記者の目 / 開発・分譲

2018/9/11

過疎化進む海辺に誕生したコワーキングスペース

需要は都会にのみあるわけではない

 働き方改革の推進に伴い、コワーキングスペースの提供やサテライトオフィスの設置が活発化しているが、それらの多くは都心部や地方中核都市で供給されている。
 2月にオープンしたコワーキングスペース「ミナミマリンラボ」は、徳島県徳島市美波町という漁師町にオープンした。高齢化率約45%の過疎のまちに、なぜコワーキングスペースが誕生したのか?
 同オフィスのプロデュースを担当した、オフィス仲介や移転コンサルなどを手掛ける(株)ヒトカラメディア(東京都渋谷区、代表取締役:高井 淳一郎氏)を取材した。

◆サテライトオフィス設置が縁でプロジェクトに参加

 ヒトカラメディアは、2013年の創業。ベンチャーをはじめとするスタートアップ企業をメインのクライアントに、オフィス仲介事業を手掛けている。オフィス設置や移転を希望するクライアント企業の経営戦略に沿った物件の選定や工事、オフィスに求める狙いや効果、望む働き方を実現するためのアドバイスなどまで含めたコンサルを伴う仲介を得意としている。資金に乏しいスタートアップ企業のために、居抜き物件の仲介も数多く手掛けてきた。

 そんな同社がなぜ、徳島市内から車で1時間以上かかる、人口約7,000人のまち「美波町」のコワーキングスペースのプロジェクトに参画することになったのか。

美波町は徳島市内から1時間超の海沿いにあるまち

 同社のクライアントの中に、ITセキュリティを手掛けるサイファー・テック(株)という企業がある。同社代表取締役の吉田基晴氏は、美波町の出身。都内のオフィスに加えて2012年に美波町にサテライトオフィスを開設、趣味や暮らしと仕事を両立させる働き方を会社として進めてきた。

 その吉田氏に、「美波町は良いところだからぜひ遊びに来ないか」との誘いを受けた高井氏。同氏はその誘いに応じ飛行機で徳島に飛び、1泊2日で美波町を案内してもらったところ、自然の豊さ、人の温かさなどに感動。即刻、同社のサテライトオフィスの設置を決めたという。

 「正直なところ『進出したら何か起こりそう』程度の直感が大きかった。そもそも当社では創業以来、新しい働き方や暮らし方を検討・実現させてきており、“東京でないとだめ”“徳島ではだめ”という考え自体がまったくなかった」(同氏)。2015年に美波町にサテライトオフィスを設置し、以来、社員がリモートワークをしたりワーケーション(work+vacationの造語。旅行しながら仕事をするといった働き方を指す)実践の場としたりしている。

 実は美波町は、テレビの地デジ化の時にケーブルテレビ網が敷設され、合わせて光ファイバー網も整備。ブロード環境は十分に整備されており、東京から遠く離れた“田舎町”であっても、パソコンで仕事ができる環境は整っている。そして徳島県では県を挙げて企業誘致を積極的に進めており、IT系ベンチャーを中心に美波町、そしてマスコミでもよく取り上げられる神山町にサテライトオフィスを開設する動きが活発化。美波町には2017年末現在で17社がサテライトオフィスを進出し、移住者は実に30人超。人口減少が課題だった同町では転入超過を達成した。

◆ワーカーの、そして住民のためのコワーキングスペース

 ミナミマリンラボに話を戻そう。サテライトオフィスのワーカーは順調に増えていったが、「進出企業同士のつながりがなかなかできない」「集えるような場所もない」といった声が聞かれるようになった。

 そこで、美波町にある、徳島県立の「水産総合研究所」の新棟建設に伴い既存の研究所建物内に発生した空きスペースを、「町が借り上げて同町に進出する企業のためのコワーキングスペースにしよう」と、町主導で進められたプロジェクト。それが「ミナミマリンラボ」だ。

 事業立案や内装構築などのプランニングは、ヒトカラメディアがこれまでの実績・経験を生かして進めていった。プランを立てるにあたっては、ユーザーの求めるものを創り出すことが大切であると、町役場の担当者、すでに美波町にサテライトオフィスを設けている企業や進出を検討する企業、住民、学生などを対象に、美波町でしたいこと、ミナミマリンラボでやりたいこと、今回のコワーキングスペースに欲しい機能などの意見を、ワークショップなどを開催して集約していった。

企業、住民、学生などに参加してもらいワークショップを開催し、どのような施設にしたいかを詰めていった

 「起業を目指す若者が集まれる場所」「美味しいコーヒーが飲める場所」「地元の人や子供も来られる場所」などさまざまな意見が出された。都心のコワーキングのニーズとは大きく異なる。しかしこの場所のコワーキングのニーズは間違いなくそれらである、ということで、そうした希望を具体化するプランを固めていった。

 そうして作り上げられ、2018年2月にオープンしたのが、コワーキングスペース「ミナミマリンラボ」なのである。

◆ゆくゆくはワーカー同士がつながり新規事業創出にも期待

 「ミナミマリンラボ」は面積約175平方メートル。35席の作業ルーム、20席のリフレッシュルーム、8席の会議ルームなどで構成されている。

施設概要

 作業ルームは、4人掛け、集中作業テーブル、立ち作業台など、ニーズに応じて使えるワークスペースを用意。壁面に施したデコレーションは、同社社員がDIYで行なっていったもの。クリップボードを貼り付け進出企業のワーカーが情報発信・交換したりできるように設けた掲示板スペースも、手作りで仕上げている。なおこのスペースはテーブルのセッティング次第で、ミーティングやワークショップ、映画鑑賞などにも利用できる。

作業ルーム
ミーティングやワークショップ、映画鑑賞にも活用可能

 リフレッシュルームは、ワーカーのみならず地域に暮らす人の息抜きの場所となるよう設けられた。コーヒーメーカーが設置され、美味しいコーヒーを100円で飲むことができる。茶話会など日頃使いできるほか、記者発表などのプレゼンテーションの場としても使えるという。

リフレッシュルームにはコーヒーマシンを用意

 会議ルームは、8人ほどの会議に適した部屋。また壁には本棚が設置され、進出企業をはじめとする各所から寄贈された図書が置かれ、自由に閲覧することができる。

窓の外は海…。潮騒を聞きながら仕事ができる環境が提供されている

 オープンから5ヵ月ほどが経過し、ミナミマリンラボはまちの施設として周知され、利用も進んでいるという。高井氏は、「この場を使いワーカー同士、ワーカーと住民、住民と住民がつながる場としては稼働し始めていると認識しています。ゆくゆくは異なる企業のワーカー同士が組んで新規事業創出を実現できたら」と語っている。ここを基点に新規ビジネスが誕生する日は、案外近いのかもしれない。

◆◆◆

 行政の取り組みと言えば、かつては「箱物行政」と言われたように、建物を建てたらおしまい、その後は…というケースが多かったのは、読者の皆さんもご存知のとおり。今回は、行政主導でありながら既存の建物をユーザーニーズに合わせて仕立てている点で画期的な取り組みといえるのではなかろうか。
 なお、高井氏は、「企業がビジネスを進めて行く中でオフィスでやりたいこと・すべきことを突き詰めていくと、実は『東京でなくてもいい』『東京である必要はない』ということに気づく」と述べている。地方創生が政策における大きなテーマにもなっている現在、おもしろいことが起こるのはむしろ地方でなのもしれない…と期待の持てた取材であった。(NO)

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