解体予定の工場跡地がトレンドスポットに!
ハンガリーの首都ブダペスト。街の真ん中を流れるドナウ側を挟んで西側がブダ地区、東側がペスト地区に分かれています。ブダペストは23区に分かれていますが、それぞれの地区には特徴があります。ペスト側にある7区は、世界で3番目に大きなシナゴーグ(ユダヤ教の集会所)も建ち、ユダヤ人地区として知られています。
そんなエリアに「リラックスできる雰囲気の中、人と人との交流を楽しみながら飲める場所」というのがコンセプトのパブ「Szimpla Kert(シンプラカート)」が2002年に登場しました。その後、同じ地区にあったストーブ工場とその周囲のかつて住居として使われていた一帯が解体されることになり、シンプラカートの4人のオーナーはそのエリアを救済する事にしたそうです。工場跡地の雰囲気が、自分たちの求めているものにピッタリだということもあり、工場として使われていた建物も壊されることなくほぼそのまま使われることになりました。そしてその後シンプラカートはその工場跡地に04年に移動、ブタペスト初の「廃墟バー」が誕生したのでした。
ドアやガラスがなくてもドア枠や窓枠はそのまま、置いてあるインテリアも廃材や古い家具などを利用しています。その後、ブダペストには「廃墟バー」が続々と誕生しましたが、シンプラカートはそれらの廃墟バーの先駆け的な存在として、オープンから22年経った今でも一番の人気を誇っています。今でこそ注目されている「サステナビリティ」ですが、04年からそれを実施していたとは驚きです。
でもなぜたくさんある廃墟バーの中で、この場所が長年一番人気を継続しているのでしょうか。そこには人を集める魅力的な雰囲気だけではなく、素晴らしいコンセプトも隠れていました。
斬新なアイディアでインスタ映えも抜群!
シンプラカートの敷地内は、廃材や古い家具などを集め再利用しているので、インテリアのテイストや色に統一感はまったくありません。でもすべてがバラバラなので、全体的に見ると不思議とまとまって見えるのです。2フロアに渡るバーの敷地内には10ヵ所ほどのドリンクや食べ物を売るカウンターがあり、区切られた多くのスペースがあります。中庭に降りる鉄製の階段や、レンガ造りの建物内の階段もいくつもあり、その先にはどんな雰囲気のスペースがあるのかと歩き回るだけでもワクワクする感じです。
ある部屋には古タイヤを重ねた椅子があり、天井からは色んな場所から集めて来た色も形もバラバラのランプやミラーボールが下がっています。ある部屋の角には、どこかの交差点で使われていただろうカーブミラーが設置され、たくさんあるバーカウンターの1つに設置されている棚は古いグランドピアノの一部です。インテリアとして置かれ、椅子替わりにもなるバスタブや、ゴミ箱になっているビール樽もあります。壁にも一面にポスターやタイルに鏡、フレームにドアなどまで色々なものが貼られていて、アーティステックな落書きもほぼ全面に描かれています。どこもカラフルで見て回るのも楽しくて、インスタ映えするスポットだらけ! 敷地内にはたくさんの観葉植物や木などもあり、無機質にならない温かい雰囲気になっています。
「廃墟バー」という名前から予想するかもしれない「怖い」「入りにくそう」というイメージはまったくなく、安全で予想できない楽しさ溢れるテーマパークの中にいるような感じです。昼と夜は雰囲気が変わり、それぞれ違う魅力が楽しめるのもあって、様々な年齢層の人がこの場所を訪れて写真を撮ったり、自分たちのお気に入りのスポットを見つけてくつろいでいたりと楽しんでいます。
人気が続く秘訣はみんなを繋げるシステム
観光客に人気のスポットだと、地元の人は嫌厭(けんえん)しがちですが、シンプラカートにはそうならない理由があります。それはオーナーたちがオープン当時から大切にしている変わらないコンセプト「リラックスできる雰囲気の中、人と人との交流を楽しみながら飲める場所」。観光客だけではなく、色々な職種、年齢層の地元の人を含む「人と人との交流の場所」になるイベントも定期的に開催されています。
毎週日曜日にはファーマーズマーケットを開催。ブタペスト近郊の生産者が直接やってきて、マーケットに商品を並べます。野菜だけではなく、はちみつやチーズ、パンなどさまざまな生産者が出店。そして毎週違う非営利団体がそれらのものを使って作った食べ物を売ったり、家族連れでも楽しめるイベントを企画したりしています。それだけではなく、それらのイベントを通じて得られた売り上げは、地元の支援が必要な団体に寄付されるなど、人と人との繋がりが広がっていく活動の場にもなっているのです。
また、地元の若者や地元アーティスト・ミュージシャンなどを支援したりするプログラムもあり、地元の活性化・社会貢献にも大きな影響を与え続けているのも素敵なコンセプトの一つ。DJが来たり、地元アーティストのコンサートを開催したり、地元アーティストの作品を展示販売したりと、子供も大人も楽しめるイベントが多く開催されています。それだからこそ、誰もが気軽に来て安全に楽しめる場所として、地元の人にも観光客にも長年支持され続けているのでしょう。
「廃墟バー」という名前や、クールな見た目からは想像できない深く温かいコンセプトを持つシンプラカート。どの街にも人と人を繋げるこんな素敵な場所があったらいいなと思うのでした。
バレンタ愛
2004年よりウィーン在住。うち3年ほどカナダ・オタワにも住む。長年の海外生活と旅行会社勤務などの経験を生かし、07年よりフォトライターとしても多数の媒体に執筆、写真提供している。著書に「カフェのドイツ語」「芸術とカフェの街 オーストリア・ウィーンへ」など。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員。