「誰もが使いやすい」「きれいな」「おもてなし」の場へ
「東京2020」で来日した外国人が、一様に感動するのが「トイレ」だという。なるほど、わが国のトイレの高機能には舌を巻くし、衛生面でも世界トップクラスだ。だが、まちなかやさまざまな施設にある「公共トイレ」はどうだろうか?未だに不衛生でアンモニア臭が漂うトイレは多いし、誰もが利用できる「多機能トイレ」はその数が圧倒的に少ない。今回は、こうした「公共トイレ」が抱える課題を解決し、世界に誇れる「おもてなしの場」にしようという2つの取り組みを紹介したい。
「多機能」になりすぎたバリアフリートイレを見直す
2006年のバリアフリー法制定以後、駅や公共空間への車いす使用者用トイレの設置義務付けを背景に、バリアフリートイレの整備が進んだ。これらのトイレの多くは、おむつ交換台や折り畳みベッド、手すりやオストメイト対応の流し等が設置され、いわゆる「多機能トイレ」として、だれもが使えるトイレとして重宝されてきた。
しかし、その「誰もが使える」ことが災いして、多機能トイレへ利用者が集中(記者も出張先での着替え等、用を足す以外の目的で使うこともある)。本当に必要な車いす利用者等が使えない状況が頻発している。国土交通省も、一般のトイレにおむつ交換台やベビーキープ、オストメイト対応流しを併設したトイレを設け利用者の分散を図る一方、20年には「多機能(多目的)トイレ」という呼称を「バリアフリートイレ」と改めた。
ところが、「男女」が明確に分けられた我が国の公共トイレでは、異性の親子利用や「夫が妻を介助する」といった異性介助のユーザー、トランスジェンダーなどの性的マイノリティも、精神的に一般のトイレが使いづらい。結局は「バリアフリートイレ」に向かわざるを得ない。その結果、車いす利用者はますますトイレの利用が困難になる…。
だとしたら、これらのユーザーごとの目的に合ったトイレを作り、別々に用意すればいいのではないか――。多機能化を突き進んできた公共トイレに「機能分散」という新しい提案が出てきた。
目的に応じて誰もが使える「機能分散」という考え方
住宅設備機器メーカーの(株)LIXIL(東京都江東区)は、7月21日~9月5日にかけ大規模イベントが開催される東京・お台場のフジテレビ1階の広場を使い、多様なニーズに対応した誰もが使いやすいトイレをテーマにした「LIXIL PARK」をオープン。「機能分散型公共トイレ」の提案を行なった。共生社会の実現へ向け、年齢・性別・身体状況に関わらず、あらゆる人が利用できるよう、男女共用の「機能分散型トイレ」を複数設置することで、年齢・性別・身体状況に応じ、すべての人が快適に利用できるような公共トイレを提案した。
機能分散型トイレのベースは、同社が開発した可動式アメニティブース「withCUBE」。元々は、環境が劣悪な物流施設のトイレの改善を目的に作った商品。「これまで倉庫といえば管理人が一人いるだけというケースが多かったが、最近の物流施設は男女問わず多くの人が働く場所となっており、とくに女性にとっては不衛生で数も足りないなど劣悪な環境でした。そうした施設のトイレ環境を容易に改善するために開発したものです」(LIXIL WATER TECHNOLOGY JAPAN事業企画部主査・植木元一氏)。
1,600mm×1,600mmの広さを持つユニットは内部を自由に設計でき、設置撤去が自在にできるのが特長。屋内設置を前提としているため天井がないが、今回のイベントでは天井とLEDのライン照明、エアコンを設置。屋外でも快適に利用できるようにした。
「LIXIL PARK」には8つの「withCUBE」を設置した。まず、車いす使用者配慮の個室2室、うち1室には介助用のベッドも備え付けた。オストメイト配慮の流しが付いた個室が1室。子供連れなど一般ユーザー向けが2室。乳幼児を連れたユーザー向け1室。そして、精神障害や発達障害の人がパニックになったとき心身を落ち着かせる空間「カームダウン・クールダウン室」と授乳室だ。いずれの個室も「男女兼用」。性別ではなく「目的」に応じて使ってもらうようになっている(そのための「個室」でもある)。
乳幼児連れ配慮の個室は、着替えの際素足で乗れるチェンジングボードに手すりが付き、子供を遊ばせておくこともできる。一般向けの個室には、コロナ対策として非接触の操作パネルを設置している。
