記者の目 / リフォーム

2020/2/17

「負動産化」を防げ!

 今や全国津々浦々で行なわれている築古物件のリノベーション。今回取材したのは建物の寿命が尽きたかと思われるほど末期的な状態で、「負動産化」待ったなしだった建物を、ある不動産会社の社長が中心となって再び命を吹き込み、地域のランドマークとして再生したプロジェクトだ。

◆相続した店舗付住宅、中身はボロボロ……

再生前の建物。建物自体が歪んでいたほか、元飲食店だけに室内は油汚れなどで真っ黒だった

 このリノベーションプロジェクトを実行したのは、(株)きづな住宅(埼玉県川越市、代表取締役:川島 大氏)。その建物は、近年まで高齢の夫婦が営んでいた蕎麦店で、1階が店舗・2階にその夫婦が住んでいた。ところが、夫婦が相次いで亡くなり、遠い親族だった東京都内の不動産会社の経営者が相続することとなった。

 物件は東武東上線「川越」駅から徒歩15分、敷地面積40.67平方メートル。1972年築の木造2階建ての店舗付住宅。相続したはいいものの、駅から距離があり、敷地は狭く、建物はボロボロ、隣の棟と数cmしか余裕がないなど、悪条件がそろっていた。更地にして建物を新築しようとしても、現行法規に照らすと“超”狭小住宅ぐらいしか建てられない。解体してコインパーキングにしたとしてもせいぜい1台分、解体費の回収も困るような収益性しか見込めなかった。「当初は、隣地の人に土地を購入してもらおうと考えたようですが、断られてしまったようです」(川島氏)。困り果てたオーナーは、その物件から徒歩1分にある同社に相談する。2019年1月のことだった。

◆「末期状態」の建物。「再生は地元への恩返し」

 最初は再生の相談だったが、すでに構造躯体が歪むなど再生は不可能なのではないかと思うほど建物の状態は悪かった。壁を剥がすまで構造躯体がどうなっているかも想像ができないことから再生費用の見積もりすら難しい。「このような建物の場合、作業を進めるにつれて問題が見つかって、その対処費用で最終コストが膨らみます。リノベーションコストがどれだけかかるか事業性がまったく見えず、そこまでのリスクは負えない、という中で、当社が買い取ってリノベーションすることになりました」(同氏)。

 同物件の立地は、同社から徒歩1分ほど。近くの小中学校の通学路沿いの交差点で、人や車の通行量も多い。本来であれば地域のにぎわいの中心地になってもおかしくない場所だ。同氏には、「この建物を直せなければ世の中に“負動産”が一つ、しかも地元に誕生してしまう」という思いもあり、同物件をコスト度外視でリノベーションすることを決意する。「結婚してこの川越市新宿町4丁目という地域にやってきて、会社を立ち上げるなどして十数年暮らしてきました。自宅こそ引っ越しましたが、このまちへの愛着もあります。自分がやらなかったらこの土地・建物を再生する人はいないのではと感じ、まちへの恩返しの意味もあってリノベーションしようと決めました」(同氏)。そうして、19年3月に同物件を取得した。

◆プロジェクトスタート。気心の知れた職人を招集

 同氏はリノベーションするに当たり、安全性を高めるため、考え得る限りのことを実行。元蕎麦店で長期間清掃も入っていなかった室内は、真っ黒な油汚れがべったりとこびりつき、害虫・害獣の巣窟になっていた。その室内は一度スケルトンに状態に戻して、躯体をあらわに。ところがその躯体も白アリの被害に遭っていた。「とにかく建物がボロボロだったので、慎重に作業を進めました。シロアリの被害は深刻で、柱・梁の多くが食われていたため、柱も梁も掛け直しました。傷んでいた屋根も全交換。工事の足場をかけていたのが約半年にもおよびました」(同氏)。

 また、日ごろから懇意にしている信頼の厚い職人を集めて工事を進めた。「このリノベーションに関わったのはすべて顔の見える関係で信頼している職人たちです。私の考えを理解してくれているし、工事をスムーズに行なってくれました」(同氏)。

◆「目先のコストにこだわらない価値」を

再生後の建物は地域のランドマークとしての機能も果たす
室内は天然素材をふんだんに使用し、勾配のきつかった階段も勾配のゆるやかならせん階段に交換した

 そうして、竣工したのが19年12月。完成した物件は延床面積は46.37平方メートル。天井のみクロスを張ったが、壁はすべて漆喰仕上げ、床や窓・ドア枠には無垢材を採用するなど、天然素材をふんだんに取り入れた。窓には、竣工当時から使われていた模様ガラスをそのまま流用し、レトロ感を演出。「建物自体が歪んでいたので、サッシの修理にも苦労しましたが、なんとか流用することができました」(同氏)。

窓の模様ガラスがレトロ感を引き立てる

 事務所としても住戸としても使えるよう、大きな玄関ドアとし、1階はキッチンも備えた大空間に。2階の浴室の壁は漆喰の上に壁画を描き、急勾配だった階段は取り払って勾配の緩い螺旋階段に交換、設備等も同氏がこだわってセレクトしたものを採用するなど、時間とコストをぜいたくに費やした。

浴室には壁画を描いた
インテリアの小物は川島氏がセレクト。おしゃれな空間に仕上げている

 物件外観は明るい色合いの石造り風にして周囲の目を引くデザインとした。大きな玄関上には、同社の看板を設置して、地域にアピール。夜間は看板をライトアップし、暗い道を明るくするように配慮している。

 工期は約8ヵ月、かかったコストは土地の取得費も含めて約2,000万円。小規模なリノベーション工事としては異例の長期施工・高コストだった。それでも川島氏は「目先のコストではなく、地域のランドマークとして長く愛されるような施設を目指しました。十字路の脇に立地し、近隣の学校に通う小中学生や近隣住民の通勤・通学ルート沿い。夏の『ひまわり』のように、前を通る人たちが見上げてくれるようなランドマークとなってほしい」(同氏)。

 当初は、同社が保有して賃貸物件として運用しようと考えていたが、リノベーション工事に参加した職人の1人が、事務所として購入しようと申し出ているという。

◆◆◆

 川島氏のこだわりと思いが詰まった好物件だった。工事に携わった職人が自分の事務所を構えようと購入を申し出るのだから、質の高い工事をしたのだろう。しかし、工期の長さやコストの高さを考えると、おそらく、多くの不動産事業者にとって今回の取り組みは「非常識」なものであったことは想像に難くない。

 ただ一方で、地元に愛着のある事業者がこのままでは廃墟化してしまいかねない老朽建築物をリノベーションして、地元のランドマークをつくりたいと考えたのは、地元を守るという観点で言えばとても重要なことだ。コスト度外視でのリノベーションではあったが、売却ができる見込みでなんとかトントンで収まりそうだという。こうして地域にランドマークが生まれることで、地域の価値が向上すれば、将来的な利益につながってくる。そうした意味でも今回のチャレンジは意義深いものになったのではないだろうか。(晋)

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