30代女性建築家が請け負った超特等地の超高層ビル設計
湖からさざ波が・・・。 最後の仕上げにかかっている優雅で衝撃的な外観の超高層建築の話。もはや伝説になりつつあるが、新しい建設予定地のために建築家を探していた土地開発業者のジェームス・ローウェンバーグは、ある会合で当時39歳の女性建築家ジーン・ギャングに出会い、彼女の知性と鋭い感受性に感銘を受け、瞬時に彼女に賭ける決心をした。2004年のことである。 ジーンにとって超高層建築設計は初めての挑戦であったが、ためらわずにアイディアをまとめ、提案書をローウェンバーグに提出し、2007年3月、地面に杭が打たれ建設作業が開始された。立地は建築家フランク・ゲリィのバンドスタンドで有名なミラニアムパークの北隣、東はミシガン湖に沿ったシカゴ市の超特等地であるから、どのような建物が建つか衆目を集めていた。 いざ建設が始まると、若くてしかも女性による劇的な設計プランのためか、保守的な建設業界をはじめ各方面から論議を呼んだが、ローウェンバーグのジーンに対する支持は堅く、“アクア―水”と名付けられた超高層建築はすでに幾つかの賞を受け、ジーンは一躍スターダムにかけのぼったのである。奇抜なデザインながら、眺望、日光などは十分に計算
ジーンは、ミシガン湖を含む五大湖周辺によく見かける筋の入ったライムストーンの重層からインスピレーションを得て、建物全体のイメージを組み立てたという。 有機的な線を描く各階に設置された何層ものバルコニーは、光と影が立体的な動きを与えて、打ち寄せ引き返してゆく波のリズムを生み出す。しかし単に美しい、という外観だけではなく、太陽光線をいかに有効に取り入れ、かつ不必要な直射日光を避けるか、例えば、北向きと南向きとでバルコニー部分の長さや形を変えるなど充分に計算された設計である。 また、バルコニーを建物部分から突出させた分、アクアタワーに住む人々誰もがバルコニーからミシガン湖やシカゴ中心地の眺望絶佳を存分に楽しめるよう工夫がなされている。 アクアタワーは高さ250メートル、全床面積17万7,000平方メートル、工事はジェームス・マクヒュー建設会社が請け負った。工費325億円。1階から18階までは215室を有するホテルおよび小売店と事務所用のスペースに使用。19階から52階は476室の賃貸住居、53階から81階まではコンドミニアムおよびペントハウスだ。コンドミニアムの広さは56~186平方メートルで、販売価格は3,000万円から2億円(以上)。賃貸だと月15万円から34万円位となる。“グリーン”にも配慮、LEEDのお墨付きも
ジーンとギャングスタジオメンバーは、この建築設計を請け負うにあたって特に“グリーン”に留意した。雨水を集めて再利用、エネルギーの無駄を省く光と熱の工夫、屋上は緑で覆う。厳しい審査で有名なLEED(※)によるお墨付き。 ジーンはアクアの設計により2009年度エムポリス最優秀賞を受賞したが、審査員の説明によれば、“アクアは、普通の素材であるコンクリートとガラスを使いながらも自然の波のイメージが角張った建物になめらかで柔らかい効果を生み出し、見る方角によって異なる眺めはあたかも航海していくかのような錯覚を与え、詩的” であるという。 また、エコフレンドリーな点、例えば鳥達がガラス面に激突するのを避けるバルコニーの設計などの工夫も審査員の注目を集めた様子である。(※)合衆国グリーンビルディング審議会(U.S. Green Building Council) という団体があり(www.usgbc.org/) この組織はLEED部門 (Leadership in Energy & Environmental Design program)と、グリーンビルディング国際会議部門(Green Building Conference)とに分けられる。LEEDは、グリーンビルディングとしての基準を細かく定め、一般応募されたグリーンビルディングプロジェクトを点数により認可し賞を与えるもの。
「都市における自然との協調と環境保全」をアピール。すでに90%が販売済
シカゴの中心地で一手に開発を行なっているレークショアイースト総合開発の傘下マゼラン・ディベロップメント・グループの共同経営者であり、著名な建築家でもあるジェームス・ローウェンバーグは、この新しい建築設計にあたり従来とは全く違った斬新なセールスポイントを作り出したかったのではないだろうか?ジーンのこれ迄のプロジェクトは決して大規模なものではないが、それらに共通するのは、「都市における自然との協調と環境保全」が明らかに全面に押し出されている。この超高層建築設計にあたって、都市における自然との協調と環境保全を表明できたら?と考えるに至ったローウェンバーグの思惑は見事に大当たり!新聞やTVで取り上げられ大きな話題をよんでいる上、281戸のコンドミニアムはすでに90%売り切れたという大記録。 TVのインタビューで女性で初めて世界一高い摩天楼の設計をした、と紹介されたジーンは、“特に女性だから何か変わっている、ということはない”と常に笑顔を絶やさず、わくわくした様子でこのプロジェクトについて語っていた。 女性であることとアクアの設計を強いて結びつければ、繊細かつ強靭、と言えるかもしれないが、それはあくまでもジーン個人の特質であって、もはや“女性”を話題にする時代ではないと強く感じた。<参考資料>
Chicago Tribune newspaper 11/08/09
http://en.wikipedia.org/wiki/Aqua_(skyscraper)
www.youtube.com/watch?v=Od6T0GhmI5g
www.greenhousingdevelopments.com/details.php?state=Illinois&comu=Aqua
Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com
コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。
89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。
Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。
アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。
シカゴ市在住。