海外トピックス

2022/9/1

vol.396 老朽ビルを再生し、荒廃したまちを活性化【ブラジル】

 人口およそ1,240万人を擁する南米最大の街サンパウロ。世界的に著名な建築家オスカー・ニーマイヤーなどによるモダニズム建築がそれ以前の折衷主義的建築群に入り混じったサンパウロ中心街の様相は、前世紀半ばまでの急速な発展の名残を留めている。1960年代から経済の中心地が他のエリアへと移り始めてから、中心街は荒廃と治安悪化の一途をたどり、現在に至っている。

 中心街の活性化を図るため、これまで自治体による路上の音楽祭の開催や、高架道路の週末歩行者天国化、あるいは民間セクターによるレンタル自転車観光ツアーなど、さまざまな取り組みが行なわれてきた。そんな中、中心街に多い空き物件をリノベーションする活動が昨今盛んに行なわれている。商業ビルの改築を進める「プランタ」と、20世紀初頭の廃屋をリノベーションする「ジャメロ」の2社の取り組みを紹介する。

不動産ファンドを味方に、
商用ビルをリノベーション

右がリフォームした「FSMJビル」。街の風景の一部となっている落書きは残した。左は週末に歩行者天国となる高架道路「ミニョコン」

 中心街から西北西へと伸びる、老朽化した高架道路の脇に立つ「FSMJビル」は、これまで病院が所有していた物件で、20年以上に渡って空きビルとなっていた。これをプランタがクリエイティブな商用スペースに改築するや、若者のトレンドを牽引するような書店、アートギャラリー、レストランが入居し、にぎわいを見せている。

女性作家専門書店「ガト・セン・ハボ」。ネット販売が普及するなか専門性で勝負している

 地上階の書店「ガト・セン・ハボ」は、ブラジルでは唯一の女性作家専門書店として2021年7月にオープンして以来、注目を集めている。付近には複数の大学があるため若者の往来が多いことに加え、LGBTフレンドリーなショップも立ち並ぶなど、ダイバーシティーやジェンダーへの意識が高い人が多くいることから、多数の支持者を得ているようだ。

人気の創作料理店「コラ」。中心街のビル群と高架道路通称「ミニョコン」が望める

 屋上で営業するレストラン「コラ」はアルゼンチン人シェフによる創作料理店。こちらも同年にオープンするや、人気のスポットとなっている。飲食店が低いフロアに多いサンパウロにあって6階屋上から望む中心街のビル群は、その老朽化した様相も加味して他にない景観だ。

「ガト・セン・ハボ」のショーウィンドウと「コラ」など上階へのエントランス

 「荒廃しながらも建築的魅力を携えた商用ビルを改装し、住宅物件を増やすことで中心街の活気を取り戻すことを目的に18年にプランタを設立しました。住民が増えれば、人と人の出会いも増え、中心街の流動性が高まり、雇用が生まれます」とプランタ代表のギル・ブランシェは長期的な展望を語る。

 プランタは、中心街の活性化に賛同する不動産ファンドからの融資を受けて、複数のビルのリノベーションを同時進行で進めている。22年9月には12階建ての住宅物件が完成予定だ。今後は、サンパウロ中心街におよそ2億レアル(約51億円)を投じて、商用・住宅用に約320室を改築し、提携する不動産会社を通じて販売・賃貸していく計画だ。

借り手を見込んで、
20世紀初頭の家屋を大改築

 中心街の一区ヴィラ・ブアルケの住宅街にあって長らく売りに出されていた1909年建設の古い家屋を、6年の歳月と400万レアル(日本円で約1億18万円)を投じてリノベーションしたのは、地区に長らく暮らす建築家が共同経営するジャメロ建築事務所だ。

アパートの間に立つ古い家屋をリノベーション。時代を感じさせるファサードのみを残して大改造した

 「廃屋同然のこの物件を購入した際には、分譲して違法に暮らす住民がいたため、立ち退きの交渉が大変でした」と語る代表のロレンツ・メイリさん。家屋内の荒廃は著しく、リノベーションは歴史を感じさせるファサードを除いてほぼ全館作り直すほどの作業だったそうだ。おおむね朽ちていた木材の梁・柱は、鉄筋に替え、壁の赤レンガは一度取り外したものに新たなものを加えて修繕した。屋上には以前はなかったテラスを増築した。

一時的にアートギャラリー別館として使用中。飲食店等へ貸し出しを想定している
半地下の仮事務所で作業を行なうジャメロ建築代表のロレンツ・メイリさん

 あいにく施工中にパンデミックを迎えたために、リノベーションが完成したこの物件にはいまだ借り手がついていない。現在はメンテナンスのために半地下フロアを一時的にジャメロが自らの仮事務所として使用し、1階を近隣のアートギャラリーの別館として貸し出している。周囲には飲食店が多く、この物件もまた飲食店など来訪者が出入りする商用スペースとして貸し出す予定だ。

上階と屋上へは新たに敷設した鉄筋の階段で上る。左の通路は表通りに通じている

 20年度の調査によるとサンパウロの中心街には空き家となっているビルや家屋が約3万3,000軒あり、パンデミックによりその状況は更に悪化したといわれている。放置された空き物件には、組織的な路上生活者集団が違法に住み着く問題も長らく存在している。

 これらを踏まえて、サンパウロ市はようやく今年5月21日に「中心街改装プログラム」の名称で中心街の不動産リノベーションに対するプログラムを発表した。これにより1992年9月23日までに建造されたビルや家屋を対象に、リノベーション申請に関する手続きが簡素化され、竣工後3年間の都市部の建物および土地所有税免税などの減税措置が適応されることとなった。

 住み慣れた人ならいざしらず、夜間の中心街は、特に女性が一人で歩くには不安が付きまとう。自治体の支援のもと老朽化不動産のリノベーションが進むことで、多少なりとも環境が改善されることを望みたい。

仁尾帯刀(にお・たてわき)
ブラジル・サンパウロ在住23年。フリーランスフォトグラファー兼ライター。写真作品の発表を主な活動としながら、日本のメディアでの執筆を行う。写真・執筆の掲載メディアは「Pen」(CCCメディアハウス)、「美術手帖」(美術出版社)、「JCB The Premium」(JTBパブリッシング)など海外書き人クラブ会員。

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