賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.14
土地オーナーや事業者にとって、先祖伝来の土地や事業の相続や承継は大きなテーマだ。次世代への円滑な承継はもちろんだが、受け継ぐ側は、先代の想いを受け継ぐだけでなく、時代の新たなニーズに合わせて資産を活かしていく視点も必要となる。今回紹介する賃貸住宅「パルコカーサ」(東京都足立区、総戸数11戸)は、地域に愛された「銭湯」のコミュニティを受け継ぐべく、居住者同士のコミュニティ醸成にも取り組んだ事例として注目される。地域に溶け込み、地域の一員となる住まいを目指すオーナーや賃貸管理会社達の熱い想いが注ぎ込まれている。
◆オーナー、ハウスメーカー、賃貸仲介管理会社がコラボ
「パルコカーサ」のオーナーは、田口昌宏氏、順功氏、宗孝氏の3兄弟。物件が建つ場所では、田口氏らの父親が50年余にわたり銭湯を経営していたが、3年前、80歳を前に銭湯経営の継続を断念することを決定。サラリーマンである息子3人が、相続対策を含めた跡地の活用策の検討を開始した。当初から“地域への恩返しになる、地域の人々に愛される活用方法”を念頭に、幼稚園や介護施設などさまざまな手法を検討したが、規制が厳しい、節税効果が期待できない等の理由で、最終的に賃貸住宅の建設に落ち着き、複数のハウスメーカーに商品企画の提案を求めた。
「敷地の特性を活かしていること、相続税対策になること、お客さま(入居者)視点に立った建物で長期経営に耐えることを条件にコンペを行なったのですが、各社の提案はどれも似たり寄ったりでピンと来ませんでした。そうした中、相続対策をお願いしていたファイナンシャルプランナーの先生から、『自分が思っているものと違うと感じているなら、それをチェックする機能が必要だ。賃貸の現場を良く知っている賃貸管理会社を入れるべきだ』とアドバイスを受けたのです」と、長男の昌宏氏は振り返る。
そこで、白羽の矢がたったのが、地元を営業エリアとしている(株)ハウスメイトパートナーズの東東京支店。
「私たちの仕事は賃貸住宅の仲介と管理ですが、これまで賃貸住宅を作る段階から関わらせていただいたことはなく、貴重な経験をいただけたと感謝しています。オーナーの想いに応えるべく、仲介店舗等の意見を基にユーザーのニーズを徹底的に盛り込もうと、ハウスメーカー(ミサワホーム(株))にどんどん意見を出し、プランを改善していただいた。ハウスメーカー担当者も『こんなこと(管理会社と一緒に商品企画を考える)初めてだ』と言っていましたが、いまではその支店全体の流れになっているようです」と話すのは、同支店の谷 尚子氏。
そして、オーナー、ハウスメーカー、賃貸管理会社の異例のコラボレーションが立ち上がり、3者が徹底的に意見を交わし、ベクトルを一つにして、「パルコカーサ」は完成した。
◆オーナー自ら町会活動への参加促す
同物件が目指したのは「子育て世帯が近隣や地域と交流しながら、快適に生活できる住まい」。子育て世帯に的を絞り、同世代が快適で過ごせる環境をハード・ソフトの両面で作り上げることが、いずれテナントリテンションにもつながるという考えだ。
「いくらハード(建物)にお金をかけても、古くなってしまえばその価値は無くなり、どんどん建設される最新賃貸との競合には勝てない。それならば、多少収支が悪くても、20年後でも住まいとしての価値が保てるよう、コンセプトやソフトにより力を入れようと考えました」(昌宏氏)。
「パルコカーサ」のコンセプトの核は「コミュニティ」。入居者同士の良好なコミュニティがある賃貸住宅であると同時に、居住者が地域コミュニティの一員として溶け込める賃貸住宅でありたいという、田口オーナー達の強い想いだ。
