記者の目 / 仲介・管理

2009/4/15

「素人女性」が魅せるリノベーション

吉原住宅の新たな挑戦

 建物に新たな息吹を吹き込む「リノベーション」において、一番要求されるものは「個性」だ。だが、デザイナーやユーザーの間に、いつしか「リノベーション」への固定観念ができあがってしまい、その結果「個性」は弱まり、方向性が似通いつつあった。そうした現状を打破するため、新たな試みにチャレンジしたのが、吉原住宅(有)(福岡市中央区)の「高砂女子Rプロジェクト」(福岡市中央区)。「女性」かつ「素人」がデザインを担当したという、意欲作だ。

「高砂女子Rプロジェクト」の舞台となった「新高砂マンション」。福岡市内唯一のロータリー前というロケーションもウリ
「高砂女子Rプロジェクト」の舞台となった「新高砂マンション」。福岡市内唯一のロータリー前というロケーションもウリ
マンションの共用廊下。変形地に合わせて廊下が斜めに走っている
マンションの共用廊下。変形地に合わせて廊下が斜めに走っている
「くつろぎすとの部屋」の玄関。じっくり見ないと、どこをリノベーションしたか分からないが、扉類はほとんど交換されている
「くつろぎすとの部屋」の玄関。じっくり見ないと、どこをリノベーションしたか分からないが、扉類はほとんど交換されている
和室はフローリングで洋室化しているが、従前の雰囲気をいかすようバランスをとっている
和室はフローリングで洋室化しているが、従前の雰囲気をいかすようバランスをとっている
キッチンも恐ろしくクラシック。キッチン横のガラス窓は新設だが、キッチン上の収納は従前のものを再利用している
キッチンも恐ろしくクラシック。キッチン横のガラス窓は新設だが、キッチン上の収納は従前のものを再利用している
「光と陰影のある部屋」のリノベーション前
「光と陰影のある部屋」のリノベーション前
リノベーション後。もとの雰囲気は生かしながらモダンなしつらえに
リノベーション後。もとの雰囲気は生かしながらモダンなしつらえに
和室の襖は張り替えてそのまま使用。「日本画家のデザイナー自らが画を描き入れています」と説明する、プロジェクト統括リーダーの坪根さん
和室の襖は張り替えてそのまま使用。「日本画家のデザイナー自らが画を描き入れています」と説明する、プロジェクト統括リーダーの坪根さん
浴室は現地施工でモザイクタイルを張りこみ、もともとの浴室と同じイメージに「戻す」
浴室は現地施工でモザイクタイルを張りこみ、もともとの浴室と同じイメージに「戻す」
「しぜんの家」内部。とにかく「白い」。写真では分かりづらいが、フローリングは一度塗装した上からサンドペーパーで粗くこすって表情を出している
「しぜんの家」内部。とにかく「白い」。写真では分かりづらいが、フローリングは一度塗装した上からサンドペーパーで粗くこすって表情を出している

「生活者の視点」を生かすための素人起用

 同社は、九州・福岡市におけるリノベーション事業のパイオニアであり、またチャレンジャーとしても有名だ。リノベーションの認知度向上をめざし、メディアとのコラボレーションやイベント、物件ブログの展開といった地道なプロモーションを実施してきた。なかでも、2007年に実施したイベント「リノベーションミュージアム」は、7名のデザイナーがさまざまなテーマでリノベーションした、同社所有の「山王マンション」(福岡市博多区、総戸数45戸)の13戸を展覧会のように一斉公開することで、2日間で300名ものユーザーを集め話題を呼んだ。

 今回紹介する「高砂女子Rプロジェクト」は、統括リーダー兼デザイナーの吉原住宅デザイナー・坪根寿枝氏を筆頭に、5名のデザイナーすべてが女性、という完全女性主導のプロジェクトであることに注目だ。

 だが、それだけではない。同プロジェクトにおける5名のデザイナーのうち、いわゆる「不動産関係者」は、前出・坪根氏ただ1人。残りの4名は、雑誌編集者、日本画家、グラフィックデザイナー、ステンドグラス作家で、「リノベーションが好き(住んでいる)」という共通点こそあれ、リノベーションについては(誤解を恐れないで言えば)、「まったくの素人」である。

 「デザイナーの4人は福岡で活躍されているアーティストで、みなさん、住まいやリノベーションに対する強い想い入れがあります。それを具現化しようという考えと、より生活者の視点に近い提案をめざすという考えから、起用させていただきました」と坪根氏は話す。

 もちろん、「素人」なのだから、建築・設計について深い知識は持ち合わせていない。実際は、室内イメージや材料、色感といった「デザイナーの理想」を、吉原住宅の設計部門でヒアリングし、具体的な設計図面に落とし込む。そして、施工現場でデザイナーがイメージに合っているかどうかをチェックしながら、さらに指示を出す、という手法が採られている。

