記者の目 / 開発・分譲

2020/2/3

解体前ビルをフル活用したアート展

 建て替え予定のビルを解体するまでの約半年、無償で若手アーティストに開放して作品展示などをしてもらうプロジェクト「CANBIRTH(キャンバス)」が、1月15日から始まった。企画したのは都内でビルを複数保有する髙木ビル(東京都港区、代表取締役社長:髙木秀邦氏)。銀座というまちにこれまで縁のなかった若手アーティストを呼び込むことで、まちの多様性を育み、銀座に新たな価値を創出しようという試みだ。

◆テナントが予定通り退去、解体着工まで半年

現在の「銀座髙木ビル」(旧「有賀写真館ビル」)

 このプロジェクトの舞台は、旧「有賀写真館ビル」(東京都中央区、現「銀座髙木ビル」)。1966年竣工の同ビルは、東京メトロ「銀座」駅より徒歩3分、JR等「新橋」駅より徒歩5分の外堀通り沿いという好立地。敷地面積は154.01平方メートル、地上8階地下1階建てで、延床面積は1,160.01平方メートル。竣工時より長年にわたり写真館が保有していたもので、内部には写真館の店舗・事務所、撮影スタジオや着物の着付けスペース、暗室などがあった。数年前に写真館を廃業してからはいくつかのテナントが入っていたものの、設備の劣化や耐震性の不足などが問題であった。2018年に同社が取得し、耐震改修も難しかったことから、建て替えを決断した。

 当初、テナント退去が遅れることも考慮して、2020年6月からの解体スタートとしてスケジュールを組んでいた。しかしテナント退去は当初の予定通り19年10月に完了。「これだけの立地と歴史のあるビル。解体までの約半年間、遊ばせておくのはもったいないし、ただ解体するだけでは寂しい。何かできないかと考えました」(髙木氏)。

◆「ビルで自由に表現してもらおう!」

 そこで発案したのが、駆け出しの若手アーティストを呼び、自由に表現してもらう場としてビルを活用してもらうこと。同社が展開するベンチャー支援「BIRTH」プロジェクトなどから賛同者を集め、「CANBIRTH」プロジェクトを立ち上げ、クラウドファンディングで運営資金を集めた。

 プロジェクトの運営チームがアーティストに呼び掛け、無償で月単位の利用契約を結んだ。「表現の場として、スペースを大まかに割り当てただけ。躯体を壊さないかぎり、あとは作品展示をするのも、壁や窓ガラスに直接絵を描くのもすべて自由としました」(同氏)。現在、約60人のアーティストと契約を結んでおり、これから増える可能性もあるという。

 「銀座で『アート』といえば、画廊ですでに名の知れた芸術家の作品が扱われるというイメージで、駆け出しのアーティストが作品を展示するというイメージは少ない。春休み期間には幼稚園児や小学生によるキッズアートの展示も行なう予定です。こうした取り組みを通じて、銀座というまちにさらなる多様性を広げていきたい」(同氏)。

ほぼ全館でアート作品を展示。絵画や映像アートなど、ジャンルもさまざまだ

◆館内全部を使ったアート展示

 館内は、単にアートを展示するだけでなく、作品の販売フロア、イベントスペース等も用意した。3階は元撮影スタジオで、撮影用のカメラや、グランドピアノなどの背景に用いる機材、小道具・大道具などが置かれており、現在はそうした設備を生かしたアート作品や、映像アートを展示する場となっている。「元撮影スタジオだけに、天井高がほかのフロアと比べて非常に高い。その意味でもアート表現の場としてふさわしい」(同氏)。

エレベーターのドアに描かれたアート
壁に設置されていた内線電話も壁画の一部になった

 アートの展示は、フロアだけでなく、非常階段やエレベーター、連絡用の内線電話など、「ビルのすべて」でできる。「まだ使われているのは一部のみですが、これから5月の開催最終日に向けて、非常階段などを表現の場にするアーティストも出てくると期待しています。アーティストとは1ヵ月契約ですが、従前のアーティストが描いた壁画に、次に利用するアーティストが加筆するのも自由。私も、最終形がどうなるか想像もできていません。このビルを舞台に、アーティストが生き生きと表現している空間を来場者にリアルタイムに感じ取ってほしい」(同氏)。

◆写真館の面影。周辺商店主の思い出も想起

事務所は写真館だったころのようすをそのまま残している
棚の木材等は解体前に同社で引き取ったり、活用したいという人にリサイクルしてもらう

 全館でアート表現の場としているが、4階の元写真館の作業場・暗室は保存して見学スペースとした。写真館だった当時の資料や、機材、棚、従業員用ロッカー等がそのまま残されている。これらの機材は、「CANBIRTH」終了後に一部同社が引き取ったり、希望者が建材として持ち帰ったり、できる限りリサイクルすることにした。このほか、随所に写真館だった頃の飾り棚や什器、案内板、注意書き等を残しており、来場者も従前の面影を感じることができる。

 CANBIRTHのスタート前に、近隣のビルオーナーや商店主を招いて見学会を行なったところ、参加者からは、「自分の子供の頃にここで写真を撮った」などといった声が多く上がったという。「当社はこのビルが初めての銀座での所有物件。一般的にこうした見学会は竣工後に行なうものですが、この段階で行なったことで、当社の企業紹介にもなりましたし、“銀座”の一員として地域に受け入れていただけたような気がします」(髙木氏)。

◆『誰が』『何を』するかが価値になる

 CANBIRTH開催期間は約4ヵ月間。建築計画を前倒しにすれば、それだけ賃料発生も早まったはず。機会損失はおおむね数千万円に上るだろう。しかし同氏は、「単純に考えたらそうなりますが、これからのビルは立地やスペックの価値だけでなく、その場所で『誰が』『何を』しているかがより重要になっていくと予測しています。だから、建て替え後のビル上層部にコミュニティ施設をつくろうと考えています。このプロジェクトが話題になることで、建て替え後のビルにもいい影響が出てくるはずです」と話す。

建て替え後の「銀座髙木ビル」の完成予想図。上層部は木造のコミュニティ施設とする計画だ

 建て替え後のビルは、2022年に竣工予定。地上12階地下1階建て、延床面積約1,560平方メートルを計画している。1~8階は事務所・店舗で構成し、上層階は地域コミュニティを育成する施設を設ける。「上層部のコミュニティ施設は、木造にする計画です。銀座の上空に人が集まり、コミュニケーションすることで、収益では測れない価値が生まれ、それが銀座という地域のさらなる価値向上にもつながっていけばと考えています」(同氏)。

◆◆◆

 同社は、今年で創業60年の歴史を持ち、本社は港区虎ノ門。銀座から目と鼻の先ではあるが銀座に進出するのは初めて。3代目社長の高木氏は、初代以来の夢でもあった銀座にビルを持つことが叶ったことで、ただ新規に立派なビルを建てるだけではなく、より地域に受け入れられるビルをつくり、永続的なビル経営をしていきたいと考えた。同ビルの前オーナーも、こうした姿勢を評価して同社を譲渡先に選んだという。

 ストック活用の機運の中で、修繕を重ねながら長期にわたって使用し続ける建物は今後も増えていくはず。しかし、いつか限界がきて解体・建て替えする時がくる。そうした時に地域に長く愛されたその建物の歴史を生かすことは、これからより一層重要になっていくだろう。(晋)

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