ブラジル・サンパウロ州サントスは、世界最多のコーヒー豆積み出し量を誇る港湾施設のあることで栄えてきた街だ。18世紀後半から1930年代までの「コーヒー景気」の栄華はいまなお旧市街地セントロの景観に残されており、かつてのコーヒー取引所(現コーヒー博物館)を含む街並みは市の重要な観光資源とされている。
この街並みをガタゴトと揺られながら見て回ることができるのが、旧市街地内の約2.8キロを巡る観光路面電車だ。モータリゼーションの到来により1971年に一度は廃止された路面電車だったが、2000年に観光資源として再開し、今では中心街の観光を牽引する人気のアトラクションだ。
世界の路面電車を動く博物館として運行
「2023年度の路面電車の年間乗客数は過去最高の11万6600人を記録しました。2022年12月に“サッカーの王様”ペレが他界したことから、昨年はペレがかつてサッカー選手として活躍したサントスを訪れる観光客が多かったんです。それに応じて路面電車の乗客数も過去最高となったのです」とサントス市のセレイ・ストリーノ観光局長は語る。
サントスの路面電車は「動く博物館」の名で運営されている。名称のゆえんは市が世界各地から譲り受けた古い路面電車を修繕し、運行しているためだ。現在13車両を保有し、そのうち3車両を稼働させている。
かつて市民の足として運行していたスコットランド製のシャーシにブラジル製の車体を乗せたサントス縁の車両を初めとして、ポルトガルと日本から寄付された車両が日替わりで運行している。
日本からの車両は長崎市の長崎電気軌道から姉妹都市40周年を迎えた2012年に寄贈が約束され、2016年にサントス港到着後、修繕を経て2019年から運行している。日本車輌製造による202形206号は、1950年2月の運行開始以来、2014年8月の除籍まで長崎市民の足として活躍した歴史を誇る一台だ。車内広告や路線図などオリジナルをそのまま掲示しており、ブラジル人にとっては異国情緒を、筆者にとっては望郷の念を覚える車両だ。
ポルトガルの車両は、亡きペレをオマージュして車体に改装が施され、ペレ号として昨年のペレの誕生日10月23日に装い新たに運行を再開した。
セントロの再活性化と路面電車の行く先
古い町並みの魅力は本来、修繕とメンテナンスあって輝くものだ。長らく荒廃する一方だったセントロでようやく今年1月、セントロ再活性化に向けたインフラの工事が始まった。再活性化は港湾部にも及び、廃屋同然だった倉庫が飲食ブースを含む多目的スペースへと変わる。市街地においては傷んだ歩道のコンクリート舗装化と石畳の敷き直しから工事が始められた。
市による再活性化に向けた工事が行われる中、州政府傘下の交通公社EMTUによる新型路面電車ライトレール(LRT)の延長工事も進み、既に市内を走っているライトレールが旧市街セントロにまで及ぶようになる。
ライトレールの到来により、古い路面電車は再び廃線へと追いやられてしまうのか?
「路面電車は街の観光のシンボルです。これからも運行を続けていきますし、再活性化にむけた工事により現在の線路を約10キロまで延長する計画です。今年7月には短い拡張ですが、セントロ内にあるサントスで最初の集落であった歴史的な丘の麓まで線路を延ばします」とストリーノ氏。サントス出身の同氏の返答からは路面が市民の誇りであることが強く感じられた。
再活性化に伴い、サントス市は、セントロへの民間投資が促進されることを期待している。歴史情緒のある見事な外観ながらも空き家やガレージに甘んじてる物件が、華やかな飲食店や商店に生まれ変われば、路面電車の車窓から眺める風景も大きく変わり、より「インスタ映え」することから乗客数をさらに増やしていきそうだ。
仁尾帯刀(にお・たてわき)
ブラジル・サンパウロ在住24年。フリーランスフォトグラファー兼ライター。写真作品の発表を主な活動としながら執筆を行う。写真・執筆の掲載メディアは「Pen」(CCCメディアハウス)、「美術手帖」(美術出版社)、「JCB The Premium」(JTBパブリッシング)、「Coffee Break」(全日本コーヒー協会)など。海外書き人クラブ会員。