5人のデザイナーが競演

 今回の舞台「新高砂マンション」(福岡市中央区)は、JR博多駅までバスで10分ほど、マンションと商業ビルが混在するエリアに立地する、1977年に建てられた地上7階建て。1階が店舗、2階から7階が59戸の賃貸住宅となっている。
 すでに、05年から空き住戸へのリノベーションを開始しており、これまでに15戸のリノベーションを完了。外壁改修と給排水管の刷新も実施しており、「素材」としては申し分ない。
 (ちなみにこのマンション、福岡市内では唯一という“ロータリー”に面しており、タクシーの運転手は絶対迷わないのだとか。さらに、複雑な地形に合わせ建てられているため、廊下が斜めに走っており、リノベーション以前に相当個性的である:記者注)

 プロジェクトがリノベーションしたのは、計6戸。坪根氏が2戸デザインし、残りをデザイナー各氏による提案とした。

 本職のデザイナーがそれなりの予算でリノベーションし、まさしく「ミュージアム」だった「山王マンション」とは違い、「あくまでユーザー目線からの、生活感のあるプランの提案が目的」(坪根氏)の今回は、間取り変更も原則なし。使えるものは再利用しながらコストを圧縮した、同社が「エコ・リノベーション」と呼称する手法でまとめられている。各住戸とも、室内工事の平均額は概ね200万円前後に抑えられている。
 
 取材できたのは、記者の取材日時点で入居前だった3戸。外観(玄関扉)はみな同じなのに、ドアを開けた瞬間に見えてくる光景がまったく違うという、新鮮な驚きを感じた。

 最初に見学したのは「くつろぎすとの部屋」と名付けられた2DK・41平方メートル。デザイナーは、女性向け情報誌の編集者だ。中に入った第一印象は「いったい、どこリノベーションしているの?」、つまり竣工時の姿を最も色濃く残している提案だ。

 床はもともとの板張り(これが、なかなか味がある)。新たに設けられた間仕切りや元和室へのフローリングも、既存の板張りと色合いを合わせた素材でまとめられており、違和感がない。
 もちろん、水回りは新品なのだが、キッチンは「イマドキこんなデザインの売ってるんだ!」というものだし、浴室はユニットバスではなく、わざわざ現地施工でモザイクタイルを張りこみ、竣工時の風合いに「戻して」いる。「レトロ」と「モダン」がギリギリでバランスしており、なるほど、この部屋には新築マンションで感じる「冷たさ」はない。これがデザイナーの言う「くつろぎ」なのだろう。

 次は、福岡市内で創作活動を展開する日本画家がデザインしたという「光と陰影のある部屋」がテーマの2DK・45平方メートル。この部屋も、もともとの住戸が持っている雰囲気を尊重して改修されたもの。「デザイナーは、もとからある板張りの床を生かしたかったようなのですが、結果的によく似た風合いを持つナラ無垢材のフローリングを敷きこんでいます。和室は畳をすべて交換していますが、ふすまは既存のものを使い、デザイナー自らが画を描き込むほどの、熱の入れようでした」(坪根氏)。
 ステンレスの1点モノのキッチンと濃茶のフローリングが敷かれ、真っ白な壁に囲まれたモダンなダイニングと、現代風にアレンジされているものの、落ち着いた雰囲気を持つ和室とが好対照だった。

 最後は、「しぜんのいえ」と名付けられた、1DK・31平方メートル。この住戸だけ、水回りを広く取ったことで、間取りが大きく変わっている。多くのユーザーにとって、玄関を入った時の衝撃度が一番大きいのは、おそらくこの住戸である。

 玄関を入ると、目が覚めるほどの「白い」光景が広がる。フローリングは、フレンチパインの無垢材にアイボリーホワイトの水性塗料が塗られ、さらに粗くヤスリがけされている。純白の塗り壁もわざわざ塗りの「ムラ」を作り、凹凸感を出している。「福岡市内によくあるカフェをイメージしたもので、デザイナーのこだわりが一番強かった住戸です。棚の造作やトイレのペーパーホルダーまで、デザイナー自らが選んで付けています。一般公開の際には女性来場者の人気も集中していました」(坪根氏)。

 今回見学できなかった住戸も含めて、各デザイナーの指向性は驚くほど違っており、それぞれの個性を競い合っている。

「人気」と「結果」が一致しないジレンマ

 同プロジェクトは、6戸すべての工事完成を待って、昨年12月6・7日、全戸をツアーする「リノベーションミュージアム」で一般公開。180人を集めた。その後、月額賃料6万5,000円~7万3,000円で募集。従前賃料より1万5,000ほど高くなったが、年内に3戸、これまでに5戸への入居が決まっている。

 実は、現在まで未入居の住戸は、ミュージアムでも反響が大きかった「しぜんのいえ」である。「この住戸は6戸のなかで一番小さく、広さと賃料とのバランスでみると、周辺の新築ワンルームマンションと競合してしまうのです。もし、他の5戸と同じ広さでこのデザインだったら、圧倒的な人気になったでしょう」(坪根氏)。

 リノベーションは、まったく新しいユーザー層を掘り起こすことができる。しかし、ベースとなるマーケティングとのかい離があっては、結局その効果が思うように発揮できない、というジレンマもある。ここが、同事業の難しさだ。(J)

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連載「リフォーム、リノベーション、コンバージョンで中古不動産が蘇る![12]」
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