記者の目

2024/12/23

テナント間で「向こう三軒両隣」

 多彩なジャンルの店舗が集まる商業施設。各店舗は独立しているため、普段テナント同士で交流することはあまりない。そうした中、テナント同士や周辺の近隣企業をつなぐ「お隣り同士の交流会」として、「Meet The Neighbors!」というイベントを開催しているのが、いちご(株)(東京都千代田区、代表執行役社長:長谷川 拓磨氏)。JREIT、インフラファンド運用等のアセットマネジメントや、現存不動産に新しい価値を創造する事業を手掛ける同社が、なぜそのようなイベントを行なっているのだろうか。

◆有事の際に備え、「顔見知りになっておきたい」

 きっかけは、いちご地所(株)(東京都千代田区、代表取締役社長:細野康英氏)が運用する商業ビル「いちごフィエスタ渋谷」(東京都渋谷区)内に入居するテナントからの一言だった。

 「2011年3月11日に発生した東日本大震災の際に、地震の揺れで商品が倒れて大変だったんです。そのとき、他のテナントは大丈夫だろうかと心配したのですが、一度も話をしたことがなく、どんな人が働いているのかも分からず、不安が募るばかりでした。有事の際に備え、同じビル内のテナント同士、ある程度顔見知りになっておきたい」。

 この考えに、細野氏は深く共感したという。災害発生時においては、近隣との助け合いが不可欠であり、ビル内のコミュニティ形成は、重要なテナントサービスの一つであると考えたのだ。

 そこで、「いちごフィエスタ渋谷」を含め、渋谷エリアで保有・運用する他の2物件と連携し、23年5月に第1回目となる「Meet The Neighbors!」を、家具メーカーのハーマンミラージャパン(株)と共同開催した。
 同イベントでは“防災”の意識を高めてもらいたいと、「AED講習会」を実施。その後、抽選会や会場限定の特別販売会を行なうなど、食事やスイーツを楽しみながらテナント同士が交流したという。ちなみに、抽選会や特別販売の商品は参加テナントが供出したもので、料理やスイーツ、シャンパンなどの飲み物はいちごが用意した。

 イベント終了後、細野氏は「当日は多くのテナント様に参加していただき、とてもエキサイティングなイベントとなりました。イベントのネーミングに込めた“お隣りさんとつながる”ことは、災害時のみならず、平時においてもとても大切なこと。これからもこのような取り組みを進めていきたい」とコメントしている。

◆目指すは“コミュニティ創出”と“防災意識の向上”

 その言葉通り、その後、門前仲町、お台場、赤坂の保有ビルで同イベントを開催。記者は、5回目となる「Meet The Neighbors!」(11月14日開催)を取材した。

 場所は、大規模オフィスビル「トレードピアお台場」(東京都港区)。第3回目と同じ会場だ。同ビルはコロナ禍で、一時テナントが半減したことがあったが、現在は9割程度までの回復が見えており、新しいテナントにコミュニティ創出と防災意識の向上を目指したイベントの周知を図ろうと、同ビルでの開催に至ったという。

 「お台場は、ハザードマップにかかっておらず、相対的に安全なまちだと思われますが、未曽有の大規模災害等が発生した場合等に備え、日頃から近隣施設とのコミュニティを構築しておくことや、防災意識を高めておくことは重要です。このビルには備蓄倉庫に合計1万5,000食分の非常食を含む備蓄品を備えていますが、そのことを知らない人も少なくありません。そこで前回のイベントでは、約300名の参加者とともに備蓄倉庫を回ってどこに何があるのかを確認するツアーも行ないました」(細野氏)。

「Meet The Neighbors!」第5回をお台場で開催。全館で避難訓練を実施。約460名が参加した
震度6以上の地震を体感できる起震車には多くの人が関心を示していた

 東京消防庁の協力を仰ぎ、10時から全館で実施した避難訓練には約460名が参加。そのほか、起震車による地震体験や消火活動の実演なども行なった。
 12時からは、同ビルのテナントであるスパイスファクトリー(株)が主催の「100万人のクラシックライブ」をエントランスで開催。ヴァイオリンとピアノ奏者が、「真田丸」「荒城の月」などの音楽を、ビジネスパーソンや地域の人たちに届けた。お弁当を食べながら、そしてクラシックの調べに足を止めた人たちが、それぞれに昼のひと時を楽しんでいた。
 「業種の垣根を超えた連携を通じて地域のつながりを生み出すこのイベントの趣旨に、われわれも心から賛同しています。今後も地域コミュニティの活性化の一助となれれば」(スパイスファクトリー代表取締役CEO・高木 広之介氏)。

エントランスで開催された「100万人のクラシックライブ」。ヴァイオリンとピアノの調べに足を止めた人たちが昼のひと時を楽しんだ
予選を勝ち残ったテナントがトーナメント形式で対戦した「HADO(エナジーボールを放って対戦するアクティビティ)の様子

 15時からは救命講習が行なわれ、18時からはいよいよ交流会がスタート。ビルの入居テナント専用カフェを会場に、食事やドリンク、デザートなどが提供された。ビル内のテナントや近隣企業17社の協賛のもと、別会場では豪華景品が当たる抽選会や、ARを活用したゲーム大会を開催。懇親会を通じ、参加した約350名が楽しい時間を共有し、“お隣り”同士で親睦を深め合っていたようだ。参加したテナント同士で新しいビジネスを展開させることも過去にはあったという。

ビルの入居テナント専用カフェ「Bay Village Cafe」で交流会がスタート。
提供された食事やデザート

◆脱“ビジネスライク”な関係性

 これまで5回のイベントを開催してきた同社。その成果について、細野氏は「いざ地震が発生した際、われわれはすぐに現地に駆け付けることができません。一時的に“自助”“共助”で乗り切っていただくしかないのです。イベントの開催後は、テナントのスタッフ同士がエレベーター内で声掛けや挨拶などを交わす姿を目にすることが増えました」と話す。

 また、同社とテナント間にも新たな関係性が生まれてきているようだ。これまでもテナントとは密接なコミュニケーションを取るよう努めていたが、リアルに顔を合わせる機会が増えたことにより、従前以上に「ビル内にこんなものがあったらいい」「ここを変えてほしい」といった要望が気軽に寄せられるようになったという。

◇   ◇ ◇

 東日本大震災を経て「コミュニティ」の重要性がクローズアップされるようになった昨今。多くの商業施設でも「Meet The Neighbors!」のような取り組みが行なわれ、テナント同士の良好なコミュニティを築くことができれば、いざというときに自然と助け合える関係になれる。

 有事の際、自分がどの場所でその危機を迎えるのかを知ることはできないが、災害に対する正しい知識を持ち合わせ、普段から会社や地域などでいい関係性を構築しておくことが大切だと、この取材を通してあらためて思った。(I)

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