記者の目 / 仲介・管理

2020/7/3

生活困窮者に救いの手を(その2)

 2019年6月、NPO法人との両輪で、生活困窮者に「住まい+食品」を提供する、ある不動産事業者を取材した。ところが、新型コロナウイルスの感染拡大により、状況は一変。今回、緊急事態宣言下の5月初旬と、解除後の6月の2度に渡り取材を行ない、その奮闘を追った。(その1)はこちら

■コロナ禍の相談件数、200件超え

プライム(写真左)とNPO法人ワンエイド(写真右)

 生活困窮者への賃貸仲介に取り組む(株)プライム(神奈川県座間市)には、住まいを必要とする人から直接問い合わせが来る場合もあるが、市役所からNPO法人ワンエイドへ、ワンエイドから同社へ、という流れで、生活困窮者の物件仲介を行なうことも多い。約8年間の活動の中で、今回のような状態は異例中の異例。新型コロナウイルスが国内で猛威を振るった4~5月の間に、問い合わせが何と200件超もあったそうだ。

 5月初旬に一度話を伺ったときには「150件」と聞いていたが、6月にはそこからさらに50件以上も増えていたのだから驚いた。「例年に比較すると、3倍ほど増えています。GWの時期は通常休業なのですが、今回は休みなく働き通しでしたね」と代表取締役の石塚氏は振り返る。

 相談に来るのは、新型コロナによる失業者が大半だ。とはいっても、各々の背景はさまざま。「会社からいわゆる“派遣切り”をされ、社員寮を追い出されてしまった人。水商売をしていたけれど店舗がクローズしてしまい、家賃を払えなくなった人。デイサービスで働いていたけれど、外出自粛で高齢者の利用が減って経営難に陥り、解雇されてしまった人…。本当に色んな方が来ます」と同氏は言う。中には、交通費を払う余裕がなく、東京からはるばる歩いて、同社を訪ねてきた人もいたそうだ。「その人はペットショップの経営者の方でした。幸い、知り合いのオーナーさんの物件で預かってもらえることに決まり、ホッとしましたね」(同氏)。

 こうして相談件数は急増しているが、依然物件の収集には苦労を要する。生活困窮者への賃貸はリスクがあると、貸し渋るオーナーや事業者が多いのだ。ただ、最近メディアへの露出が増えたことが影響したのか、物件オーナーから「貸してもよい」との連絡を貰うことが徐々に増えているそうだ。「オーナーさまからの連絡を受け、その物件をすぐに紹介してやりくりしています。でも、常時10数人くらいは待ってもらっている人がいますね」(同氏)。その間の生活については、緊急事態宣言下では頼みの綱であるネットカフェが休業していたため、友人の家やホテル、車の中で寝泊まりしてもらっていたという。

■マスクの配布などソフトサービスも

 もちろん、顧客と接する時は感染対策にも注意を払っている。店舗のカウンターにはプラスチック製のパーテーションを設け、物件案内時等に使用する車にも、前座席と後部座席との間に同様のものを取り付けた。「感染拡大が続いていた4、5月の間は、お客さまから『感染が怖いから電車やバスに乗りたくない』との連絡を受け、車で迎えに行ったこともありましたね」(同氏)と、対応に奔走したことを振り返る。

顧客に応対するカウンターの中央には、プラスチック製のシートを設け、感染対策を行なった。派遣スタッフが手作りしたという
普段、物件案内時などに使用する車にも、感染対策用のシートを設置した

 また、今でこそマスクは品薄状態から脱したが、4、5月はまだ手に入りにくい状態が続いていた。そんな中同社は、懇意にしている家主の会の会長から手製のマスクを貰ったり、ワンエイド経由で企業から寄付してもらったりと、日頃の活動を知っている人たちを通じ、入手することができた。「本当に有難いことです。そうして貰ったマスクをストックしておいて、必要とする入居者の方に配っています。いうなれば『善意の循環』ですね」(同氏)。一方で、少し困ったことも。「高齢者の方は“マスク嫌い”の方が多い。でも高齢の方は感染時のリスクが高いので、『使ってください!』と無理やり押し付けていました…」と石塚氏は笑った。

