数年前から始まっていたのだが、いよいよ絶滅の時が来た。
というと何事かと思われるだろうが、長い間、家庭の中心であった居間とダイニングルームは気の毒にもダイナソアー(恐竜)と言われ、新築のコンドミニアム(マンション)や一戸建て住宅の間取りからはずされつつある。現代のライフスタイルに合わなくなってしまったらしい。その代わりに「キッチンとつながった大きくて多目的なスペース」が華々しく登場。いまや、暮らしの中心的存在である。
友人達とトランプやゲームに興じたり、食べたりお酒を飲んだり、子供が小さいときは玩具が散らばる遊び場に、成長すると本棚やコンピューターを置いて学習の場に、そしてスペースを区切ってホームオフィスにも…、家族それぞれがその時々の用途に応じて簡単に家具など移動できるような広いオープンスペースが、居間とダイニングルームに取って代わったわけだ。
家の中心には多目的スペースが
先日ラスベガスで開かれたNAHB (National Association of Home Builders) 主催の国際住宅博覧会ではいくつかの新しいデザインが話題となった(www.buildersshow.com/Home/Page.aspx?sectionID=2550)。 振り返ってみると、サブプライムローンから発したフォアクロージャー問題以降、国や金融関係からの住宅ローン貸し出し基準が厳しくなり、現在では庶民が住宅を手に入れにくくなってしまった。そのため、ラスベガスの会場では住宅開発会社や住宅資材会社などあるゆる住宅関連業者は必死の態勢でセールスに臨んだに違いない。何がいま新しいか、次の流行は?購買欲を刺激する数々のデザインが展示されたが、最終的には、多目的な広いスペースを家の中心にすえたデザインが最も人気を呼んだようだ(Chicago Tribune newspaper 2-3-2013)。 キッチン、食事の場、そしてファミリールームそれぞれの壁を取り外して一つに統合した広い空間の娯楽室、と言った方が想像し易いかもしれない。気楽にくつろげる空間が庶民に人気
伝統的にアメリカの多くの家庭では、普段の食事はキッチンわきのテーブルでし、客を招いた時はキッチンから壁で仕切られ独立したダイニングルームで食事を共にしてもてなしたものだった。 料理した皿をキッチンからダイニングルームへと運んだり下げたり、という接待は肩がはる。それに、そうたびたび客を招くわけではないから、普段ダイニングルームは使われていない。専用居住面積280平方メートル以上の邸宅に住む人々は、客を自宅へ招待する機会が多いと聞くし (Chicago Tribune newspaper 2-24-2013) 、社交として大切な場でもあろう。格調高いダイニングルームが必要とされるのは想像に難くない。 が、一方、庶民の暮らしでは気楽で寛げる雰囲気が好まれる。友人達を招いたり招かれたりの際、キッチンに自然と集まり、皆でワインを開け、チーズやクラッカー、野菜スティックなどつまみながらおしゃべりがそこから始まる、という流れにしばしば遭遇する。キッチンを中心として広がる間取りが人気を呼ぶのもそうした理由ではないか。まとめ買いする日用品、ペット用品の収納場所にも
10年前に大流行した、プロの料理人が使うような調理台を中心としたキッチンは人気が下降気味。土のついた野菜を洗ったり肉を骨からはずす、魚を三枚におろす、など手間のかかる仕事は敬遠され、すでに下ごしらえがなされた食材を使うから大掛かりな調理場は必要ない。半調理された冷凍食品の数々を電子レンジで解凍、調理し、それらを取り合わせる程度の使い方だ。 料理好き、料理上手な友人は沢山いるが、食卓に乗る料理の種類はせいぜい4種類くらい…、スープかサラダ、肉料理、ポテト程度ではなかろうか?シンプルである。だから子供や男性でも簡単に料理が食卓へ。最近は朝食用シリアルやナッツ、飲み物、洗剤、紙タオルなどまとめ買いする傾向があり、それらを収納するパゥントリー(収納庫)を置くにはキッチン付近の多目的スペースが最適。 また、アメリカ全所帯の39%、つまり3分の1以上の家庭が犬を飼っていると言われるが (Chicago Tribune newspaper 2-24-2013)、犬用の寝場所、餌、ブラシや薬、おもちゃ等、これらの収納も多目的な広いスペースに設けると都合がよい。すれ違いの多い現代家族。時間を共有できる空間が必要に
居間もダイニングルーム同様、暮らし方の変化で消失しつつある。壁で隔てられた単独の居間にはTVやステレオが置いてあって、夕食後、家族全員が居間に移動してTVを見たりレコードを聴いて寛いだものだった。この情景は1960年代のアメリカ映画でおなじみだが…。 半世紀余り経た現在では、それと違う間取りが求められるのは当然であろう。多くの女性はフルタイム、パートタイムにかかわらず働いているし、ボランティア活動も活発に行なっている。子供達のクラブ活動も安全のために親が送り迎えするようになった。家族のスケジュールはまちまちですれ違いも多い。誰もが分刻みで忙しい。それぞれ違った予定をこなす家族が共にくつろごうと思えばそれなりの工夫がいる。 以前の居間やダイニングルームのように、目的別に壁で区切られてしまった部屋はもはや作用しない。一人一人が出たり入ったり、別の事をして過ごしながらも同じひとつの空間にいて流れる時を共有していると感じられるような…。 多目的な広いスペースはそういった現代の家族の暮らし方を反映しているようである。
Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com
コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。
89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。
Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。
アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。
シカゴ市在住。