごすようになる。 レイクフォレスト市はシカゴ市からミシガン湖に沿ってはるか北にあり、現在は高速道路で1時間ちょっとのドライブだが、当時は牧草地と森林が広がり農家が点在する田園地帯であった。まだ自動車はなく、馬車では一日がかりの旅であったが、鉄道はシカゴを中心にすでに縦横に敷かれており、幸いレイクフォレストにも停車したので、ハワードがシカゴの設計事務所と行き来するには便利な場所であった。

天然素材のみ使用、すべてが職人手作りの「理想の家」

ラグディールハウスは当初彼の両親とまだ小さい子供達の夏の家として設計されたのだが、子供達は一年の半分はラグディールで過ごしたそうだ。彼はこの新しい田舎家を“ラグディール” と名付け、格式張らず暖かく 居心地のよい家で、しかも周囲にはリンゴ果樹園やヒッコリーの林や牧草地に無理なく馴染むような英国風カントリーハウスを思い描いた。 ちなみに100年前、農家と納屋を含む53エーカーのラグディールは90万円程度だったそう。しかし、コテージを建て直したり思い通りに仕上げるのにほぼ同じ位の金額がかかったというから、「さりげない田舎のコテージ風」とは言っても、入念に設計されつくされたに違いない。当時盛んになりつつあった新建材の鋼鉄は一切使わず、天然素材のみを使用、すべての家具や室内装飾の小物に至るまで、熟練した職人による手作りであった。 図書館や音楽室、学習室も設け、さまざまな時代や様式なども折衷した面白く楽しい田舎家となり、さらに広い邸内には屋外の劇場も建てて劇の企画から上演まで家族で楽しんだという。

藝術的で、自由な精神が漂う“ラグディール”

ハワードの家族には、もともと芸術家の素質を持ち合わせていたのか、あるいはラグディールという環境のせいか、興味深い人々が多く輩出している。ハワードの母は画家で旅行家。妻フランセスは詩人で小説家で旅行家。長女の夫はシカゴトリビューン新聞の漫画家、旅行家、探検家。ハワードの次女シルビアは彫刻家で誰よりも長くラグディールに住んだ。三女のセオドラは旅行家で織工芸家で夫は建築家。シルビアの娘、つまりハワードの孫のアリスは彫刻家で、1976年にラグディールファウンデーションを設立。ディレクターとして長期間ラグディールに住みつつラグディール全体を保存するためにレイクフォレスト市と折衝したりファウンデーションのために貢献した。 このような芸術的で冒険気質に富む自由な精神が100年以上もの間継続してきているラグディールは、アーティストインレジデンス達はもちろん、見学者達にとっても創造のためのインスピレーションを与えるに違いない。実際、わくわくする楽しい精神がそこここに漂っているのをはっきりと感じる。


参考資料
Alice Hayes, Susan Moon. Ragdale: A History and Guide. U.S.A. Open Books
1990

ラグディール http://www.ragdale.org/

Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

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