記者の目

2018/3/23

楽器可賃貸、専門知識学んで仲介・管理

 音楽愛好家をターゲットにした、楽器演奏可能な賃貸住宅。各住戸の防音構造や大型楽器を搬入しやすい設計など、さまざまな配慮によって自宅で演奏や音楽鑑賞を楽しみたい愛好家から好評を得ている。しかし、そうした物件に入居者を付けたり入居後の管理を手掛ける不動産会社のスタッフが音楽的な専門知識を持つケースは多くなく、あいまいな受け答えでオーナーに不利益を与える可能性も否定できない。今回、東京都北区で完成した賃貸マンションでは、音楽大学を卒業し、不動産の専門知識も持つコンサルタントを起用、そうした課題を解決した。

ムジカーレ東十条
今回取材した「ムジカーレ東十条」(東京都北区)

◆専門知識のない仲介・管理はトラブルの元

 ある特定層に入居ターゲットを絞り込み、似たような趣味嗜好を持つ入居者を集めるコンセプト型の賃貸住宅は、コミュニティを醸成しやすくなる傾向があり、近年注目が集まっている。例えば、ペット愛好家や子育て世帯などをターゲットに、さまざまな設備や工夫を組み込んだ賃貸住宅商品は住宅メーカーから発売されるなど、すでに市民権を得たといっていいだろう。自転車や料理など、趣味をクローズアップした賃貸住宅も出始めており、近年は音楽愛好家をターゲットに防音性能を高めた「楽器可賃貸」が増えてきていると言われる。

 ただ一方で、こうしたコンセプト型の賃貸物件は、管理や仲介を手掛ける不動産会社にはその分野に関する基礎的な知識が求められる。例えば楽器可賃貸であれば、建物の構造によって演奏可能な楽器に違いがあるのが一般的。そのため最低限の知識として、室内で演奏できる楽器とできない楽器ぐらいは把握しておく必要がある。しかし、入居をあっせんする仲介会社や管理会社に専門知識がなく、入居者が入居してから自分の楽器が「不可」なことに気付くというトラブルも起こりがちだという。

◆「入居者の音楽ライフ応援したい」

 今回取材した、楽器演奏可能な賃貸住宅「ムジカーレ東十条」(東京都北区、総戸数19戸)は、JR「東十条」駅より徒歩4分の鉄筋コンクリート造地上7階建て地下1階建て。地元企業の社有地有効活用プロジェクトで、1・2階にオーナー企業が入居する。事務所スペースには大きな音の出る作業場を併設するほか、線路沿いという立地であるため防音対策は必須だった。また、オーナー(入居企業の経営者)自身、アマチュアの声楽家で「入居者の音楽ライフを応援したかった」ということもあり、音楽を楽しむためのさまざまな工夫を盛り込んだ。専有面積は26.27~42.63平方メートル。間取りは1K~1LDK、19戸に対して13プランを設定するなど幅広いプランを用意。月額賃料(共益費込)は9万8,000円~15万9,000円。

室内
賃貸住宅としてのスペックも高い
防音ドア
国内最高レベルの防音ドアを採用

 国内最高クラスの室内防音ドアの採用など、防音性能は各住戸内で楽器や声楽の練習をしたり、オーディオで音楽を大音量で聴いたりしても、外部にはほとんど音が漏れないほど。広めにとった共用廊下や各住戸への大型玄関ドアの採用によって、グランドピアノなどの大型楽器を室内に入れる際もスムーズにできるようにしている。これに加えて、バスルームの追い焚きやハイグレードなキッチン、宅配ボックスなど、賃貸住宅としての基本スペックも高い。

共用廊下
住戸から共用廊下に出ると目の前には新幹線。当然、騒音も相当なものだ

◆音大出身の不動産関連会社社長がコンサル

 同物件では、オーナーの地元企業経営者と管理会社であるハウスメイトパートナーズが、音楽大学出身で不動産関連会社を経営する遠藤 麻生実(まおみ)氏をコンサルタントに起用。賃料査定や入居条件設定などにその専門知識を生かした。また、仲介営業マンに対してポイントをレクチャーしたり、入居後の入居者からの相談にも応じる体制も整えた。オーナーは、「遠藤氏を紹介してくれたことが管理会社選定の決めてでした」と話す。