■フードバンクの利用者層に変化

 プライムでの物件紹介と並行し、ワンエイドの方では「フードバンク」活動も行なっている。包装の傷み等を理由に、市場に出回らなくなった食品を企業などから回収し、生活に困窮する人たちに配布する取り組みのことだ。同団体では定期的に、事務所で食品の受け渡しを行なっていた。

食品を受け渡す前に、支援希望者の状況などを丁寧にヒアリングする
ワンエイド事務所にて。食品受け渡しの様子

 しかし、緊急事態宣言中はこのフードバンクも「自粛」を余儀なくされた。ワンエイドの代表を務める松本 篝氏は、「支援を必要とする方自体がかなり増えていたため、皆さまが際限なく来られると、それこそ“3密”状態になってしまいます。一方で、一切支援を止めてしまうと厳しい人もいる。そこで受け渡しを週1回に限定し、時間を区切って来てもらうようにしました」と語る。その間は、市役所とも協力し、ある程度の食品を預かってもらった上で、役所の方で受け渡しを行なってもらうこともあったという。

 もともとは高齢者や母子家庭が利用者の中心だったが、今回の新型コロナ騒動で利用者層にも変化が訪れている。「一般のご家庭なのですが、コロナによりご主人が職を失ってしまったファミリー層など、家族単位で受け取りに訪れる方がすごく増えました」(同氏)。また町田市など、県外からの支援希望者も現れているという。現在、200世帯以上を対象に支援を行なっている。

■近隣住民から大量の寄付が

1回に渡す食料品の目安(1・2週間分)。写真は単身高齢者を想定し、手軽に作れるレトルト食品を混ぜている

 必然的に受け渡す食品の数も増えていく。「消費期限に合わせて、配布する食品を仕分けています。5月中は、7月に受け渡すべきだった食品を渡さないと足りない状態でしたね」と同氏は当時の切迫した状況を振り返る。

 そんな中、両氏を元気づけてくれる出来事もあった。事務所近くにある大手ショッピングセンターで乾麺を合計金額2万円になるほど大量買いしている客がいた。ちょうど米の買い占め騒動が起き、品薄状態が続いていた頃だ。レジを担当する従業員は「買いだめかな?」と思っていたが、購入後に客から「実は、あそこにあるフードバンク団体に寄付したいのですが…」と言われたという。「ほかにも、『高いものは難しいから』と、100円ショップで買える食品を大量に買って寄付してくれた近隣の方もいました。心が折れそうな時にこういった有難いお話があると、私たちもすごく元気づけられます」(松本氏)。

 利用者からは「こんなに多くの食品が貰えるとは思えなかった」という感謝の声が上がっているという。

利用者からの感謝の声を集めた「サンキューレター」。たくさんの人たちを支援してきたことが窺える

 緊急事態宣言解除後は、活動の自粛を止め、従来の体制に戻した。ときには、「生活保護費には食費も入っているのだから、支援は必要ないのでは」という批判を浴びることもある、フードバンク活動。改めて、取り組みへの想いについて聞くと、「時に批判の声もいただきますが、生活保護が下りるまで通常3週間から1ヵ月ほどかかるのです。また別のケースでは、就職が決まって生保が切れるけれど、給料日は翌月や翌々月なので、その間どうやって食べていけばいいのか、ということもある。フードバンク活動は、そうした“ここを乗り切れば生きていける”という期間に支援を行なうものです。これからもたくさんの人の声に耳を傾け、支援の手を伸ばしていきたい」と松本氏は力強く話した。

◇◇◇

 前回取材した時から約1年。あまりにも状況が変わってしまった。失業者が増え、助けを求める声も急増し、日々休みなく対応に追われる両氏が、合間を縫って取材に応対してくれたこと、ここで心より感謝申し上げたい。

 話は少し変わるが、数ヵ月前、プライムは自社ホームページを刷新した。以前はごく簡素なものだったが、格段にコンテンツが充実している。これは、同社の活動を知る人がボランティアで作成してくれたものだ。また、今回の取材で、徐々に協力的な物件オーナーや事業者も増えていることを知った。両氏の想いが届き、協力の輪、支援の輪が広がっていっているということであろう。これからも引き続き、活動を追っていきたい。(丈)

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