記者の目 / 仲介・管理

2019/10/18

生活困窮者に救いの手を

 「見えない貧困」とよく言うが、普段の生活の中で、いったいどれほどの人たちが生活に困窮し、明日を生きられるかという瀬戸際の状態にあるか。それを実感する機会はそうそうない。2015年の厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、子ども(17歳以下)の7人に1人、ひとり親世帯の約半数が生活に困窮しているそうだ。生活困窮者の数は、私たちが想像するよりも膨大だ。今回は、NPO法人との連携で、そうした生活困窮者に「住まい」プラス「食品」も提供し、貧困問題に果敢に挑む不動産会社を取材した。

◆生活困窮者に「住まい」の提供を

(株)プライム代表取締役、NPO法人ワンエイド理事の石塚 恵氏

 神奈川県座間市を中心に賃貸仲介・管理などを手掛ける(株)プライムは、生活困窮者のからの相談を「絶対に断らない」を信条としている。
 代表取締役の石塚恵氏は、2012年にプライムを立ち上げる前、他の不動産会社で働いていた。そこで同氏が目にしたのは、高齢者や母子家庭など、いわゆる“生活困窮者”の厳しい現実。「彼らが住まい探しに来ても、利益にならないと門前払いするのが、当時の業界では当たり前でした。その度に心が痛みましたが、一社員ではどうしようもなかった」(石塚氏)。

 2009年に、不動産会社勤務と並行して、同級生の松本 篝氏とともに任意団体を設立。自身の介護経験を踏まえ、高齢者の家事援助サービス等に取り組み始め、それが発展し、11年にはNPO法人「ワンエイド」を開設した。奇しくもそこで、立ち退きを迫られる多くの高齢者と出会ったことから、「自分で不動産会社を立ち上げて、そうした生活困窮者に住まいの提供をするしかない」(同氏)と決意。松本氏と共に、(株)プライムを設立した。

◆物件収集に苦心。「担い手不足」訴え

プライム、ワンエイドの事務所を隣接させ、連携を取りやすくしている

 会社を立ち上げたものの、生活に困窮している人が、すぐに不動産会社に支援を依頼しに来るとは思えない。そこで、NPO法人ワンエイドの出番だ。同法人には、市役所を通じて生活保護受給者の支援を依頼されることが多い。「プライムに隣接しているNPO法人を窓口にすることで、行政との連携が取りやすい。ワンエイドの方で生活に関わるさまざまな相談に乗りながら、プライムで住まい探しも…、という流れができました」(同氏)。

 だが、生活困窮者に住宅を斡旋するのは容易なことではない。例えば同社には、身寄りがない高齢者がよく相談に訪れる。彼らの多くは年金暮らしだ。初期費用が掛かるため、10万円ほどは何とか搔き集めてもらい、「月の家賃が3万円なら払えるよね?」「3つの物件しかないけど、この中でどれにする?」という風に、一人ひとり密にコミュニケーションを取ることが必須である。

 その下準備、物件の収集も大変な手間がかかる。家賃の滞納、孤独死などのリスクを恐れ、生活困窮者の入居を渋るオーナーは未だ多い。同社では、各々にワンエイドの見守りサービスを付けて、オーナーを丹念に説得することから始める。現在、管理物件は約100戸ほどだが、既に満室状態だという。

 石塚氏は、深刻な担い手不足を訴える。「私たちだけでは、とてもじゃないけど手が足りない。私自身が業界団体の役員をやって、他社とのつながりを作り、受け入れ先を何とか探している状況。これは本当に大変な作業です。はっきり言って儲からないフィールドなので、進んでやりたがらない会社が多いのも分かりますが…」(同氏)。
 最近では、サブリース事業も開始し、過去に虐待を受け、児童養護施設に入った人たちに住居を斡旋しているそうだ。誰もやらないなら…、と自ら先陣を切って挑む同氏に、私自身、頭が下がる思いがした。

◆「フードバンク」で「食」の支援も

 2011年からは、ワンエイドで「フードバンク」を開始している。

 フードバンクとは、包装の傷み等を理由に、市場に出回らなくなった食品を企業などから回収し、生活困窮者に配る活動のこと。「当社に住まい探しに来た人たちの中に、日々の食べ物にも困っているケースが多いことに気付きました。最初は自前のお弁当などを渡していましたが、フードバンクならより多くの人を支援できると思い」、と語る石塚氏。

地元の大手スーパー等、複数の企業から集めた食品をワンエイドの事務所で保管。月ごとに仕分けして、まとめている
企業から提供される食品は、お米、有機野菜、お菓子、レトルト食品など多種多様だ

 地元のスーパーなどへ赴き、懸命に活動をPRした結果、徐々に協力企業も増えていった。現在、神奈川県央エリア全域から、月に150人ほどが支援を受けに事務所を訪れるそう。年間では、単純計算で1800人分の食品を提供していることになる。食品の回収および受け渡しは、石塚氏と松本氏を含め、数人の運営メンバーが行ない、加えて両氏は不動産業も並行して行なっているのだから、かなり大変な作業だ。

ワンエイド理事長の松本篝氏。提供する食品は、同氏自らトラックを運転し、各企業から回収する
「食品の受け渡しは、一人につき原則月1回とし、希望者の自立を促しています」(石塚氏)。もちろん、切迫した事態であれば、再度渡すこともいとわない

 「住まい探しと同様に、フードバンクも広がっていけば…」と石塚氏は訴える。食品の一時保管など、手間がかかることが多い同活動は、なかなか普及しないのが現状だ。一方で、昨年は良いニュースもあった。企業から食品を回収し、ワンエイドのような活動団体に渡す「中間組織」が県内で設立されたのだ。今までの懸命な活動が、実を結んだ結果だろう。

◇◇◇

 同氏は引き続き、プライムとワンエイドの両輪で、「住まい」プラス「食品」、その他生活に関わる援助など、生活困窮者への包括的な支援を実現していく考えだ。現状でも手一杯の印象を受けたが、石塚氏は、新たに取り組みへの意気込みも語ってくれた。「ホームレスの方などを一時的に受け入れるための物件を収集・提供、自立を促していきたいです。仲介物件だと私たちの目が行き届かない面もあるため、自社所有の物件を増やしていければ。もちろん、フードバンクもセットで提供します」(同氏)。

 一方で、住まい探しも食品提供も、担い手不足は深刻な課題だ。冒頭のように、私たちが思うよりも、貧困に直面する人たちの数は多い。「見えない貧困」とどう戦うのか?まずは、私も含め、一人ひとりが当事者意識を持つことが先決だろう。「プライムのような不動産会社が現れてくれればよい」などと無責任なことは、石塚氏や松本氏の苦労、思いを知ったら口が裂けても言えない。まずは自分が何をできるのか?自問していきたい。(丈)

※コロナ禍での奮闘を追った、その2はこちら

【関連記事】
「月刊不動産流通」2019年9月号「わが社のCSR」でも同社を取材!要チェック。

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