記者の目 / リフォーム

2021/10/22

社員が会社に来たくなる

ABW要素を詰め込んだアフターコロナのオフィス

 ここ数年来の働き方改革により、多種多様な働き方が定着。コロナ禍によりその流れは加速し、「固定のオフィスに縛られない」「社員同士がリアルに顔を合わせない」働き方も推奨されるようになってきたが、その一方で「オフィスに集まることの意義」も見直されるようになってきた。こうした流れの中、ABW(Activity Based Working=「時間」と「場所」を自由に選択できる働き方)という考え方に注目が集まっている。今回は、このABWの要素を詰め込んだある企業のオフィスをルポしたい。

仕事場そのものを「WellBeing」に

三井デザインテックグループの新本社。メインの執務エリアはかたち・大きさの異なるデスクや椅子がランダムに並ぶ。部門や部署ごとに特定のゾーンを占有してグループワークを行なう
新本社が入るビルは、もともと日産自動車が本社・ショールームとして使っていたもの。3フロアを大規模リノベーションした。築50年を超えたビルだが、螺旋階段があるなどビル自体に味がある

 三井不動産グループで、住宅・オフィス・商業施設等のリフォーム・リノベーションやインテリアデザインを総合的に手掛けている三井デザインテック(株)。同社はかねてより、ABW型オフィスがワーカーにもたらす効果等についての知見を積み上げてきた。東京大学等との産学共同調査なども手掛け、ABW型レイアウトのオフィスはワーカーのパフォーマンスを向上せること、単純なフリーアドレスはむしろワーカーのストレスになることなどの調査結果を発表している。これらの調査結果を踏まえ、自社の旧オフィスの一部でABW型レイアウトを採用したり、三井不動産のレンタルオフィス「ワークスタイリング」の空間デザインに活かしたりしてきた。

 その同社が新本社への移転を検討し始めたのが、2020年の5月、まさにコロナ禍の真っ最中だった。その年の10月に住宅リフォームを主業とする三井不動産リフォーム(株)との統合を控えており、統合によるシナジーを最大限に引き出すため、拠点を集約し、多様な部署のスタッフがコミュニケーションできる場を作ろうと考えた。さらに、コロナ禍におけるニューノーマルな働き方、スタッフのパフォーマンスを最大限に発揮できるABW要素を体現するオフィスづくりや、顧客やステークホルダーに対する企業アピールの場というテーマが加わった。

 これら多様な要素を取り込み、「WellBeing(心身の良好)な生活を送るには、仕事場がまずWellBeingでなければならない」(同社執行役員クリエイティブデザインセンター長・見月伸一氏)という考えのもと、「コロナ禍の今だからこそ必要なポストニューノーマルのオフィス」(見月氏)として世に問うたのが、21年夏完成した「CROSSOVER Lab」(東京都中央区)だ。

2階オフィスのエントランスに掲げられた「CROSSOVER」のロゴ。各スタッフや各部署、さまざまな取引先が「クロスオーバー(重なり合う)」することで、新たな価値観を生み出そうというのが同社ビジネスのコンセプト

オフィスの9割がチームワークのための「協創空間」

 「CROSSOVER Lab」は、同社の事業哲学である「クロスオーバーデザイン」(さまざまな領域における空間づくりで培った知見や実績、手法などを他の空間づくりにも積極的に取り入れ、新たな空間価値を創造する)を体現するため、700名の社員一人一人が部署を横断してコミュニケーションを取り、シナジーを生み出せる空間を目指したオフィス。
 ビルの3フロアを使用。総面積約5,100平方メートルは、それまで旧本社と各所に分散していたオフィスの総和とほぼ同面積だが、大きく異なるのが、その空間構成。それまでは約3割に過ぎなかった、チームワークやコミュニケーションを図るための空間(同社は協創空間と呼ぶ)が、新オフィスでは実に「約9割」にまで拡大、個人のための執務空間を圧倒している。

 オフィス全体は、「ドライブエリア」(個人の生産性を高めながら働く場)、「コクリエイションエリア」(組織の枠組みを超えて連携を促す場)、「コミュニティエリア」に分かれ、それらが緩やかにつながっているのが特長。

ゾーンが隣り合う部門・部署がディスカッションするための「ネイバーフッドエリア」
各部署や部門のスタッフがどのエリアで仕事をしているかを示した案内板。使用場所は定期的にローテーションされ、新たな協創を生み出せるようにしている

 主要な執務空間である2階の「DESIGN BASE」では、事業領域が近い部門・部署が隣り合って仕事をする。部署・部署にはそれぞれ専用の席(コア席)がゾーニングされ、部署と部署の間には両部署が横断してプロジェクトを進めるための「ネイバーフッドエリア」を配置。協創を誘発する。各部署の使用場所は定期的にローテーション。新たな「協創」が生み出せるよう、感覚がリフレッシュできるよう配慮している。

