近年、フランスでは、公共の建物や設備の老朽化に伴う再開発が活発だ。ただ、建設を始めるまでには時間を要する。その間、建物を無駄にしておくのはもったいないと、パリではイベント会場として有効活用するケースが増えている。立ち入り禁止にすると、警備会社に管理費用を払う必要があるなど、経済的な理由もあるようだ。
旧病院がオルタナティブ施設の新名所に
最近、特に話題になったプロジェクトの一つが、2015年から20年まで、パリ6区の「サン・ヴァンサン・ド・ポール病院」跡にあった「Les Grands Voisins(レ・グラン・ヴォワザン=多くの隣人)」だ。
従前は3.4haの土地に20棟の病棟があったが、設備の老朽化により、12年に閉鎖。敷地を管理するパリ公立病院団体が、ホームレスの住宅支援などを手掛けるNGO団体「Aurole(オーロール)」に声を掛け、旧病室をアパートとして提供することになった。その後、都市の空き地を管理する協同組合「Plateau Urbain(プラトー・ユルバン=都市の高原)」と、コミュニティ形成の支援等を行なうNGO団体「Yes, we camp’s(イエス、ウイキャン)」が加わり、3団体での共同利用がスタートした。
建物には職人の工房やNGO団体の事務所、地産地消レストラン等が入居したほか、市民菜園も設けられた。一時はオルタナティブ系の施設としてパリの新名所になったほど。市民は名残惜しんだが、予定通り20年にパリ市に明け渡され、エコカルチエ(持続可能な共同住宅地区)の建設が始まるまで立ち入り禁止になっている。
国鉄倉庫をイベント会場にした事例も
同じような形で、18年にパリの北西の町パンタンにできたのが「La Cité Fertile(ラ・シテ・フェルティル=肥沃な地区)」だ。07年、駅倉庫を含む土地(1ha)をエコカルチエにすることを決めたパンタン市は、建設が始まるまでの間、社会貢献や経済活動を行なう企業・団体に提供することにした。
都市の中の荒地を、フランスでは「第3地帯」と呼んでいる。その「第3地帯」を交流拠点へと変える業務を行なう「Sinny&Ooko(シニー&オーコ)」社が運営を担うことになった。施設内にも市民菜園があり、水は雨水を溜めて使っている。トイレは水を使わないドライトイレ。カフェ・レストランの横にはバラックのような骨組みと屋根だけの建物があり、NGO団体が生活の苦しい学生に食料を無料配布したりする場所になっている。
フードトラックで中国料理を出すジョナサン・ガオさんは「日本関係のイベントがある時が一番売れる」と話す。契約が切れる24年9月を過ぎたら、この場所もエコカルチエ建設のために閉鎖されるという。
また、6,500平方メートルを占める「リヨン」駅近くの旧国鉄倉庫は、14年よりイベント会場「Ground Control(グラウンド・コントロール=管制室)」として活用されている。運営は、イベント企画会社「La Lune Rousse(ラ・リュンヌ・ルス=赤茶けた月)」。
コンサートや講演会、フェスティバル等を開催されるほか、仕切りのない大きな建物の中には、エスニック料理のフードコート等が入っている。残飯をコンポストするなど、環境に配慮した取り組みにも力を入れている。
大学校舎でカルチャー講座、展覧会等を開催
国の所有物である大学の建物も「第3地帯」に当たる。パリ5区にある「パリ第3大学」も、改装までの間、「Césure(セジュール)」という場所になり、23年6月に公開された。運営は、前述の「レ・グラン・ヴォワザン」を運営するオーロールを除く2団体。映画上映、カルチャー講座、展覧会等が行なわれるほか、NGO団体の事務所も入居する。カフェの隣にはリサイクルショップがある。
大学移転の理由は、アスベストを除去する工事のため。カフェの責任者に「アスベストがあることに不安はないか」と聞いたところ、「壁を壊したりすると危険だが、建物自体に触れなければ大丈夫」と言われた。美術館や研究機関など、フランスの多くの公共設備でアスベストが使われている。入居者がそれを知って使っていればいいのだが……と少し心配になった。
羽生 のり子
1991年から在仏。パリ郊外在住。主に美術、エコロジー、サステナビリティについて執筆するフリーの記者。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員。