キーワードは「対話」「信頼関係」「センス」
入居者自身が内装を自由に造作できる「DIY賃貸」が話題になって久しいが、オーナーや管理会社の手間が増える、再賃貸時の商品性などの理由から、思ったほどの普及を見せてはいない。そうした中、「ようやく(DIY賃貸が)かたちになってきた」と話すのが、岩崎興業地所(株)(横浜市鶴見区)で賃貸営業全般を担当する岩崎 祐一郎氏。同社が試行錯誤の末たどり着いたDIY賃貸普及のキーワードは何か?。同氏の自信が確信に変わったDIYユーザーとの出会いと、DIY中の賃貸住宅からひも解きたい。
DIY普及最大の課題は「再賃貸」
同社は、自社所有物件の多くが築30年を超えてきた2012年から、競争力強化のため空室物件のリノベーションと同時に、全戸をDIY可能とした。空室をスケルトン化して、素人施工が危険な水回りや電気工事だけは事前に同社が行ない、工事内容の事前許可を前提に、入居時からDIYできる住戸として提供。DIY中の住戸の様子をSNSで発信するなど、楽しさをアピール。これまで、4戸を入居者DIY前提で賃貸してきた。
同社がDIY賃貸を手掛けてから、最大の課題としてきたのが、DIYされた住戸の「再賃貸」だ。DIY賃貸は原状回復を免除するという賃貸形態であるため、前入居者のDIYが少なからず残った状態で入居者を募集することになる。「入居希望者が見て、DIYに魅力を感じてもらえるようなDIYをしてもらわないと困る。DIY賃貸をうまく回転させるには、入居者、希望者ともに、“センス”が問われるのです」(岩崎氏)。
そこで同社では、入居希望者との「信頼関係」を重視。しっかりと信頼関係を築いたうえで、入居者がどのようなDIYをしたいのか、施工レベルはどの程度のものなのか、同氏が専属担当となり、徹底的に「対話」することで、「センスが良く、DIY意識の高い入居者」を選別できるよう努力してきた。当然、条件は厳しくなる。そのため、DIY賃貸の「打率」は低く、DIY専門サイトの問い合わせやリノベ住戸の入居希望者からDIY志向のユーザーを見極め薦めても、最終的にDIYで契約できるのは、案内数の1割前後にとどまるという。
だが、そうした苦労の甲斐あって、「退去後(出口)を見据えた、センスあるDIYをしてくれる入居者の選定」ができるようになってきたという。では、同社の管理物件で現在進行中のDIY賃貸を紹介したい。
「立地」に勝るDIY賃貸の魅力
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現在、同社のDIY賃貸住宅に入居する白井さんは、壁紙ショップに勤める26歳。8年前の上京以来の賃貸暮らし。これまでも、壁紙のデコレーションなど軽いDIYを楽しんできたが、本格的なDIYにあこがれて、18年に入ってからパートナー(+猫1匹)と住めるDIY賃貸を探していたところ、専門サイトを通じ、同社の物件(横浜市鶴見区)を知ったという。
「以前の住戸は目黒区のワンルーム。今の部屋は、53平方メートルの『ワンルーム』をDIYできるということに、なにより魅力に感じました。都心(職場)から離れることや、バス便(東急東横線「綱島」駅)であることはまるで気になりませんでした」(白井氏)
「案内しながら、これまでのデコレーション事例を教えていただいたのですが、過去のDIY賃貸入居者と比べても群を抜くセンスで、この人ならば!という気持ちでした」(岩崎氏)
最初は、前入居者の造作が残っていたDIY済み住戸が目当てだったが、階下の空き室(3DK)が、ちょうど内装を解体中だった。そこで、ゼロからDIYをスタートできるその住戸を選んだ。水回りの位置だけ決め、照明配線など最低限の造作は同社が実施。あとはスケルトン状態で、3月に白井氏へ引き渡した。
「もともと手を動かすのが好きですが、最初に部屋に入った時は、さすがに『自分達でどこまでできるだろうか』と不安になりましたね」(白井氏)
大工仕事のプロではないが、そこは岩崎氏も折り紙付きのセンスとモチベーションの持ち主である。週2日の休みを利用して、住みながらコツコツとDIYを進めた。
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「朝起きて、DIYショップへ材料を買いに行き、あとは1日黙々と作業。すべてが楽しくて、すべてが大変(笑)。終わった後、近くの河原でビールを飲みながらくつろぐのが最高です」(同氏)。
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これまで手がけたDIYは「床のモルタル塗り」「壁の塗装」「キッチン・洗面・トイレ床張り」「トイレ扉デコレーション」に加え、「パソコンデスク」「TVラック」「テーブル」「洗面・トイレ床張り」「カーテン」「ベッド」「クローゼット」「玄関収納」などを手作り。キッチンは、トップとシンクだけだったため、自分好みの収納を自作。トイレ扉は、はがせるクロスを使い、季節ごとの変化を楽しむ。
白眉は、キッチン床に敷き詰められた杉板だ。長方形の杉板をそのまま貼り込むのではなく、わざわざひし形に切ってから3枚を組み合わせ、六角形にして貼っている。まるまる2週末を費やしたというその床は、存在感抜群。岩崎氏がそのセンスに惚れ込んだのも理解できる。
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取材させてもらったのは、入居後3ヵ月時点だったが、住まいとしてそれなりに仕上がっていた。そこまでに費やした材料費はわずか10万円というから驚きだ。無論「達成度は30%」(白井氏)であり、「自分の都合に合わせて、これからもコツコツと仕上げていきたいですね」(同氏)と話す。実際、壁の塗り分けやトイレ扉のクロスは、取材後さらに手が入っているようである。
内装が「売れれば」DIY賃貸は変わる!
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「僕は将来、センスのいいDIY住戸であれば、退去時に内装が“売れる”ようになればいい、と思っています」と岩崎氏は話す。
今のところ「DIY賃貸」の定義は「退去の際の原状回復が免除されること」に集約される。つまり、どんなにセンスのいいDIYでも退去後は「原状回復」されてしまう。事業者にしても、どうせ原状回復しなければいけないのであれば、DIYのような「めんどうくさい貸し方」は敬遠しようということになる。
「だから、センスがいいDIYが重要になる。魅力的な内装であればそのまま住みたいという人は必ず出てくるだろうし、そこから自分好みに手を入れようという良い循環が生まれる。一般の人たちが普通にDIYできる環境、DIYできる賃貸を当たり前にしたいですね」(岩崎氏)。
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岩崎氏がDIY賃貸普及のキーワードに挙げた「対話」や「信頼関係」は、顧客の望む暮らしの提供のため、不動産仲介会社すべてが意識すべき素養であり、たまたまゴールがDIY賃貸というだけだったということである。事業者や行政がもっとユーザーオリエンテッドで商慣習を考えていけば、賃貸暮らしはもっともっと面白くなるだろう。(J)