「私はこの銭湯で、まちの人達に育てられた。父が銭湯を止める時にも、地域の方から『なんで止めちゃうの』というお言葉を数多くいただき、この銭湯は地域の皆さんのコミュニティの核になっていたのだと再認識しました。5年前、銭湯の倉庫でボヤが出たときも、いち早くボヤを知らせ、初期消火してくれたのは、地域の皆さんでした。地域住民同士のコミュニティの重要性を思い知らされた。ですから、ここに住んでくれる人たちには、地域に溶け込み、たとえ退去した後でも、ここを故郷と思ってもらえるような生活を送ってほしい」(同氏)
同物件には、オーナーの意向で、地元の町会活動への理解がある人に入居してもらっている。田口昌宏氏は、地元200世帯が加盟する町内会の青年会長を務めており、同氏が中心となって、居住者と地域住民とを結びつけ、町内会のさまざまなイベントを企画し、同物件を核に、地域コミュニティを盛り上げていく。また、建物に備えた防犯カメラ3台は、居住者を見守ると同時に、周辺地域にも目を光らせている。
◆子育て世帯が喜ぶ工夫を満載
一方、ハード面のウリも、コミュニティがキーワードだ。
6棟の建物の中心は、各住戸をつなぐ回廊状の「ポケットパーク」。賃貸住宅としては異例なほどの植栽で包み込み、各所にベンチを配し、居住者同士や地域住民のコミュニティを促す。ちなみに6棟に分割したのは、3兄弟への相続を念頭に置いたためで、経営上の収支計算も3つに分けて行なっている。
住戸の工夫も、数多い。住戸(2LDK、専有面積62~70平方メートル)は1戸を除き、上下階の騒音を気にしないでいいメゾネットタイプを採用。「子育て世帯の住まいに対する不満は、水回りと収納にある」(谷氏)という現場の声を反映させ、すべての住戸に1坪タイプの風呂と大型のキッチン、クローゼットを採用。少しでもスペースがあれば、すべて収納に充てた。家事同線を考え、洗濯機置場も2階に設けた。
分棟配置によりすべての住戸は角住戸となり、それを活かすべく、2階のコーナーはコスト度外視で床から天井までガラスとした。床には岡山県西粟倉村の間伐材の無垢フローリングを採用。「足ざわりが良く、時間を経れば経るほど味わいが出る。柔らかい材質のため手入れの方法を入居者さんにきちんと理解していただいた。傷は、逆に味として捉え、次の入居者にも引き継いでいく。環境保全の意味もある」(谷氏)。
いずれも、「(商品仕様は)どこの会社も同じ」が当たり前の賃貸住宅業界では異例のことだ。
◆コンセプト理解しない希望者は「お断り」
関係者の想いが注ぎ込まれた住宅だけに、その価値が分かってくれる人に届けたいと、入居者募集も工夫をした。
「ポータルサイトの検索では、築年数や設備仕様に振り回されてしまう。もっと大事なこと、オーナーや管理会社がどういう想いでこの住まいを作ったのかを伝えたかった」(田口氏)と、入居希望者には、田口オーナーの想いや、管理会社の想い、まちの説明などを記したパンフレットを配布。関係者の想いをアピールする物件ホームページまで、わざわざ製作した。
入居審査は、経済的側面以上に「子育て」や「地域交流」についての理解を重視し、「コミュニティへの理解がない人はお断りさせていただきました。支払い能力のある人を断るのは異例で周囲には驚かれましたが、コンセプトに合った人たちに住んでもらいたかった」(谷氏)。
このように特殊な募集形態だったにも関わらず、2015年2月の募集開始から約3ヵ月で満室になったという事実は、田口オーナーや谷氏の考えが正しかったという何よりの証明となろう。「コミュニティへの理解のある人は人間的にもいい人が多いですし、集客は通常物件ほどではありませんでしたが、歩留まりは7割と高かったですよ」(谷氏)
◆ ◆ ◆
桜がほころび始めた4月初旬、同物件の入居者家族、田口オーナー、管理会社・仲介店舗の担当者らが集まり、顔見せパーティが行なわれた。その多くが子育て世帯であり、もともとコミュニティを志向している人たちのため、あっという間に打ち解けたという。同物件の隣には、地域の人々が集い、地域の夏祭りの舞台にもなる公園がある。今年の夏の祭りでは、きっと入居者家族同士が、地域住民と輪になって楽しんでいるに違いない。(J)
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