 遠藤氏は、音楽大学でホルンを専攻し、卒業後に不動産業界に飛び込んだ異色の経歴の持ち主。「大学時代、“楽器可賃貸”と言われて入居したけれど、実は専攻楽器は演奏不可だったという友人が多数いました。それもひとえに不動産会社の知識不足が原因。ならば私が、と思って不動産業界に飛び込んだのです」(遠藤氏)。同氏は複数の不動産会社で経験を積んだ後、楽器可賃貸物件を集めた物件サイトを運営するM LIFE(株)を2016年に創業。ハウスメイトパートナーズ営業本部東京営業部課長・谷 尚子氏と業界内での集まりが縁で知り合い、今回のコンサルタント起用につながった。

まおみ
今回、専門的に学んだ音楽の知識で賃貸住宅をブラッシュアップした遠藤氏

  遠藤氏は、賃料設定や入居ルールづくり、仲介営業による案内方法、入居後に入居者から寄せられる困りごと相談対応など、多岐にわたってコンサルを実施。「入居ルールづくりのために防音試験を実施して、演奏可能な楽器を選びました。大型の打楽器は不可でしたが、音の性質上、ご遠慮いただくことが多い低音楽器(コントラバスやチューバなど)も演奏可能となるなど、防音性能の高さが光っています」(遠藤氏)。

◆営業トークまで踏み込んでアドバイス

 ハウスメイトパートナーズの仲介営業スタッフにも、同物件への案内手法についてレクチャー。演奏可能な楽器をリスト化し、注意事項なども含めて具体的な営業トーク例にまで落とし込んで指導した。「無音には近いけれど、条件によっては耳をよーくすませば聞こえる場合もあります。トラブルを避けるためにも『無音です』という言葉は厳禁です。そのため、部屋で録音したいという入居希望者には不向きであることも伝えた方がいい」(同氏)などと話す。

レクチャー
遠藤氏によるハウスメイト仲介部門へのレクチャー
ピアノ
ピアノを触ったことのない営業スタフがきちんと音を出せるよう遠藤氏が指導

 同物件には、大型のAV機器やアップライトピアノを置いたデモンストレーションルームも用意。顧客を案内する際には、大音量で音楽をかけたりピアノを弾いたりして、そのまま隣の部屋に移動するとまったく音が聴こえない仕掛けで、防音効果の高さを見学者にアピールする。

こうした専門知識を音楽の知識を持たない営業マンが学ぶことで、オーナーが“入居してほしいと求める”入居者の入居を促進するのが狙いだ。「これまでは、知識を持たない営業マンが客付けすることで、さまざまなトラブルが発生していました。きちんとした知識を付けることで、そのオーナーが賃貸住宅に入居させたい人に的確にアプローチできるのではないでしょうか」(遠藤氏)。

 管理するハウスメイトパートナーズの谷氏も「楽器演奏可能な賃貸物件は増えていますが、管理会社としても、専門知識を持たないまま管理するのは不安があります。遠藤氏のコンサルがあるからこそ安心して管理ができるし、適切な入居者に入居していただくことができます」と話す。

 オーナーも「この物件に適した人に入居してもらいたいが、専門知識を持たない不動産会社に仲介や管理を任せると、誰でも入居させてしまう危険があります。オーナーみずからやらざるを得ないのかと考えていたことを遠藤さんがやってくれるので、大変ありがたいです」と話している。

◆◆◆

 オーナーの賃貸経営に対する考え方と、物件のスペック、管理の姿勢などがきれいに合致した賃貸マンションだった。記者も久しぶりにこのような物件を取材できた。オーナーが経済合理性だけを求め「ただ入居してくれればいい」のではなく、将来にわたって健全な経営がなされ、かつ入居者が音楽を楽しんでくれるような賃貸経営を目指しているからこそ、こうした物件が誕生したのだろう。

 全国的に賃貸住宅の供給過剰が指摘される中で、こうしたコンセプト型の賃貸住宅は珍しい存在ではなくなっていくはずだ。そのため、仲介・管理する不動産会社にも多様な知識が求められるようになってくる。不動産会社も「ただ満室にすればいい」はもはや通用しない。今後はそのオーナーが望む入居者や、本当にその物件に適した入居者を見極めて紹介しなければならない。そのために、オーナーとのコミュニケーションを密にし、必要な知識をきちんと学ぶことは不動産会社にとっての必須条件になってくる。(晋)

【関連記事】
音楽賃貸の専門コンサルが管理会社にレクチャー(2017/12/25)

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