建物を躯体から再生する「リファイニング」
既存ストックの再生術としてすっかり市民権を得たリノベーションやコンバージョンだが、残念なことに耐震性や抜本的な商品性には手を入れず、「外見」だけの化粧直しで誤魔化している物件も中にはある。そうした中、外観だけでなく、躯体の延命措置をはじめ建物の「中身」にまで徹底的に手を入れ、一般的なリノベーションを凌駕する商品性を生み出す「リファイニング」と呼ばれる手法に注目が集まっている。一般的なリフォームと、一体どこがどう違うのか。施工中物件の取材を通じてみたリファイニングのすごさを紹介したい。
建物寿命も商品寿命も「リセット」する
「リファイニング」とは、建築士の青木茂氏が1980年代から提唱している手法。一般的なリノベーションやコンバージョンが、内外観の意匠や室内仕様の変更に力点を置いているのに対し、リファイニングは建物躯体の長寿命化にしっかり手を入れたうえで、内外観の意匠変更や、インフィル計画を行ない、同じ建物からまったく新たな商品力を生み出す。鉄筋やコンクリートといった躯体の状態を徹底的に調べ上げ、状態が悪ければ改良を施し、耐震性が不足していれば、きっちりと補強。遵法性を確保したうえで、建物寿命をリセット、現代ニーズに合わせたインフィルを組み込み、商品寿命もリセットする。
一般的なリノベーションやコンバージョンは、建築確認の申請や検査済証の取得はしない。リファイニングは遵法性を確保したうえで、新たに建築確認も申請し、竣工後に検査済証を取得。耐震性の向上等で建物寿命をリセットすることで、法定耐用年数が引き延ばされたとみなされ、金融機関の融資も得やすくなる。既存建物でありながら、新築同等の商品力が得られるわけだ。青木茂建築工房では、これまで数百件の施工実績があるが、こうした点や、新築の7割の施工コスト、新築の9割の運用収益、環境負荷の低さなどが評価され、近年では一般オーナーだけでなく、ハウスメーカーやディベロッパーとの協業による施工実績も増えているという。
躯体を徹底的にチェック、補強
そんな「リファイニング」による再生過程を見学することができたので、紹介したい。
東京都大田区の特定緊急輸送道路沿いに建つ、築52年の共同住宅兼店舗。建物は、鉄筋コンクリート造地上6階地下1階建てで、メインは賃貸住宅(総戸数20戸(専有面積29平方メートル))。住戸設備の陳腐化や中性化や壁量不足による耐震性への不安から入居率が3割以下となり、2014年に三井不動産(株)のもとにオーナーから相談が寄せられた。当初は、建て替えも検討されたが、日影規制により住戸数が半減し収益性が保てないことから、大幅改修に方針転換。青木茂建築工房のリファイニング工法により、単なる耐震補強ではなく、改修後30年間にわたり充分に運用できる躯体とインフィルへの改修に着手、現在工事が進んでいる。
リファイニング工法はまず、構造計画上不要な部分を撤去し建物を解体、軽量化することから始まる。解体が済んだら、スケルトンとなった躯体を徹底的に検証し、施工不良の箇所や経年劣化した箇所を補修していく。同物件も、コンクリートの爆裂や露筋、クラックが多数見られたため、これらがすべて補修された。
とにかく、手の入れ方が半端ではない。その一例が最上階の天井躯体に施される「亜硝酸リチウム内部圧入工法」。もともとは、橋梁やダムなどの公共インフラの耐久性向上のために使うもので、一般的な共同住宅に用いるものではない。最上階は、雨水による中性化が懸念されることから高コストにもかかわらずわざわざ導入されたもので、中性化を抑える薬剤を直接躯体に注入することで、その進行を抑える。
躯体の補修が終わったら、耐震性を高めるため、新たな耐震壁や袖壁を新設する。リファイニングでは、比較的容易な耐震改修であるブレースは使わない。使い勝手や意匠を損ない、商品力を落とすためだ。こうして、躯体の劣化対策や耐震性について、徹底的に手を入れ、省エネルギー性能なども高めていく。
一棟リノベーションやコンバージョン事業では、旧耐震建物はともかく、新耐震でさえあれば躯体をまったく手入れしないケースがほとんどだ。新耐震でも躯体が痛んでいれば本来の耐震性は発揮できないわけで、補修できる場所は徹底的に補修するリファイニングの姿勢は、この点だけでも同業のそれとは一線を画している。
同物件を担当する三井不動産ソリューションパートナー本部レッツ資産活用部資産活用グループの宮田敏雄氏も「既存物件の再生は、化粧直しだけでなく、躯体の耐久性を向上させ、“この先どれだけ使えるようにできるか”が重要。青木茂建築工房さんのリファイニングは、そこに重点を置いている」と高く評価する。
スケルトンの再生が終わったら、商品力、つまりインフィルや外まわりの再生に取り掛かる。住戸は、現代のニーズに合うよう、新たな耐震壁を設けたうえで各フロア4戸を3戸に変更。専有面積を34~40平方メートルに拡大し、17戸を確保した。維持管理が容易になるよう、縦配管はバルコニー側に寄せ、間取り改修も楽な二重床を採用している。外装は断熱性塗料で塗装したうえで、軽量な有孔折板をバルコニーに使うなどして意匠を一新する。
遵法性の確保等で新築並みの融資も実現
リファイニング建築は、現在の遵法性を確保し、新築に比肩する耐久性を取り戻すことで、「新築並みの融資」が可能となるという大きなメリットもある。
この物件では、現行法を満たすようエレベーターシャフトを拡幅したほか、既存不適格だった屋内階段を開放して屋外階段として遵法性を確保。竣工後に検査済証を獲得した。
耐震性の確保、検査済証の獲得、建物の長寿命化、収支計画の策定により、すでに耐用年数を超えた築52年の建物に関わらず、新たに30年の事業融資を得ることに成功している。
また、東京都の特定緊急輸送道路沿いの耐震補強実施設計助成金を得るなどして、新築の7割の事業費を実現。新築の9割の年間収益、表面利回り10%、NOI6%を達成する見込み。工事期間も、新築であれば2年半かかるところを、16ヵ月と大幅に短縮できるという。
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「ストックの時代」と言われて久しいが、リノベーションやコンバージョンがこれほど盛んになったにも関わらず「外見」と「中身」とも新築同等の競争力を持ったプロジェクトは少ない。「中古(既存)だからね」という甘えで逃げていては、いつまでたっても日本人の「新築至上主義」は解消されないだろう。「リファイニング」は、真のストック時代を実現するには何が必要か、に対する最も優秀な回答の一つではないかと思う。(J)
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