「機能分散型」という考え方、とくに「男女兼用」というスタイルについては、男女のトイレの使い方に関する相違(いわゆる“座って用を足すか、立ってするか”の問題)もあって評価が分かれそうだ。また、「withCUBE」自体も屋内使用が前提、リース・レンタルのみの対応と広く販売する段階にないが、同社は公共の場のトイレの質的・量的改善策として提案していく方針だ。
公共トイレが「まちのアイコン」になる
外国人は日本の公共トイレが綺麗だと驚くというが、正直なところ、我々日本人、とくに若年層はまちなかの公共トイレにいい印象を抱いてはない。裏打ちするデータもある。日本財団が21年、17~19歳の男女1,000人を対象に行なった公共トイレに関するアンケートでは、「公園内や歩道にあるトイレ」を利用すると答えたのはわずか13.5%。利用しない理由として「汚い」(53.6%)「臭い」(31.2%)「暗い」(22.1%)が上位を占めた。女性の場合はさらに「危険」という指摘も多かった。
このアンケートでは、公共トイレの現状が「おもてなし」文化の象徴にふさわしいかという質問もしている。結果は「そう思う」が31.9%、「そう思わない」が27.1%とわずかに「思う」が上回ったものの、「掃除が行き届いていない」「利用者のモラルに疑問がある」「事情(性別や障害の有無など)によって利用しづらいことがある」等を理由に「そう思わない」人が4人に1人はいるという残念な結果が出た。特定の施設ではなく、多くの人の目に触れ、利用される公共トイレは、決して世界に誇れるものではないという証左である。
そこで同財団が、日本の公共トイレを「おもてなしの文化」に相応しいものにしようと20年夏から展開しているプロジェクトが「THE TOKYO TOILET」だ。同プロジェクトは、渋谷区の協力を得て、性別、年齢、障害を問わず、誰もが快適に使用できる公共トイレを同区内の17カ所に設置するというもの。各トイレは、世界的に有名な建築家やデザイナー16名が参加。およそ公共トイレとは思えないユニークなデザインを競っている。
その参加メンバーがスゴイ。安藤忠雄氏、隈研吾氏はもはや説明など不要。ユニクロやセブンイレブンのロゴマークで有名な佐藤可士和氏、公共施設や住宅団地等のデザインも多い建築家の槙文彦氏、「A BATHING APE」などで若者から支持されるファッションデザイナーNIGO氏など、そうそうたる面々だ。「全ての人が使えるユニバーサルなトイレスペースを必ず一つ設ける」「公的に定められた建築基準を遵守する」「トイレの専門家としてTOTO(株)の監修を入れる」という条件だけで、あとは自由に表現できる。トイレは機能別で、誰でも気兼ねなく使えるよう、個室を多く設定している。
あれこれ説明は不要。まずは、写真を見てほしい。
9月中には、区内17ヵ所のトイレがすべて完成する予定だ。
建築するまでは半分。きれいに使ってもらうことが大事
このプロジェクトは、日常清掃を含めたメンテナンスを同財団が引き受ける、という点も先進的だ。「(このプロジェクトは)建築するまでが半分、適切な維持管理して、きれいに使っていただくことが半分、と考えている」(日本財団常務理事・笹川順平氏)。
通常、公共トイレの清掃は自治体が行なう。だが、財源に限りがあるため、どうしても「汚れ」に追いつかなくなってくる。汚いトイレはユーザーの公共心の緩みを生み、ますます汚くなり人が寄り付かなくなり、治安も悪化する。常にきれいに維持されていれば、自然と綺麗に使おうという気になる。人の目が行き届いている証拠となり、周辺環境にも好影響となる、いわゆる「割れ窓理論」の発想だ。
日本の公共トイレ文化を世界に発信するのが同財団の狙いだが、それは著名アーティストが手掛けたトイレという意味ではなく、むしろ日本人の優れた公共心、「おもてなし文化」の発信にある。同財団は、この取り組みを全国へ拡大していく方針だ。
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人が生き物である以上「排せつ」は付きまとう。それだけに、どこに居ようと、誰もがストレスなく利用できるトイレがあり、利用者も大切に使っていることは、優れた文化の証となる。そのためには、ハードの進化以上に、我々国民の心の進化も必要だ(J)