ウェブ会議用のブース。椅子のクロスは重ね張りしてあり、擦り切れると新たなクロスが出てくる。ブース毎に椅子と机の高さを変えており、床に高さがプリントされている
1人仕事用のブースも各所に用意
日当たりのよい窓際にも1人仕事用のスペースが

 スタッフが一人で集中したいというスペースについても、さまざまな工夫を施し、社内各所に設けられている。2階にはオンライン会議のためのウェブブースを10席設置。それぞれ、椅子と机の高さが異なっており、体格やその日の気分で選択できる。オープン、クローズド両方の1人用スペースなど含め、2階には全社員の約6割にあたる421のワークポイント(コア席とフリー席との合計)が用意される。コミュニティエリアの席を含めれば、ワークポイントは590まで増える。

インテリアデザイナーが仕事するエリア。デスクは、内装材等の見本や図面を拡げても十分な大きさ。デスク隣接のストレージには、必要な内装材見本がすべて収納されている

 同社で内装デザイン等を手掛けるインテリアデザイナー約50名には、3階に専用スペースが設けられている。建具の面材や壁紙、フローリング、カーペットなど、同社が取り扱っている内装材のサンプルを集約し、すぐ手元に用意できるようにしたほか、大きな図面を拡げたり、他のデザイナーと打ち合わせできるよう、大型のテーブルで仕事ができるようにしている。

コミュニティ空間を埋め尽くす植栽

カフェが併設されたラウンジ
キッチン付きのイベントスペースは、予約が無ければ仕事もOK
屋上テラスはもちろん仕事に使える。緑を癒しとするため、菜園まで置かれている

 2階のDESIGN BASEとともに、「CROSSOVER Lab」のウリとなるのが3階のコミュニティエリア。カフェが併設されたラウンジ、ビールサーバー付きのキッチンを囲むイベントスペース、屋外テラスにサンルーム。いずれも、予約等が入っていなければ、全社員が自由に仕事ができる。

 そして、これらのスペースを特徴づけているものが、一般的なオフィスでは考えられないほどの、空間を埋め尽くす「緑」だ。要所要所に置かれる植物はみな大きく、暖色系の照明、大きなサッシから入る陽光、低く座らせるソファが多いことも相まってリラックスできる空間を創出している。

緑で埋め尽くされた「SUNROOM」
昼間は大きなサッシから陽光も降り注ぐ

 もちろん、何も考えずに、緑をてんこ盛りにしているわけではない。「バイオフィリックデザイン」(人は自然と触れ合うことで、健康や幸せを得られる、というバイオフィリアの考え方を採り入れた空間デザイン)の考えをさらに推し進め、「オフィスの機能に応じた緑のボリューム」を算出。「植栽ボリューム指数」(空間に配置される植栽の大きさを係数化し、床面積で割ったもの)と「緑被率」(視界に入る緑の量を数値化したもの)という2つの指標に基づき、そのスペースでの業務内容に合わせ最適な緑化が行なわれている。

 個人が集中して作業するドライブエリアが最も植栽ボリューム指数を低めに植栽を施し、コクリエイションエリア、コミュニティエリアとどんどん緑のボリューム(樹木の高さと量)が増していく。記者も、ドライブエリアでは何時間も仕事をしていたいとは思わないが、コミュニケーションエリアではそれこそ24時間でも滞在できると思えた。

◆     ◆     ◆

 新オフィスへの移転は、コロナ禍真っ最中の21年7月であったこともあり、スタッフの多くは在宅勤務と、そのポテンシャルをなかなか発揮できなかった。だが、それまで街中のコワーキングスペースを使っていたスタッフが、わざわざ会社に来て仕事をするようになるなど、早くも快適なオフィス、リアルなコミュニケーションが取れるオフィスへの社員の評価は高まりつつある。「(コロナ禍なのに)社員が出社したがって困った(笑)」とは、前出・見月氏の弁だ。

オフィスエントランス。同社が取り扱うあらゆる建材をベースにデザインしてある
1階は顧客との打ち合わせ等に使うサロン

 同社は、全社員の所在をリアルタイムに把握できるツールをスマートフォンに実装しており、これにより社員の行動分析を行ない、今後のABWな働き方提案に活かしていく方針だ(このツールが無ければ、社員が会社のどこにいるかわからず業務に支障が出る)。オフィス全体が同社のビジネスショールームとなっており、申し込めば見学も可能だ。きっと「オフィスに集まるとは」「オフィスで働くとは」のヒントが得られるはずだ。(J)

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