江戸時代は宿場町、明治時代は外国人向けの避暑地として栄えた長野県北佐久郡軽井沢町。今では日本を代表する高原リゾートである同町に、2024年、創業130周年を迎えたホテルがある。ジョン・レノンや三島 由紀夫…数多くの著名人などに愛されてきた「万平ホテル」(総客室数86室)だ。1894年創業と歴史ある同ホテルだが、老朽化に伴い、また創業130周年という節目に合わせ、森トラスト(株)と(株)万平ホテルが大規模改修および改築工事を実施。2024年10月2日にグランドオープンした。「らしさ」を残しながら、アップデートされた新たな同ホテルの全貌を紹介する。
◆雰囲気変えず、不便さは解消
同ホテルの「顔」である「アルプス館」は1936年に建てられ、2018年に国の登録有形文化財に登録された。改修に当たって、15~17世紀ごろに北ヨーロッパで用いられた、柱や梁といった骨組みがむき出しとなっている「ハーフ・ティンバー」風の外観意匠は継承。壁や屋根の色は当時を忠実に再現して塗り直し、正面玄関の「MAMPEI HOTEL」と書かれた看板や扉、郵便ポストも改修前からの物をそのまま利用している。一方で、以前は階段だった入り口はすべてスロープにし、バリアフリー化を実現。館内にはエレベーターを新設し、不便さの解消を図った。
エントランスは、家具の配置をほぼ変えずに従来の雰囲気を残した。足元の赤色の絨毯は、改修前の物から色を抽出し、当時を再現。ペンダントライトやロビーの椅子、軽井沢彫りのベルデスクなども改修前の物だ。また、暖炉が置いてあったスペースには、デザインを踏襲して新たに作り直した物を配置している。
◆タイプ違う客室も、「らしさ」損なわず
客室は、「アルプス館」「愛宕館」「碓氷館」のそれぞれにタイプの違ったものを用意。
「アルプス館」の客室(全12室)の内装は、できる限り従来のものを踏襲した。ペンダント照明をはじめ、寝室とリビングエリアを仕切るガラス障子、猫足のバスタブ、軽井沢彫りの家具といった和洋折衷なデザインを継承。客室の扉は、デザインをそのままに遮音性を向上させている。そのほかにも、建物全体で断熱性を上げたりセキュリティを向上させたりなど、仕様を更新した。
「愛宕館」は一度取り壊し新築に。ペンダントライトや間仕切りの格子の模様は「アルプス館」でも使用されているものとし、同ホテルの趣を残しつつも、クラシックモダンなホテルとして新たに生まれ変わらせたという。また、「愛宕館」のみ客室(全30室)に塩沢温泉の湯を楽しむことができる内風呂を設けた。
「碓氷館」は、「『アルプス館』の客室の再現」をコンセプトに2001年に増築した。全44室で、一部にはテラス付きの客室を用意。「クラシックタイプ」(13室)は「アルプス館」の雰囲気を感じることができる造りとなっている。
◆「当時のまま」を重要視
「アルプス館」1階のメインダイニングルームも、改修に際して当時の物をそのまま残しつつ、古くなった箇所は補修・更新した。格天井の湾曲部分と照明は1936年の物を使用。他の天井部分は新たに作り直したが、不規則な色の配置は、色合いも含めてほぼ同じ状態に近づけたとのこと。また、テラスを改築。宿泊客が客室以外にくつろげる場所として新たに中庭も整備した。
カフェテラスは、テラス席を拡張したことで73席から102席に。宿泊客以外も利用でき、愛犬の同伴も可能となっている。宿泊客のほか周辺の別荘地に住む人らからの利用も多いバーは、カウンターを広くするなどしたが、雰囲気は当時のままだ。
同ホテルの改修・改築は、創業当時の物を変わらず利用したり、色合いを忠実に再現したり、家具などの配置をそのままにしたりなど、愛され続ける同ホテルの雰囲気を残すことに重きが置かれた。その上で、老朽箇所の補修やバリアフリー化、耐震性・断熱性の向上など、随所にアップデートを施した形だ。同ホテル支配人の西川眞司氏は「クローズ前から毎年ご利用いただいていた方が、リニューアル後、『変わっていなくてよかった』『顔なじみのスタッフもいてくれて安心した』と言ってくださった。こういった言葉が一番うれしい」と語った。
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建物として避けることはできない老朽化への対応と、歴史の継承。これら二つのバランスを取り、かねてのリピーターからも評価されるような再生がうまく行なわれたと言えるのが、今回の「万平ホテル」の事例だろう。
不動産業界でもSDGsが注目されて久しい。建物を建て、老朽化で取り壊し、また新たな建物を建てる。こうした「スクラップ&ビルド」ではなく、良い建物は長く残り、未来に継承されていくような事例を、これからも多く見ていきたい。ディベロッパー各社の取り組みを注視していく。(木)